友人が追いつめられるまで
「ちょっと相談があるんだけど」
携帯をいじっていた私に自称・彼氏(私がまだ認めていないので自称)の毅が話しかけてきた。
「何?」
と振り返ると彼と彼の親友が立っていた。毅もまあまあかっこいいらしいが、彼の親友である船橋くんはその一段階上をいく。毅がおちゃらけ系イケメンだとすると、彼は爽やか系イケメンだろうか。
「こいつが橙乃のこと気になってるらしいから協力してやろうって思うんだけど。せっかくだからお前も手伝ってくんね?」
兵頭橙乃は私と毅の幼馴染である。幼稚園のころは3人で探検ごっこを楽しんでいたものだけど、高校生になるとそう仲良くもしていられなくなった。私と燈乃は今でも仲がいい。バランスがが崩れたのは、この馬鹿男が空気を読まなくなったからだ。3人でいるときも私の隣を常にキープ。私が抵抗すると、毅もヒートアップする。その様子にいたたまれなくなった燈乃がそっと席をはずそうとするのを私が追いかけ、その私を毅が追いかける、というしっちゃかめっちゃかぶりになるのだ。
「な、船橋もこいつに協力してもらった方がいいよな?」
まだ許可とってなかったんかい、というか私は承諾していない。私の表情筋が固まっていくのをまったく気にせず、毅は船橋くんに誇らしげに言った。なぜそこであんたが誇らしげになるんだ。
「いや、でも迷惑だろ」
船橋くんは律儀に毅をなだめている。船橋君は人気者なのにそれに驕るところがないようだ。本当に燈乃のことが好きなんだったら、手助けしてもいいかもしれない。
「船橋くんはなんで燈乃のこと好きになったの?」
今までしゃべらずに2人を見ていた私が話しかけてきたのに驚いたのか、肩を震わせながら彼は答えてくれた。
「読書感想文っていつも夏休みの宿題に出るじゃん。そのために早めに選ぼうと思って図書館に行ったら兵頭がいたんだ。あんたも一緒にいたはずだけど」
確かに私もそのとき一緒にいた。本を選ぶのを読書家の燈乃に付き合ってもらったのだ。
関係ないが私はあることに気づいてしまった。彼が肩を震わせたのは私がいきなり話しかけたことに驚いたのではない。燈乃がハードカバーの本を片手に3冊ずつ持って勇ましく歩いているのを見て笑っていたからのようだ。
前に私は燈乃にカートか何かで運んだらと忠告したことがある。そのとき彼女は遠くを見る目で、「カートが自分の足の上を通ると、痛いんだよ」と返してきた。つまりカートを動かすのが下手なので仕方なくそうしているらしい。
ふつうは好きな子のそんな様子を見ると、さりげなく手伝うかドン引きするかのどちらかだと思うが、さすが毅の親友だ。目のつけどころがちょっと変わっている。ちょっとどころではないかもしれないが。
「で、あんたが兵頭に何読んだらいいかわかんないって言っただろ。その返事を聞いておもしろいやつじゃんって思ったんだ。だってあいつ、『本読むから読書感想文得意ってわけじゃないし。自慢じゃないけど、一番最後まで残る宿題がこれなんです』って言っててさ。本当に自慢するところじゃないなって思って、それから気になるようになってさ」
船橋くんの返答からわかったことが一つある。彼は変なのだ。
そして燈乃もちょっと変わったところがある。さっきの様子を見てもそうだ。
つまりこの2人はけっこうお似合いのようだ。人気者の彼女になる宿命の嫌がらせからは守ってくれそうだし、応援することにしよう。
2人が付き合ったら面白そうという理由では断じてない。ホントウニチガイマスヨ。
「とりあえず、どうしたらいいかを考えないとね」
この2人のボケボケっぷりを見ると私が仕切らなくてはいけないという気になる。私のこの発言までに様々な奇想天外なものが繰り広げられてきた。
変な発言1
毅が「女子って不良に憧れるもんなんだよな。じゃあ船橋もリーゼントでバイク通学したらいいんじゃね」と言うと、「リーゼント出来る髪の長さないからな、それは無理だ。それに俺バイクの免許持ってないから無免許運転になるじゃん。あっ、不良だからいいのか」と船橋君も真面目に答える。
「不良がモテるってそういうところじゃなくて。強引に好きだって言われるとかそういうんじゃないの」
私は不良に憧れたことはないからわからないが、多分そういったかんじだと思う。毅が小さく「強引に、か」と呟いたのは聞かなかったことにしよう。
「あと、燈乃は真面目だから不真面目なのは嫌いだと思うよ」
船橋くんの暴走を止めるのにこの発言は有効だったらしい。2人はすぐさま違う趣向を考え始める。
変な発言2
「義兄妹とかは?禁断の恋っていつの時代も人気なもんだろ」
毅のこの発言に船橋くんが反応する前に切り捨てなくては。
「そこまでの状態になかなかならないでしょ。そもそもただ付き合うためだけにそこまでもっていかなくていいから」
変な発言3
