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セリーナ・ロックハートの大冒険  作者: 折れた羽根 しおれた花
第一章 夏の終わりに~end of summer〜
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プロローグ

「団長が呼んでいる?」

「ええ、呼び出しです。出来れば早めに来て欲しいという事でしたが」

 八月も終わりが近づいてきた頃、帝都騎士団三番隊に与えられている執務室で事務仕事をしていた私に声をかけてきたのは、三番隊副組長のアレックス・アクロイドだった。

「用件は聞いてきてくれましたか?」

「申し訳ありません。聞いてきませんでした」

 何故いつも用件を聞かずに私に伝えるのだろうか?

「いつも言っているではないですか!! ちゃんと用件を聞いてきて欲しいと。大事な用件かどうか判断しなければならないのは私なのですよ!!」

「ハッ、申し訳ありません!! 以後気をつけます!!」

 何度注意してもアクロイド副組長は団長からの呼び出し用件を聞いてくれた事がない。年下の、しかも女にこう怒られて嫌な気はしないのだろうか? 

「もういいです。では、残りの仕事を仕分けしておいてください。私の採決が必要なモノだけ私の机の上に置いておいてください」

 私は帝都騎士団団長の呼び出しに応えて彼の待つ部屋に向かう事にした。ところで、アクロイド副組長? なんですか、その物足りなさそうな表情は?

「ああ、何であそこで怒るのをやめたのですか、セリーナ隊長……、俺はただ、もっと美少女に怒られたかっただけなのに……ッ!!」

「だから、いつも用件をまともに聞いてこないんですよね、副組長は」

「ホント、ドMだよな、副組長は」

「お前らもこの組に志願したのは似たような理由だろうが!!」

 完全には閉めなかった扉の向こうから、三番隊のメンバーの会話が聞こえてくる。あいつら、私にこのやりとりわざと聞かせていないだろうな? 私自身の配置転換を何度要求しても、団長は許可してくれない。何でだよ? まともに仕事できないよ、あいつらとじゃ。私の見ている前でだけワザとミスするんだ、あいつら。私が見ていない所では真面目に仕事しているのに……。何で騎士養成校卒業後すぐに帝都騎士団三番隊組長なんて職に就かされたんだろう? やれやれだ。


 呼び出しに従い、帝都騎士団団長の執務室へと向かう。聞こえてくるのは、私の足音だけだ。

 おっと、執務室の前に着いたようだ。やれやれ、怒りの形相のままでは団長の執務室には入れないな。

 身だしなみを整え、深呼吸をして、執務室の扉をノックする。二回だ。もちろん、ワザとだがな。これでは私も三番隊のメンバーを笑えないかもしれないな。

「入っているよん」

 ふざけた声が返ってきた。便座から引きずりおろしてやろうか?

 メンドクサイな。仕方ないので、今度はノックを三回してやろうじゃないか。

「入りたまえ」

 真面目にやれば渋い声なんだよな。何故常にこの声で迎えてくれないのだろうか? ふざけずにはいられないのだろう。そういう団長ひとだ。よくこの帝都騎士団団長になれたものだ。きっと、外面ソトヅラはいいのだろう。まあ、外面だけではなく、実力も兼ね備えてはいるのだがな。

 失礼します、と一声かけてから入室する。

「いよぉ、セリーナ、待ってたぜぇ!!」

 出迎える団長の声は軽やかだ。ニヤケタ顔、ところどころ白髪の混じった黒髪、立派な顎鬚、がっしりとした体躯。長身でいかにもいぶし銀みたいな顔をしている。いぶし銀みたいな顔って、どんな顔だろうな? 自分でもこの表現はどうかと思う。視線は読み取れない。なんでも、昔の友人から贈って貰った“サングラス”なるモノを現在愛用中であるとのことだ。昔はさぞモテたであろう。今は奥様一筋だが、昔は随分と女の子泣かせだったんだぜ、とは本人談だ。嘘だな。今も昔も奥さん――ティアさん――一筋だ。

「帝都騎士団三番隊組長、セリーナ・ロックハート、参りました」

 本当は色々形式があるのだろうが、私はもう気にしない事にしている。団長もそんな事を気にするような人ではない。むしろ、率先してふざけるような人だ。この受け答えも普通なら正しくあるまい。本来の形式は、どうだったかな……?

