第十六話神を殺す方法は、ひとつじゃない
可愛い妹リラ♀ちゃん登場回です。
月神ナンナはエリドゥ人を皆殺しにした。月神ナンナが殺戮中にクシム達は逃げる事しか出来なかった。
事実上エリドゥは陥落した。
:忘れられた神の涙
砂嵐が止んだ夜明け、エリドゥは死の都と化していた。
かつて栄華を誇た街は、今や月神ナンナの裁きによって、凍りついた静寂に包まれている。地面には、神の光に焼かれた人々の影が黒い染みのように残り、空気は焼け焦げた金属の匂いと、どこか甘い神々しい香りを混ぜていた。
クシムは、廃墟の影で息を殺していた。隣には、幼い妹のリラが震えている。彼女の手は、ナンナの神光をかろうじて防いだだけの、古い護符を固く握りしめていた。その護符は、クシムの父が残した最後の遺品だった。
「お兄ちゃん……」
リラの声は、蚊の鳴くようだった。
「みんな、もう……」
リラはクシムの可愛い妹だ。
「黙ってろ」
クシムは、自分でも驚くほど冷たい声で切り返した。感情をぶつける余裕は、もうどこにもなかった。逃げる。それだけが、彼らに許された罪だった。
ナンナはきっと月神教徒を処刑したからエリドゥを滅ぼした。
神の御心など、凡人には測りようもない。だが、クシムの心には、一つの疑念が芽生えていた。
守るために、皆殺しにするのか?
その矛盾が、クシムの喉に焼ける針となった。
その時だ。廃墟の向こうから、誰かの足音が聞こえた。クシムは即座にリラを自分の背後に押しやり、腰に差した錆びついた短剣を抜いた。息を潜め、影に溶けるように身を沈める。
足音は、一歩、また一歩と、彼らの隠れ家に近づいてくる。
生き残った仲間か。それとも——。
月明かりが差し込む角から、ゆっくりと人影が現れた。それは、エリドゥの衛兵兵だった男だ。彼の鎧は所々溶け、片腕は無かったが、その目には、絶望とは違う、狂おしいほどの光が宿っていた。
「……クシムか」
兵士は、嗚咽を漏らしながら言った。
「生きておったな……お前も」
「……あんたもか」
クシムは、短剣の柄を握りしめた。油断はならない。神の裁きを生き延びた者は、人間ですらなくなっている可能性がある。
兵士は、クシムの脇に震えるリラを見て、不敵に笑った。
「いい子だ。その子の命が欲ければ、俺の言うことを聞け」
「何を言う」
「ナンナは、まだ満足していない」
兵士は、溶けた鎧の下から、一つの石版を取り出した。それは、エリドゥの秘宝とされた『月の欠片』だった。表面には、見たこともない古代文字が光を放っている。
「この石版は、ナンナの力の源であり、彼女の弱点でもある。神は自らの力を制御できず、暴走させただけだ。だが、この石版があれば……」
兵士は、石版をクシムに突きつけた。
「我々は、神に復讐できる。エリドゥの滅亡を、無駄にしない。だが、この力を使うには、生贄が必要だ。月の欠片に認められる者は……」
兵士の視線が、リラに注がれた。
「……純粋な乙女の血を必要とする」
「ふざけるな!」
クシムは、短剣を突き出した。怒りが、恐怖に打ち勝った。
「違う、クシム! これは復讐だ! 仲間たちの無念を晴らすための、ただ一つの道だ!」
兵士は叫び、石版を高く掲げた。すると、石版が不気味な光を放ち始め、クシムとリラの足元から、黒い影が這い出てきた。
「さあ、選べ。その子を捧げ、神殺しの道を行くか。それとも、この影に喰われ、塵となるか。ナンナは、お前たちに選択を与えているんだ!」
クシムの頭の中が、真っ白になった。
逃げるしかなかったはずの彼に、残酷な選択が迫られる。神に逆らうのか。それとも、この狂気と手を組むのか。
リラが、クシムの服をそっと引った。
「お兄ちゃん……怖くない」
その一言が、クシムの心に、氷のような決意を刻みつけた。
「……リラ、目を閉じろ」
クシムは、短剣を逆手に持ち、自分の左腕を切り裂いた。
「俺は、神にも、お前たちクソどもにも、屈しねえ」
彼の血が、月の欠片に滴り落ちた。
瞬間、石版が激しく輝き、兵士が放った黒い影を飲み込んだ。そして、クシムの腕の傷から、月の光と同じ色の紋章が浮かび上がる。
「なっ……!? なぜだ! お前が認められるはずがない!」
兵士は、信じられないという顔でクシムを見た。
「知るか!」
クシムは、傷口を押さえながら立ち上がった。腕の紋章は、彼の体に新たな力を宿していた。それは、神の力を、人間が強引に奪い取った証だった。
「だが、これでいい」
彼は、震える妹を抱きしめた。
「俺たちは、もう逃げない。いつか強くなってエリドゥの名の下に、この月神を、殺しに行く」
月の光が、二人の背中を照らし出していた。
神殺しの旅は、こんな形で始まることになろうとは、誰も予想していなかった。
俺達の神殺しはこれからだ...!!