「俺様っていうものがはやっていると聞いたことがあるんだけどさ。俺にもできるものなのか?」
船橋くんなりの冗談だったらよかったのだが、彼はとても真剣な表情でこちらを見てくる。
「俺様ってなるもんじゃないくて、もともとの性格だと思うよ。無理にキャラを増やそうとしなくても大丈夫だと思う」
だんだん私の返答がなげやりになっていくのがよくわかると思う。毅が「腹黒は?」とか言い出したのを眼力だけでねじ伏せたのも私は悪くない。
以上の経緯があって、私が場を仕切ることになってしまったのだ。
今までの会話から考えて船橋くんは天然に変だということがよくわかった。別にちょっと変なのは燈乃もだからそこは大丈夫だろう。
一つ問題があるとすれば、それは燈乃が目立ちたがらないということだ。自分のことを地味で目立たないと思っているので、船橋くんに告白されたとしても冗談と考えるに違いない。すぐに告白するんじゃなくて、燈乃好みのシチュエーションでゆっくり進めていってから告白するのが無難だろう。
こう告げると、
「おまえ、最初あんまりって感じだったのにノリノリだな」
と毅に少しあきれられてしまった。女子は恋バナが好きなんだから仕方ない。船橋くんはというと、
「さすが兵頭の親友だな」
と爽やかな笑顔と共に褒められてしまった。ちょっと変だとしてもこの笑顔があるから人気なんだろう。
「ただ俺、兵頭としゃべったことないんだよな」
爆弾発言だ。今までの会話は何回か話したことがあるという前提で進められてきたものだ。毅も聞いてなかったらしく、「マジかよ」と言いながら腹を抱えて笑い出してしまった。
私は頭痛をこらえながら、
「とりあえず燈乃は本が好きだから、その話題からふればいいんじゃない?」
と言うしかなかった。
次の日、家でごろごろしていると燈乃から電話がかかってきた。
「もしもし、どうしたの?」
と聞くと、
「ちょっと相談したいことがあるから家に行ってもいい?」
と言われた。
すぐにやってきた燈乃は私が迎えると開口一番に、
「船橋くんに昨日話しかけられたんだ」
と言った。私が昨日のアドバイスを実践したんだなと考えていると、
「それで、好きな告白のされ方を聞かれた」
という言葉に度肝をぬかれた。船橋よ、そこまでしろとは言ってないじゃん。私は心の中で船橋くんにツッコミをいれる。
「船橋くんは何がしたいんだろうね。私みたいな地味人間からかっても面白くないのに」
燈乃はちょっとしょげてしまっているようだ。でもただ変なことを言われただけで私の家に来るのはおかしい。
「なんでそんなこと気にすんのさ?」
そう言うと彼女は目線をあちこちに漂わせながら、
「いや、だって…」
としか答えない。この様子だと脈ありか?私は思わずニヤニヤしてしまったらしい。燈乃は「おじゃましました」と叫んで帰ってしまった。
これは報告しなくてはならない。毅にメールすると、「すぐ行く」と返信があった。
「おばさん、ただいまー」
と言って、かろやかに家に入ってくる。いや、ただいまじゃないし。お母さんも「おかえりなさい」じゃないからね。私の冷たい視線をものともせず、毅は私の部屋におきっぱなしにしているクッションに腰を下ろしながら、「で、燈乃の様子は?」と尋ねてきた。
「脈ありかもしんない」
と答えると、毅は自慢げな表情で、
「新しい作戦を実行しよう」
と言った。新しい作戦とはなんなのだろう。私が続きを待っていると、
「おばさん、浴衣ってある?」
とお母さんに大声で話しかけた。お母さんも負けじと大声で、
「あるよー。あっ、毅ちゃんも着る?」
と返してくる。
毅は満足そうに頷きながら、ようやく私に向かって作戦の名前を告げた。
「名付けて、『夏祭り大作戦』だ!」
内容は私・毅・燈乃・船橋くんで祭りに出かける。最初は4人で一緒に祭りを楽しむが、花火の前に私と毅が2人から離れる。その間に告白してもらおうというものらしい。
「大作戦ってつけたわりには…」
普段あまり言葉の裏を読まない彼も言外に馬鹿にされてると分かったらしい。
「そーいう感じでいくから。お前も準備しとけよな」
とだけ言って帰っていった。なぜ私の周りには唐突に帰っていく人が多いのだろう。
「ちょっと来て」
とお母さんに呼ばれたのでリビングに行くと、色とりどりの浴衣が並べられていた。
「私があなたぐらいの年に着てたものだけど、どれ着る?」
と言われた。まさか私が着なくてはいけないのだろうか。
「毅ちゃんに聞いたわよ。あなたと毅ちゃん、燈乃ちゃんと燈乃ちゃんのことが好きな人とで、ダブルデートするんでしょ。だったらおめかししなくちゃ。燈乃ちゃんのお母さんにも電話しといたわ」
毅は帰る前にお母さんに根回ししておいたようだ。
夏祭りでの様々な裏工作の甲斐あって、燈乃と船橋くんは付き合うことになった。
私も毅と本格的にお付き合いを始めることになってしまった。