ひとつの恋
--今日までありがとう。元気でね--
季節はめぐり、今年も冬が近づいている。
街はすこしずつ、その装いを変えていく。
大型スクリーンに映し出される、今最も旬の女優。
田中美咲。
僕は立ち止まって、そのスクリーンを見つめた。
「あれから10年か。」
高校を卒業したばかりの僕は、役者を目指し上京した。
上京後すぐ、小さな劇団に入団する。
そこで同じ夢を持つ美咲と出会った。
千駄ヶ谷にある小さな稽古場が、二人にとっては青春そのものだった。
僕らはお互いの夢や、演劇論について語り合った。
たまには自分の意見を主張しあってぶつかることもよくあった。
だが、互いに惹かれあう二人にとって、つきあうまでの期間はそう長くはかからなかった。
それから3年の歳月が過ぎたある夜のこと。
僕らは新宿での舞台を終えて、楽屋にいた。
「おい、美咲!オスプロの人がお前に会いたいって来てるぞ!」
座長の江越が慌てた様子でドアを開け、そう言った。
「え?わたしに?」
美咲はびっくりした様子で江越を見返した。
「これってすごいチャンスだぞ!とにかく会ってこいよ!」
江越がうながす。
美咲は僕の顔を見つめると、そのまま楽屋を出て行った。
そこに居た何人かの劇団員が僕の肩をたたく。
「すげーな!オスプロだって!」
興奮に乾杯をはじめる劇団員のなか、僕の心中は複雑だった。
美咲の演技は、観客をひきつける不思議な表現をもっており、
僕らから見ても、劇団における美咲の存在は大きかった。
いつか、こんな日が来るのではと予感はしていたが、
現実になると手放しで応援してあげられない自分がいた。
その夜から2週間ほど経過した、10月も終わりの頃。
僕らは新宿の大型スクリーンの前にいた。
「楽しかったよ。」
きりだしたのは僕のほうだった。
美咲は人目をはばからず涙して、僕を抱きしめた。
僕らは別れを選んだ。
道行く人々の雑踏に消えうるよう、ひとつの恋が終わった。
10年が経った今、僕はあの時と同じ場所で大型スクリーンを見上げている。
「お待たせ!」
僕の顔を下から覗き込む女の子。
「あぁ待った待った。早く行かないと映画の時間すぎちゃうよ。」
「ごめん。行こ!」
僕の手をとって歩き出す今の彼女。
大型スクリーンに映る美咲を背に、僕らは雑踏の中へ消えていった。