第7話 お昼、ひとりじゃなかった日
今日も頑張る、派遣さん。
お昼の時間が近づくと、フロアの空気が少しずつゆるんでいく。椅子を引く音や、誰かが立ち上がる気配が重なって、いつもと少しだけ違う時間が流れ始める。
――今日は、どこで食べよう。
お弁当を手にしたまま、ほんの少しだけ席で迷う。
休憩室に行くのが、いつもの流れだった。けれど今日は、その一歩が少しだけ重い。
先週の歓迎会のことを、ふと思い出していた。
少しだけ話せた気がした。でも、まだ少し遠かった。その距離が、なんとなく残っている。
廊下に出ようとしたときだった。
「鈴木さん」
声をかけられて、振り返る。
名前で呼ばれたことに、ほんの少しだけ驚く。
「あの、鈴木さんって、いつもお弁当、休憩室で食べてますよね」
少しだけ遠慮がちな声だった。
「私も今日からお弁当にしたんです。節約しようと思って」
そう言って、少しだけ照れたように笑う。
「よかったら、一緒にどうですか?」
一瞬だけ、言葉が出てこない。
断る理由はないのに、なぜか少しだけ迷ってしまう。
でも。
「はい、ぜひ」
気づけば、そう答えていた。
ふたりで並んで、休憩室へ向かう。歩くスピードが自然と少しだけゆっくりになり、言葉は少ないままでも、不思議と居心地の悪さはなかった。
休憩室に入ると、白いテーブルと椅子が静かに並んでいる。向かい合って座り、お弁当のふたを開けると、小さな音が重なった。
その瞬間、ほんの少しだけ気まずくなる。
自分のお弁当は、昨夜の夕飯の残りをそのまま詰めただけのものだった。彩りも少なくて、どこか地味に見える。
――もう少しちゃんと作ればよかった。
そんなことを思いながら、箸を持つ。
「おいしそうですね」
ふと、そう言われて顔を上げる。
「え?」
思わず聞き返す。
「その卵焼き、きれいですね」
やわらかく笑いながらそう言われて、少しだけ驚く。
「ありがとうございます」
小さく返すと、自分のお弁当が、さっきより少しだけ違って見えた。
箸を動かしながら、ぽつりぽつりと会話が続く。
仕事のことや通勤のこと。ほんの小さな話ばかりなのに、その一つ一つがちゃんと届いている気がする。
ときどき沈黙もある。でも、それは前みたいに気まずいものではなくて、ただ静かに流れていく時間だった。
気がつくと、お弁当が少し減っている。
味も、ちゃんと分かる。
――ひとりじゃない。
ふと、そう思う。
それだけで、こんなに違うんだと気づく。
食べ終わって、「ごちそうさまでした」と小さく言う。
「また一緒に食べましょう」
そう言われて、少しだけ驚く。
「はい」
今度は、迷わず答えられた。
「じゃあ、あしたも一緒に食べようか」
その一言に、胸の奥がほんのりあたたかくなる。
「はい」
さっきよりも自然に、言葉が出た。
席に戻ると、フロアの音がまた広がる。でも、さっきまでとは少しだけ違うように感じる。
胸の奥に、小さなあたたかさが残っている。
――明日は、もう少しちゃんと作ろう。
そんなことを思いながら、椅子に座る。
キーボードに手を置くと、周りの音にほんの少しだけ馴染めた気がした。
――今日も、ひとつ増えた気がする。




