第十八話スランプ
クシムは度重なる戦いで戦闘意欲を失い神剣イムフルの声が聴こえなくなっていた。
「どんだけ頑張っても神剣イムフルの声が聴こえないんだ。月神教徒を倒した辺りからずっとなんだ...今の俺は唯のろくでなしだ。だから俺を置いて皆どっか行ってくれ。」
弟のアルリムがクシムを宥める。
「兄さんは悪くないよ。今迄俺が知らない間に結構無理していたんだね。解ってあげられなくてごめんね。」
「……違う。やっぱりこんな励まし方じゃダメだな。」
アルリムは静かに首を振った。
「兄さんは置いていかれる側じゃない。俺が追いかける側なんだよ」
クシムは笑った。乾いた、諦めた笑いだった。
「追いかける価値なんてないさ。神剣イムフルに見放されたんだぞ、俺は」
腰に差した神剣は、ただの鉄の塊のように重い。
かつては、握るだけで声が聞こえた。
——選ばれし者よ。
あの温かな響きは、もう二度と戻らない。
「月神教徒を斬ったあの日からだ」
クシムは地面に視線を落とす。
「あいつらを倒した時、俺は少しも迷わなかった。怒りも、恐怖もなかった。ただ……楽だった」
沈黙。
風が枯れ草を揺らす。
「楽だったんだ。斬るのが」
アルリムの喉が鳴る。
「それが怖いんだよな、兄さんは」
クシムは答えない。
「でもさ。それって“ろくでなし”だからじゃない。戦いすぎたからだよ」
アルリムは一歩、近づいた。
「兄さんはずっと“神剣の声”に従って戦ってきた。でも今は、声が消えた。だから分からないんだ。何のために戦えばいいのか」
クシムの指が、わずかに震える。
「神剣が沈黙したんじゃない」
アルリムは兄の胸を軽く叩いた。
「兄さんが、やっと自分の声を聞こうとしてるだけだ」
その瞬間。
かすかに——
ほんのわずかに。
柄から微かな振動が伝わった。
クシムの呼吸が止まる。
「……今」
「聞こえたのか?」
クシムは目を閉じる。
だが、言葉はない。
代わりに、胸の奥にひどく鈍い痛みが広がる。
——お前は、何を望む。
それは神剣の声ではなかった。
自分自身の問いだった。
クシムはゆっくりと目を開ける。
「……俺は」
長い沈黙。
そして。
「俺は、守りたかっただけだ」
アルリムが息を呑む。
「強くなりたかった。皆を守れるくらいに。でも、気づいたら……“斬ること”が目的になってた」
神剣が、わずかに光る。
今度は確かだった。
だが声はまだない。
「兄さん」
「少しだけ時間をくれ」
クシムは立ち上がる。
「俺はもう、“神剣に選ばれた英雄”じゃない」
風が吹く。
マントがはためく。
「俺は、クシムだ」
神剣を握り直す。
「声がなくても戦えるか、試してみる」
遠くで、鐘が鳴った。
月神教徒の残党が動いた合図だ。
アルリムが剣を抜く。
「一人で行くなよ、兄さん」
クシムは、ほんの少しだけ笑った。
今度は、乾いていない笑みだった。
「置いていく気はない」
神剣イムフルが、淡く脈打つ。
だが声はまだ沈黙したまま。
——それでも。
二人は歩き出す。
神に選ばれた英雄としてではなく、
迷いを抱えたまま進む人間として。
そしてその夜。
神剣は初めて、声ではなく“感情”を伝えた。
それは祝福ではなかった。
それは、問いだった。