 ちなみに、帝都騎士団三番隊組長、これは私が三番隊でトップであることを示している。何故、隊のトップが組長なのかは分からない。誰に聞いても、正解を答えてくれない。

 着席を促され、向かい合わせでソファーに座る。いつ来てもいいソファーだ。私の部屋に持って帰りたい。団長にはもったいないと言っておこう。

「セリーナ、今回も遠出してくれるかな?」

 とりあえず黙ってみた。この団長、やたらと「いいとも!!」という返答を期待するのだ。何故だろう? 言わないといじけるんだよな。

「ダメか?」

「何処へ行けばいいのです? まずはそれを聞いてからです」

 よく分からないが、自分の人気というのは、高いらしい。その為かどうか知らないが、やたらと盗賊退治やモンスター退治にと、様々な場所に呼ばれる。まだ帝都に帰ってきてから一週間も経っていないのだが……、またどこぞの街か辺境にでも行かないといけないのだろうか? 私も年頃の少女のように帝都ライフを満喫してみたいものだ。

「今回行ってもらいたいのは、レムリア辺境領。俺の昔の友人が治めているところ」

「レムリア辺境領ですか? あそこは平和で盗賊なども出ないと聞いていますが……」

 辺境領ならば、冒険者たちも大活躍していると思うのだが、わざわざ私を呼ぶ必要など、なさそうなのに。私の帝都ライフが遠ざかるじゃないか。

「いや、今回は盗賊退治とかではない。なんでも、古代遺跡が発見されたらしい。それで、立会人として、騎士団員が呼ばれたんだ。で、俺がセリーナを推薦したってわけ」

 古代遺跡の調査だったら、私じゃなくてもいいじゃないか。だいたい、この平和なティンダロス帝国で暇な騎士は私以外にもいるだろう。下っ端だからって、そうほいほい色んな所に行きたくないんだ。

 私が行きたくないと思っているのが伝わったのだろう。団長は説得を始めたようだ。新入りにどうしても行かせたいのだろう。それか、他のめぼしい騎士団員に断られたかのどちらかだな。

「レムリア辺境領、いいところなんだぜ!! まず、緑が多い、それに、空気が美味い。あと、えーと、そうだな、緑が多い」

 おい。緑が多い事がそんなに重要な事か、コラ?

「まあ、今回は遺跡調査の立ちあいだけだ。気楽に行ってきてくれ。な、俺を助けると思って。もう、暇な奴に全員断られたちまったんだよな」

 やっぱりか。仕方ない。

「行けばいいんですよね、行けば」

 ずいぶん恨みのこもった口調で言ってやった。後悔はしていない。反省もしていない。

「助かるよ。じゃあ、レムリア辺境領、行ってくれるかな?」

 この、筆を持って右手を突き出すのは、いったい何の意味があるのだろう? 毎回の事だが、全然わからない。今回は暫くじらしてみよう。どうなるのだろうか?

「……」

「……」

「……」

「……」

 お互い無言の時間が過ぎた。もう、十分以上になる。さあ、いつまで耐えられるかな?

「……」

「……」

「……」

「……」

 厭きた。流石に三十分以上向かい合わせで無言の時間はキツイ。団長の右腕もプルプル震えている。

「……いいとも」

「いやあ、今日も俺の勝ちだね。ああ、そうそう、古代遺跡調査が直ぐに済んだらさ、向こうで暫く休暇を楽しんでくると良い。また、帝都に戻ったらすぐに多分何処かに呼ばれるだろうからな」

 案外、私の事も考えてくれているのだろうか? こういうところもあるから、後輩騎士からも慕われているのだろう。……普段のあの渋い声のせいかな? でも、いいとも待ちで三十分以上も時間を無駄にした。お互い、何をやっているんだろうな? 帝都が平和で良かったよ。

「ところで、ここからが本題なんだけど……」

 おい、またか。

「この頃娘がパパって呼んでくれないんだよぉ……」

 ……この、奥さんバカと娘バカは放っておこう。何度似たような話を聞かされた事か。

 書類に必要事項を書き終え、団長室を後にした。

 三番隊の執務室に戻り、暫く帝都を留守にすると伝えた所、血の涙を流してアクロイド副組長以下のメンバーがのたうちまわっていた。もう嫌だ、この職場。


 ああ、もうすぐ、夏が終わる。今年の夏は古代遺跡探索で終わるかもしれないな。探索が終わったら、団長の厚意に甘えてレムリア辺境領でゆっくりするのもいいだろう。私は、旅先へと思いをはせた。今度の旅に良き出会いがある事を祈ろう。いい、夏の終わりになればいいな。


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