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癒しの手と壊れた心

作者: たま
掲載日:2026/03/03

いつも読んでいただきありがとうございます。

他にも作品がありますので読んでもらえたら嬉しいです。

宜しくお願いします。

癒しの手と壊れた約束


治癒師として、私は人々の心身の傷を癒すことを生業としていた。

手のひらから滲み出る温かな光は、骨折を修復し、深い傷跡を消し去る。

しかし、今日、私の前に現れたのは、物理的な傷ではなく、私自身の人生を根底から揺るがす人だった。


午後の診療を終え、ハーブティーを淹れようとキッチンに立っていた時、インターホンが鳴った。

モニターには、見知らぬ中年の男性の顔が映っている。

隣には、きりりとしたスーツを着たもう一人の男性が立っていた。


「ごめんください。こちらのお宅のご主人、健一さんのお妻の方でしょうか?」


声は礼儀正しいが、どこか硬かった。


ドアを開けると、最初に名乗った男性は「私、佐藤と申します。

実は、妻の美咲が…」と切り出した。

彼の横にいた男性は名刺を差し出した。弁護士だった。


「突然の訪問、まことに申し訳ございません」と弁護士は淡々と話し始めた。「私どもは、佐藤様の代理人として参りました。

ご主人の健一様と、佐藤様の妻である美咲様との間に、不適切な関係が続いていることを確認する証拠を複数確保しております」


耳が嘘を聞いていると願った。健一は地元の高校で数学を教える教師だ。真面目で、少し不器用だが、生徒からも同僚からも信頼されている。結婚して十年、子供はいないが、穏やかな日々を築いてきたと思っていた。


「証拠…ですか?」私の声は震えていた。


弁護士は鞄から封筒を取り出し、中から写真を数枚取り出した。

レストランで向かい合って笑い合う健一と、見知らぬ女性。

手を握り合っている様子。

最後の一枚は、ホテルの入り口で二人が並んで歩く後ろ姿だった。

日付は先週のもの。

健一が「同僚との送別会」と言って出かけた夜と一致する。


佐藤氏はうつむき、拳を握りしめていた。「美咲も教師です。同じ学校の英語科で…お互いの配偶者を紹介する会で、一度お会いしたことがあるかもしれません」


確かに、数ヶ月前、学校主催の懇親会があった。

その時、健一は少し離れたところで話す女性を指さし、「あれが同じ学年を担当している佐藤先生だよ。

とても熱心な先生でね」と教えてくれた。私は遠くから会釈しただけだった。

あの優しげな笑顔を浮かべた女性が、私の人生を静かに侵食していたのだ。


「なぜ…私に?」涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。


「美咲に問い詰め、全て話させました」佐藤氏の目にも痛みがにじんでいる。「彼女は『本気だ』と。そして、『健一さんの奥様は治癒師で、強い方だから大丈夫だと言っていた』と…」


その言葉が、私の胸を鋭く貫いた。

私の職業、私の強さが、彼らの不義理を後押しする理由になっていたのか。


弁護士が書類を広げた。「佐藤様は、離婚を前提に話を進める意向です。

そして、慰謝料を含む損害賠償について、まずはご夫人と話し合いたいとお考えです。

ご主人ではなく、あなたとです。

なぜなら…」彼は一呼吸置いた。「証拠によれば、この関係は少なくとも一年以上前から続いており、ご夫人が気づいていなかったとは考えにくい、という主張が相手側(美咲様)からなされる可能性が高いからです。

つまり、あなたも事実を知りながら婚姻関係を維持した、と」


世界がぐらりと傾いた。

治癒師の私ですら癒せない傷が、私自身の内側で深くえぐられていく。

私は被害者であるはずなのに、いつの間にか、共犯者のような立場に立たされようとしていた。


「私は今の今まで存じませんでした、主人が不貞をしていた事を。それなのになぜ私が共犯者のように言われるのでしょうか?」


佐藤さんは少し動揺されたが弁護士さんは

「ご存じなかったと言われるのですね」

「その通りです」

怒りのあまり強い口調で言ってしまったがあちらが理不尽な物言いなので良いだろう。


仕事上録音をすることから今の会話は全て録音してある。

こんな治癒は頼んでいないとか値段が高すぎるとか聞いてないとか理不尽な事を言う人もいるので録音は必須なのだ。


「主人に確認をしたいので今日はお帰り下さい」

「もちろんです」弁護士は丁寧に頭を下げた。「こちらの連絡先です。一週間以内にご連絡いただければと」


二人が去り、静まり返った家。

健一が帰宅するのはまだ何時間も先だ。

私はリビングのソファに崩れ落ち、ようやく涙を流した。

これまで数え切れないほどの人の痛みに触れ、和らげてきたこの手で、今、自分自身の胸の痛みをどうすればいいのかわからない。


窓の外では、いつもの夕暮れが訪れようとしていた。

隣の家からは夕食の準備をする穏やかな物音が聞こえる。

全てが普通で、全てが変わってしまった。


私は涙を拭い、立ち上がった。

キッチンに向かい、二人分の夕食の準備を始めた。

ハーブを刻み、スープを温める。

治癒師としての手つきは、どんな時でも乱れない。


今夜、健一が帰ってきたら、私は何も問い詰めない。

ただ、佐藤氏と弁護士が訪ねてきたこと、そして彼が見せた証拠のことを淡々と伝えよう。

彼の反応を見るために。


「ただいま、生徒の個人面談があって大変だった」

「お帰りなさい、お腹空いてるでしょ温めるわね」

食事も終わりお風呂に入ってくると立ち上がった時に

「今日、佐藤美咲さんのご主人と弁護士さんが来たの、あなたが不倫をしてて美咲さんと再婚するって私はずっとあなた達の関係を知っていたって」

健一は顔が真っ青になって

「ごめん」と謝ってきた。

沢山の言い訳を言っていたけれど私の耳には入ってこない。


「離婚しましょう」

と静かに言うと健一は血の気が引いたように真っ白になってしまった。

離婚はしたくない、愛してるんだと涙を流しながら何度も何度も言うけれど心が凍ってしまったのか響かない。


明日、私も知り合いの弁護士に電話をしよう。

彼女は頼りになるから。


後日私の弁護士と佐藤さんの弁護士で話し合う事になった。

録音された健一との会話、健一と美咲さんのLINEのやり取り、腹立つくらい酷い内容だった。

佐藤さんからは先日の件を謝罪されたけれど許すことは無い。


離婚をすることは大変だった。


財産分与、慰謝料など弁護士に一任した。

健一も美咲さんも学校にはいられなくなったらしい。


治癒師は、傷を負う者でもある。

だが、真の治癒とは、痛みから目を背けず、それでもなお、自分自身の人生を再構築する力を取り戻すことかもしれない。

温かいスープの湯気が立ち上る中、私は、癒されるべき最初の患者が、他ならぬ自分自身であることを静かに悟ったのだった。

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