テレビ制作会社・マッドテレビが行く !
人は様々な顔を持っている。
イケメン・ブサイク・ワイルド・美人・セクシーという“造形の顔”。
インテリ・富裕層・家柄といった“雰囲気の顔”。
人の数だけ、顔の種類はある。
人は様々な顔を持っている。
そして――就いている職業もまた、一つの“顔”だ。
俺の顔の一つは、テレビディレクター。
かつては“花形”なんて呼ばれた時代もあった。
だが、それはもう遠い、遠い昔の話だ。
実際のところ、この仕事はかなりやくざな稼業である。
24時間いつ呼び出されてもおかしくない臨戦態勢。
終電まで働くなんて当たり前で、それでも金はないし、睡眠もないし、
“安定”なんて言葉とは無縁だ。
中居くんの件で業界が注目されてから、急に襟を正し始めたが、もし昔のやり方を遡って訴えられたら、テレビ局なんてひとたまりもないだろう
。
パワハラが当たり前だったのはテレビだけじゃない。
ただ、巨大企業になったぶん、今は逆に弱くなった。
スポンサー様あってのテレビ。
もはやスポンサーの奴隷と言ってもいい。
昭和の花形は、いまやスレイブだ。
――それでも、好きなんだよね。テレビってやつが。
食うためなら何でもやる。
しかも“楽しく”やるのが、俺の信条だ。
そして、それもまた、俺の“FACE”のひとつなのだ。
まずは、軽いエピソード1から、物語を始めよう。
カメラマンなど技術クルーを 俺が連れて行ったのは 郊外のニュータウン、
ゆめが丘ニュータウンの分譲地は、まだ三割くらいしか売れていなかった。
関東近郊とはいえ、都心に1時間半かかるこの地は、そんなに人気がなく しかも世の中、不況なので仕方がない。
中田家は、ニュータウンの一角にあり、まだ両隣はサラ地のままで、 ぽつんと立っていると言う感じ。 午後三時、その家の周りは、たまに営業車のようなものが通っていくだけで閑散としていた。
一見 平穏な住宅がたたずむ一角で、事件は、そこで起きていたのだ。
「奥さん、悪い・・・・でもあなたには死んでもらわないと・・・」
背広を着た40歳くらいのサラリーマンが、汗びっしょりでナイフを持ち、 30台後半の主婦らしき女性にじわじわと近づいていた。
「あなたの旦那が悪いんだよ。旦那の銀行が、どうしても、金を貸してくれない んだよ。そう、300万融資してもらえれば、助かるのに…」
銀行員の妻に逆恨みで迫る男。だが、この主婦は危機管理能力が高かった。
一ヶ月前、郵便受けに脅迫状が届いた時点で、すぐに警察へ届けていたのだ。
おかげでこちらも準備万端。
俺たちは張り込み、モニター越しにその様子を見守っていた。
そろそろだ――そう思った瞬間、指令が飛んだ。
リビングの壁がミシミシと軋み始める。
続いて天井がグワングワンと揺れ、歪み出した。
「じ、地震だ……!」
男は殺意を忘れ、反射的に床へ伏せた。
突然の揺れには、人間はまず身を守ろうとする。
揺れは止まらず、壁が外側から強く引っ張られるようにズレていく。
「今だ、行けぇ!」
外から野太い声が響いた瞬間、バリバリッ、グーンという轟音とともに、
壁と天井が一気に引きはがされた。
床だけを残して、家が“開いた”のだ。
「逮捕だー!」
銭形警部ばりの声が響き、15名の制服警官が雪崩れ込み、
男を取り押さえた。
「米沢たかし、現行犯で逮捕する!」
主婦は呆然としながらも保護され、犯人も同じく呆然自失。
外には四台のクレーン車が並び、それぞれが壁や天井を吊り上げていた。
そのすぐそばには、四台のテレビカメラ。
――そう、これは警察とテレビ局の合同の
“張り込みドキュメント”の撮影だった。
なんともハチャメチャ。
こんな破天荒な捕り物帳を仕掛けたのが、○○署の船越警部である。
「船越警部、こんな感じでいいですかね」
「いいんじゃない、高木ちゃん。ほんと仕事が完璧だね」
「まあ、ドッキリの延長みたいなもんですから楽っすよ……で、これ請求書」
「二千万……もう少し負けてよ」
俺、高木ヤスヒコの本業はテレビディレクター。
勤め先のMAD-TVは、いわゆる制作会社だ。
だが、不況で仕事が減り、最近増えてきたのが――
こういう“警察からの依頼”による事件解決のお手伝いである。
証拠現場の録画・録音、捜査段階でのリサーチ映像、
とにかく犯人逮捕に関してテレビ屋ができることなら何でもやる。
