稲葉 直樹
ノベリストの続編なので出来れば前作を読んでからの方がいいかもしれません。十分くらいでサクッと読めると思うのでよければどうぞ。
最近、倉橋裕太は調子にのっている。稲葉直樹はそんな気がしてならなかった。
佐賀奈美子に小説を読ませ、感想を聞くというのが倉橋の日課になりつつあった。それはそれで構わない。自分には関係がない。稲葉はそう思っていた。何せ佐賀は倉橋の小説をとことん嫌っていたはずだ。何度も懲りずに佐賀に小説を読んでもらい、そして可哀想な程こっぴどく批評される様を見て、稲葉は倉橋を憐れにさえ思っていた。が、最近二人の雰囲気が微妙に変化した様に感じた。佐賀は散々批評している割には心なしか、嬉しそうに読んでいる様に見えなくもない。何よりも、一番の変化はどんなに辛辣に批評したときも、最後には必ずこう言っている、という事だった。
「でも私はあんたの小説、好きだから」
稲葉は初めて聞いたときは聞き間違いではないかと耳を疑った。そうでなければ何かの皮肉に違いないと確信していた。しかし、佐賀の表情には悪意など全くない。あんなに優しく微笑む佐賀を、稲葉は見た事がなかった。
倉橋の小説のどこにそんな魅力があるのだろうか。稲葉も彼の小説を読んでみた事はないわけではないが、正直噴飯ものの出来だった。あれでは辛口に批評されても何の文句も言えないだろうとまで思った。倉橋など、小説家としては取るに足らない三流だ。そしてやはり、そんな三流作家を評価する佐賀も三流なのだ。間違いない。稲葉はそう自分に言い聞かせていた。
そうさ、だからあんな女の言う事なんて気にする必要はない――――
からから、と乾いた音を立てて部室のドアが開いた。てっきり真琴かと思ったが、そこに立っていたのはめったに部に顔を出さない文芸部顧問、須貝明日香だった。稲葉はなぜこの顧問が部に顔を出したのかを考え、出来ればあまり当たっていてほしくない可能性を想像してみる。まず間違いないだろう。そうでなければ、このやる気のない顧問が部室に訪れる理由などない。
「文化祭に向けて、部誌作りをします」
部誌。稲葉が今、一番聞きたくない言葉だった。毎年この時期になると、文化祭で販売するための部誌を作る事になっている。それがこの文芸部唯一の文芸部らしい活動といっても過言ではなかった。具体的には漫画研究部と合同で、文芸部員は最低でもひとり一作、文学と呼べるシロモノを書く。これは強制だった。漫画研究部も同様に漫画を描ける者が描いて載せる事になっているが、部誌に載せられる程の漫画を描ける人間はほんの一握りみたいだった。つまり、合同で作るとはいえメインとなるのは文芸部の文学なのだ。先にも述べたが文芸部はひとり最低ひとつは文学と呼べるものを書かなければならない。それが、稲葉には今となっては煩わしくて仕方がない。
「例年通りやるつもりだから、今のうちから文化祭に間に合うように各自取り組んでおくようにね。それだけなんだけど。あ、稲葉くん。来てない人にも伝えておいてね。そいじゃ」
須貝はそう言うと、「やるべき事は終わった」と言わんばかりに足早に職員室へと帰っていった。
稲葉には、小説を書く気が失せていた。スランプというわけではない。書くことはできる。しかし、稲葉は小説を書く事に恐怖にも似た感情を覚えていた。書きたくなかったのだ。
少なくとも、佐賀奈美子がいるこの部では――――
文才も語彙もない相変わらずの駄文ですが、よければ感想お願いします。