1話
なんとか走って間に合った俺たちだったが、同時に教室に入ったためかクラスの皆に見られる。
男子からは嫉妬、女子からは好奇心みたいなのが感じられるが無視をする。
「麻衣。なんとか間に合ったな」
少しだけ乱れていた息を整えてから隣に居る麻衣を見る。
「ええ、そうね」麻衣はあれだけ走ったのにも係わらず息すら乱れていない。――まあ、いつも魔力で肉体強化しているからな。麻衣は。
ふと、背後からピリッとした気配を感じる。――仕方がないのであいつに挨拶に行くことにする。
「おはよう。和也」
「ああ。随分麻衣にご執念のようだな」
こいつは、俺の補佐にして俺たちの監視役である峰矢 和也だ。
「麻衣はああ見えても可愛いとこあるんだぞ」そう言いながら俺の魔力を中てる。
「……ああ、今日はたっぷり楽しんでおけよ」おかしい。いつもの和也はもう少しうるさいはずだ。
「何か隠してることがあるな」と耳元で囁いたら和也の身体が僅かに震えた。
「お前は気づいていないのか。魔力の歪みを」
その言葉を聞いた俺の背中を冷気が通り抜ける。先週からその事には気づいてはいた。どんな魔法なのかも。だがターゲットがわからなかった。
しかし、今の和也の言葉を聞いて確信した。――そのターゲットが俺達、俺と麻衣だと。
「ちなみに聞いておく。いつ発動するんだ?」
「お前、春樹の予想通りだと思う」今日の夜か。いまから解こうとしても間に合わないな。
――最善の策は一つ。ここの世界の座標を記録する事だ。
「俺と麻衣は学校を早退する。早退届けをよろしく頼むな」と言い残して俺は和也から離れて、麻衣に一緒に早退するぞ、と言って早退する準備をする。
俺が準備を終わって麻衣を見ると、どうやら終わったみたいだ。
「裏山に行くぞ」急ぐために俺は麻衣の手を握って走った。
「春樹、ちょっと待ってよっ!」待ってられない。急いで次元座標目標魔法を俺と麻衣で作らなければこの世界に戻れる可能性が減るだろう。
「走りながらだが、聞いてくれ。今俺たちに次元転位魔法が掛けられていてそれが、今日発動する」
「う、嘘でしょ?」
「いや、本当だ。周りを見てわかると思うが魔力が既に形づくられているだろ? 今からこれを破壊するなんて不可能に近い。だからここに次元座標目標魔法を仕掛けてから異世界に飛ばされる」
「私、そういう系統は知らないわ」
「そうか。じゃあ、帰ってこれる可能性が減るわけだ」
「私は戻れなくてもいいと思ってるの」
そんな話をしているとあっという間に裏山に着いた。
俺は周囲に人がいない事を確認するために、探査魔法を飛ばしていない事を確認した。
「麻衣。俺は戻る、戻らないかは別にして次元座標目標魔法は仕掛けておいた方がいいと思うんだ」
「……そうね」麻衣の声が低い。たしかに麻衣にはこの世界はつらいだろう。
「異世界に行ったら思いっきり楽しもうな」
次元座標目標魔法を構成してあと数%という所で俺の携帯電話が鳴った。
こんな時に、魔法省―じじい―からかよ。俺は電話に出る前に構成を麻衣に頼むと聞こえないようにするため麻衣から離れる。
「――もしもし」
「天変地異と一緒に異世界に行け」
「そうだな。お前たちは厄介払い出来ていいよな?」
「おま、春樹。……いつから気付いていた?」魔法省のトップ――俺の祖父の声が低くなる。おそらく動揺を隠すためだろう。
「最初からさ。大体なんでコソコソして次元転位魔法を俺たちに仕掛けた? 俺に最後まで気付かれないようにするためかよ」
言いたい事を言い終わった俺は祖父が喋る前に切って、電源を落とす。
ふう、と息を吐いて頭をクールダウンさせる。
「春樹、終わったよ」麻衣の突然の声にびっくりするが、なんとか表に出さないようにした。
「……ありがとな」そろそろだな。
「発動か。麻衣はぐれないように俺と手をつなごう」この状態の中でこういう事をするのはどうかと思ったが、まあいいだろう。
やりたくても監視されていたからな。
「うん」麻衣の白くて、細い手が俺の手と重なる。手をつないでから気付いたが、麻衣の身体が震えていた。
天変地異として恐れられている麻衣は、ふつうの女の子なのだ。
俺は麻衣の身体を優しく包み込むように抱いた。
「俺がいるから。大丈夫だから」
俺たちの身体を包み込むようにして次元転位魔法が発動した。俺たちが記憶している事はここまでだった。
――この日、俺と麻衣は異世界へ飛ばされた。