今日の案件は、かなり大規模だった。
「犯人が被害者を襲う瞬間を、現行犯で押さえたい」という依頼。
そこで俺が提案したのが――
「じゃ、家を作って、やばくなったら壁を引っぺがして確保する……
ってのはどうです?」
くだらないが、犯人が予想していないという点で効果は絶大だ。
ちなみに経費はこんな感じだ。
家の建築に500万、改装に500万、重機で200万、エキストラ100万。
合計1500万で、粗利は500万。
さらに映像を局にニュースとして売って200万。合計700万の利益。
自社のYouTubeチャンネルで再生が伸びれば、追加で20〜50万。
日芸卒の映画オタク・船越警部だからこそ出てくるアイデアだ。
で、今回のドッキリ大成功ってわけだ。
「でさあ、次の案件なんだけど……」
今度の作戦名は「やどかり大作戦」。
覚せい剤の売人の家族が、とあるマンションに住んでいるらしい。
右隣はずっと空き家、左隣は来週空く予定。
そこで、両隣に“家族”を用意してほしいという依頼だ。
証拠を集め、逮捕のタイミングを計る。
まさか犯人も、両隣が仕込みの家族だとは思うまい。
予算は八千万。
まずはエキストラの手配だ。
右隣には若夫婦(月25万)、左隣には子供二人の家族(月40万)。
美術は不要なので、ほぼ人件費。
高感度マイクと小型カメラ、家庭用ビデオは会社の備品。
仮払い40万。一ヶ月で済めば、半分くらいが利益になる。
「いいですよ。でも最高で一ヶ月にしますね。そのあとは別途予算で」
「ああ、わかったよ」
こうして仕事は続く。
警察が発注元だから危険は少ないし、取りっぱぐれもない。
――だが、まさかあんな大事件に巻き込まれるなんて、
その時の俺は予想だにしていなかった。
俺が出会ったのは、テレビという華々しい業界を舞台にした――
ミステリーというか、スリラーというか……。
軽佻浮薄を自負しているテレビ屋の俺が、
気づけば社会の暗部に足を突っ込んでしまった、ちょっと悲しい物語だ。
しかも、その内容はテレビでOAするには、どう考えてもハードすぎる。
だから、こうして小説にしてしまおうというわけだ。
一応書いておくが「登場人物は、現実の人物・団体とは一切関係ありません」。信じるかどうかは、読んでいるあなた次第。
テレビ業界とは、魑魅魍魎がうごめく世界である。
構図は、キー局を頂点としたピラミッド型の“奴隷制度”。
フジテレビ、日本テレビ、テレビ朝日……
その下に無数の制作会社が林立し、さらにその下に技術会社、美術会社、スタイリスト、ヘアメイク……たった一つの番組に、何百人もの人間が関わる。
いまや局の人間だけで番組を作ることはほとんどない。
企画、台本、ロケ、編集――
クリエイティブの中心は、完全に制作会社の時代だ。
ただし、儲かるところは局が握る。
下請けは金銭的に追い込まれ、労働は過酷。
まあ、これはどの業界でも似たようなものだろう。
皆さんが想像する「テレビの仕事」は、ほぼ制作会社がやっている。
キー局はむしろ、スポンサーの子供や親戚、有名タレントのJr、
CMを取るための営業人材が多く、クリエイティブさは低い。
……と、くどい話はこのくらいにしておこう。
簡単に言うとだ。俺たちがいなければ、M〇みたいなお笑いも、
めざ〇〇テレビやスッ〇りのような情報番組も、
アイドルも、音楽も、野球も、サッカーも楽しめないわけだ。
俺のいるテレビ制作会社 MAD TV も、その一つ。
社員20名、年商4億円の小さな会社。
俺はそこで10年目を迎える中堅ディレクターだ。
ギャラは局の半分以下。
社長はいつも渋い顔で「節約!節約!」と叫んでいる。
だが、仕事を辞めない限り、ずっと現場で制作ができるのは魅力的だ。
そして何より重要なのは――
「ネクタイをしなくていい」。
俺がここにいる理由は、実はそれだけだ。
テレビ業界のあれこれは、おいおい説明するとして……
そろそろ本題に入ろう。
そう。俺がぶち当たってしまった、あの“殺人”について――。
☆★★
でだ……話は時間も場所も大きく飛ぶ。
しがないテレビディレクターは忘れて、一度、タイムスリップしよう。
――それは35年前。とある地方都市。
一人の少年が、自分の部屋の灯りを落とし、息苦しさに耐えていた。
眠れない。胸がざわつく。
