第十四話月神教残党編 ―黒幕の影―
月石が砕け、廃墟は静まり返った。
だが――。
パキン。
微かな音とともに、割れた欠片の一つが宙に浮かぶ。
アルリム「兄さん、魔力反応が消えてない……!」
クシムは欠片を睨む。
クシム「終わってねぇってことか」
その瞬間、欠片から黒い糸のような影が伸び、倒れているナンナルの胸へと入り込んだ。
ナンナル「……ぐ、あ……」
聖女アルトリア♀「まだ動くのですか!?」
ナンナルの体がゆらりと立ち上がる。
その瞳は、先ほどとは違う冷たい光を宿していた。
???「器としては脆いが……使えぬこともない」
アルリム「声が変わった……!」
クシム「お前が黒幕か」
ナンナルの口がゆっくりと歪む。
???「黒幕、というほどのものではない。ただ月神の力を“正しく”顕現させようとしただけだ」
クシム「聖女を拉致してか?」
???「尊き犠牲だ」
その一言で、クシムの目が変わる。
クシム「……人の命を数字で語る奴は嫌いだ」
短い沈黙。
次の瞬間、ナンナルの体から黒い霧が噴き出した。
霧は天井に広がり、月光を遮る。
アルリム「兄さん、視界が……!」
クシム「慌てるな。音と気配を読め」
霧の中から無数の刃のような影が飛ぶ。
アルリム「くっ!」
神剣イムフルで弾く。
クシムは一歩踏み出す。
クシム「本体はそこだな」
霧の濃い一点へ向け、剣圧を放つ。
轟音とともに霧が裂ける。
ナンナルの体が壁に叩きつけられた。
???「ぐ……!」
クシム「偽物の降臨ごっこは終わりだ」
だが黒い影はナンナルの体を離れ、天井へと逃げる。
アルリム「実体がない!」
クシムは一瞬考える。
――設定は大胆に、人間は丁寧に。
クシム「アルリム、あいつは“信仰”で形を保ってる」
アルリム「信者の心……?」
クシム「そうだ。恐怖と盲信があいつの核だ」
聖女ツァデケット♀「なら……」
聖女たちが前に出る。
聖女ケドゥーシャー♀「私たちは恐れません」
聖女ハシーダー♀「あなたの教えは、愛でも救いでもない」
聖女アルトリア♀「人の心を奪うものは、神ではありません」
その言葉に呼応するように、黒い影が揺らぐ。
???「やめろ……その否定は……」
アルリム「兄さん、今だ!」
クシム「剣圧――静月断ち!」
静かで鋭い一撃。
音もなく、影の中心を切り裂いた。
絶叫。
黒い霧は霧散し、欠片も灰となって崩れ落ちる。
廃墟に再び月光が差した。
ナンナルは力なく倒れ、意識を失う。
アルリム「終わった……のか?」
クシムは空を見上げる。
月は、ただ静かに浮かんでいる。
クシム「ああ。少なくとも、ここはな」
聖女アルトリア♀「ありがとうございました、クシム様」
クシムは照れくさそうに頭をかく。
クシム「礼はいい。……次はもっと平和な事件がいいな」
アルリム「例えば?」
クシム「パン屋の喧嘩とか」
聖女たちが小さく笑う。
崩れた廃墟の外では、夜明けが近づいていた。
だが遠く、別の街。
月を見上げる一人の男が呟く。
???「月神の火種は、まだ消えていない」
物語は、新たな局面へ――。
次章、王都編へ続く。




