第0話青年クシム(中編)
推敲しました。
黎明の魔導師・青年編:聖女の揺り籠と贖罪の祈り
アドを失ったあの日、クシムの心は死んだ。
村へ戻れば「悪魔の愛玩動物」と蔑まれ、石を投げられる。鬼神の残党からは「裏切り者の種」として命を狙われる。天にも地にも居場所はなく、彼にあるのは「右中指の疼き」と「拭いきれない血の匂い」だけだった。
「……魔法なんて、大嫌いだ」
吐き捨てた言葉は、自分自身への呪詛。魔法がなければ、あのアドの優しいキスも、最期の微笑みも、失わずに済んだのかもしれない。
だが、クシムは血に濡れた右中指――あの呪わしい水神の指輪を見つめ、血を流しながら拳を握りしめた。
「代償を誰かに払わせる魔法なんて……そんな世界は、僕が壊す」
その誓いだけが、彼の壊れた心を繋ぎ止める唯一の楔となった。
1. 邂逅:琥珀の涙
それから六年の月日が流れた。
かつての少年は、逞しくも陰のある青年へと成長していた。各地で魔獣を狩り、人知れず誰かの盾となる日々。それは人助けなどという高尚なものではなく、ただ「誰かが死ぬ」という光景を、己の視界から排除したかった。
ある夜、月明かりの下でクシムは自問する。
「……なあ、アド姉さん。俺、少しはマシになったのかな」
水面に映る自分の顔は、かつての純粋さを失い、ひどく疲れ切っていた。幻影でもいい、彼女の声が聞きたかった。
そんな彼の前に現れたのは、夜の闇を払うような柔らかな光を纏った女性、聖女アルトリアだった。
「何か困っているなら……私が話し相手になりましょうか?」
その声は、かつてアドが向けてくれた慈愛に似ていた。クシムの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。六年間、一度も流せなかった、凍りついた涙だった。
2. 修道院の「家族」
アルトリアに導かれ、辿り着いた女子修道院。そこには、個性豊かな聖女たちがいた。
快活で情に厚い、ケドゥーシャー。
少し口は悪いが、実は誰よりも観察眼の鋭い、ツァデケット。
一見無愛想だが、信仰心に溢れる、ハシーダー。
「クシム、身体を綺麗にしたら……今夜、私と一緒に寝る?」
アルトリアの突拍子もない提案に、クシムの思考は真っ白になった。
「は↓い↑!?」
裏返った声が静かな廊下に響く。ツァデケットたちが「聖女として不謹慎だ!」と騒ぎ立てる中、クシムはアルトリアの曇りのない瞳を見て、確信した。彼女はただ、凍えきった魂を温めようとしているのだと。
「……手は出しません。もし、そんな真似をしたら、この両手を斬り落としても構わない」
同じベッドに横たわると、アルトリアから漂う甘く清廉な香りが、クシムの神経を一本ずつ解きほぐしていく。
(俺は……愛されてもいいのか? アド姉さんを死なせた俺が、こんなに安らいでいいのか……?)
自問自答を繰り返しながらも、クシムの意識は深い眠りへと落ちていった。六年間、一度も訪れなかった、悪夢のない眠りだった。
3. 偽りの平穏、あるいは奇跡
「クシム、朝よ!」
朝の光と共に届くアルトリアの声。それはクシムにとって、これまでの過酷な人生で一度も経験したことのない「幸福な日常」という名の天国だった。
「クシムって、よく見るとカッコイイね」
ふいに頬を赤らめて言ったツァデケットの言葉に、クシムは文字通りフリーズした。
「ファッ!? ……あ、ありがとう」
これまでは「悪魔の子」か「便利な兵器」としてしか見られなかった。そんな自分が、ただの「一人の男」として認められた。その事実が、彼の胸の空洞を少しずつ埋めていく。
聖女たちが朝の祈りに向かう背中を見送りながら、クシムは一人、中庭で祈りを捧げる。
「確かに、暇だな……。祈るか、筋トレするかしかないなんて」
不慣れな平穏に戸惑いながらも、彼は空の青さを「美しい」と感じていた。
「おっ、ちゃんと祈ってるわね! 感心感心!」
戻ってきたアルトリアの笑顔を見て、クシムは願わずにはいられなかった。この穏やかな時間が、永遠に続けばいい。この温かな腕の中で、いつかアド姉さんの喪失さえも、癒える日が来るのではないか。
だが。
「代償」を知るクシムの心の片隅には、消えない不安が煤のようにこびり付いていた。
幸福が大きければ大きいほど、それを奪われる時の絶望は深くなる。
聖女たちの明るい笑い声の裏で、運命の歯車は再び、残酷な音を立てて回り始めようとしていた。
裏設定 Lv59青年クシム