「俺は誰なんだ。どうしてこの世界に生まれたんだ」
そんな問いが、暗闇の中で渦を巻いていた。
少年の世界は、さまざまな“顔”で満ちていた。
それが彼をいら立たせていた。
テレビに映る政治家の顔。
謝罪会見でうつむく企業の顔。
事件の被害者の顔、加害者の顔。
ニュースキャスターの作り笑いの顔。
どれも嘘をついているように見えた。
正義の顔が消え、悪の顔だけが肥大していく。
まるで“悪魔”が地上に降りてきたかのように。
その日も、少年はあの夢を見た。
電気鳥――コンピュータの画面の向こうから語りかけてくる、不思議な存在。
まだ Nifty しかない時代。
だが少年は、誰よりも早くデジタルの世界に踏み込んでいた。
そこには、少年にとって現実とは別の“顔”を持つ自分がいた。
匿名の自分。
誰にも知られない自分。
心の奥のざわつきを吐き出せる自分。
電気鳥は、少年の“裏の顔”を代弁する存在だった。
その電気鳥が、いつも少年に“啓示”を与えた。
「悪魔は、この町に来ている」
そう告げたのも電気鳥だった。
悪魔は女の顔をしている――そう言われ、写真が送られてきた。
しなやかな体。美しい声。優しい笑顔。
その“完璧な顔”が、少年の心をざわつかせた。
少年は、母から“心の乱れを戒める方法”を教えられて育った。
だからこそ、自分の中に芽生える衝動に怯え、
どうにか抑え込もうと必死だった。
だが、悪魔はテレビの中だけに留まらなかった。
ついさっき――街角で、カフェで、少年は“その顔”を見てしまった。
現実の世界にまで姿を現し、従者を連れ、あの笑顔を向けてくる。
まるで「逃がさない」と言わんばかりに。
少年は混乱した。テレビの中の悪魔の顔と、現実の顔が重なる。
自分の世界の境界線が溶けていく。
悪魔は海辺のホテルにいる。
どの部屋かも、少年には“わかっていた”。
直感なのか、妄信なのか、電気鳥の言葉が心に刻まれすぎたのか。
少年は、自分の中の混乱を終わらせるために、ある決意を固めていた。
“悪魔の顔”と向き合うために。自分を縛る恐怖から逃れるために。
心のざわつきを止めるために。
――もちろん、この時代に「メンヘラ」なんて言葉はない。
そんな概念が生まれるのは、ずっと後のことだ。
少年の言うその“悪魔”は、当時のアイドルだった。
――35年前。
そのアイドル・原田モモヨは、沖縄の離島でひとり悩んでいた。
この島の海は、世界でも類を見ないほど深い紺青色だ。
波が寄せるたび、ブルーのビロードが揺らめくように光り、
見る者の心を静かに癒してくれる。
だが、その自然の懐に抱かれても、
17歳の少女の胸は晴れなかった。
笑顔の角度。
声のトーン。
写真で求められる表情。
テレビで求められるキャラクター。
すべてが“作られた顔”だった。
本当の自分の顔は、
誰にも見せていない。
見せる場所もない。
デビューして三年。
悩み続けたまま、ただ流されるように生きてきた。
「そもそも私は、この世界に向いていないのよ」
五分前、マネージャーにそう切り出したばかりだった。
「何馬鹿なこと言ってるんだよ。
お前を売り出すのにいくらかかってると思ってるんだ。
宣伝費だけで三年間で三億はつぎ込んでるんだぞ。
やっと少し回収できた程度だ」
「そんなこと、頼んでないじゃないですか。
私は歌いたかっただけなのに……」
「甘いこと言うな。お前のやってることはビジネスなんだよ。
少なくとも今やめる自由はない。借金が一億あると思っておけ」
冷静に、数字で突きつけられ、話はあっけなく終わった。
今年に入って何度も同じ話をしているが、いつも同じ結末だった。
「もう私は、だめかもしれない……」
だが、彼女は知らない この瞬間、東京から遠く離れた この地方都市で、
一人の少年が彼女の“顔”を悪魔と信じて震えていることを。
彼女の“作られた顔”が、誰かの世界を狂わせていることを。
そして――その少年が、彼女の人生を大きく変える存在になることを。
同じ時、同じ場所で――
少年と少女は、心の中で迷っていたのだ。
「そう、私には自由がないんだわ……」
かつて、小さな港町で“町のアイドル”として歌っていた頃は、
歌うことがただただ幸せで、そして自由だった。
同じ時、同じ場所で――
少年と少女は、心の中で迷っていたのだ。
修学旅行で訪れた原宿でスカウトされたとき、
頭に浮かんだのはただひとつ。――東京でスターになる。
煌びやかな衣装、眩しいライト、天真爛漫に歌い踊る未来。
そこに広がっていたのは、自由の“顔”をした夢だった。
そして三年。
彼女の名前は日本中に知られるようになった。なのに――自由がない。
「人気アイドル」という“顔”が、彼女の本当の顔を押しつぶしていた。
それは どう考えても、納得できるはずがなかった。
彼女はホテルの廊下を歩き、自分の部屋のドアを開けた。
が、そこに、誰かがいた。
見知らぬ男。
自分より二、三歳年上に見える。状況を理解する余裕はなかった。
男が何かを振り上げたように見え、モモヨは反射的に身をかわした。
次の瞬間、強い衝撃とともに視界が揺れ、後頭部に鈍い痛みが走る。
「もう……だめ……」
意識が遠のく直前、別の影が男に向かって飛び込むのが見えた。
金属のような音が床に転がり、世界が暗転した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「電気鳥は……嘘をついていた。
歌う悪魔は、こんなに強いはずがない……」
少年の思考は混乱していた。現実と幻想の境界が、完全に崩れていた。
テレビの中の“偶像の顔”と、目の前の“生身の顔”が重なり、
世界が歪んでいく。
「私の剣は奪われた……後ろから……やはり、こいつは悪魔だ……」
視界が揺れ、白い光が滲む。
「……これで、呪縛から解放される……従者が……笑っている……」
少年の意識は、そこで途切れた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
モモヨは、漆黒の闇からゆっくりと目覚めた。
気づけば、薄暗い部屋のベッドに横たわっていた。
「あれは……何だったの……?」
頭の奥に鈍い痛みが残り、
記憶はところどころ途切れている。
その頃、ホテルには警察が到着し、
現場の検証が始まっていた
――21歳の少年が死亡していた。
少女が暴漢に襲われ、結果的に“暴漢が倒れた”という事件が起きた。
なのに、何時間経っても、
誰も彼女のもとへ事情を聞きに来なかった。
「疲れてるんだわ……変な夢ばかり見る」
そう思い込んだ彼女は、
あの出来事を“夢”として整理し、再び眠りに落ちた。
彼女はいつも疲れていたのだ。
昭和は、残業も深夜労働も当たり前。
人気アイドルなんて、一日3時間寝られればラッキーな時代だった。
翌日テレビのニュースで、彼女は知ることになる。
――自分を襲った少年が死亡したことを。
ただし、殺したのは自分ではないらしい。
彼女を襲った後、別の部屋に侵入し、そこで事件が起きたという。
マネージャーの山瀬は、倒れていた彼女を見つけ、ベッドに運んだと言った。
「そんなやつ倒れてなかったし、誰もいなかったよ……」
山瀬の言葉に、彼女は胸をなでおろした。
「よかった……私じゃないのね」
彼女は暴漢のことを話した。殺されたのは、あの男だと。
だが山瀬は、静かに言った。
「お前はスターなんだよ。
こんなスキャンダルに巻き込まれる必要はない。
余計なことはしゃべるな。俺がなんとかするから」
その通りになった。事件は“関係なし”として処理された。
そして仕事に深く悩んでいたモモヨは、しばらくして芸能界を去った。
何曲もヒットを持つアイドルの引退に、世の中は大騒ぎになったが、
モチベーションを失った少女は、強固な意志を見せた。
あきらめた、会社は、逆に引退興行で莫大な利益を手にした。
そして、引退後は彼女に静けさが戻った。
ただ眠れる森の美女のように、時の流れから切り離されてしまった。
人気者なんて、そんなものだ。
“顔”を売り 売らなくなったら “顔”は消える。
――だが、令和は恐ろしい時代だ。
過去を掘り返し、騒ぎ立てる。
死んだ途端にジャニーさんは叩かれ、みのさんはセクハラで叩かれ、
「その時言えよ」という話を掘り返して炎上する。
世間は、忘れたはずの“顔”を、突然引きずり出して裁こうとする。
この話も同じだ。
もし、MAD-TVのディレクター・高木が彼女を探し、
止まっていた時間を再び動かすことがなければ――。
モモヨの“FACE”は、永遠に眠ったままだった。
夕方の MAD TV は、ほぼ戦場だ。
いや、戦場というより 動物園に爆弾を落とした後 みたいな騒ぎだ。
「高木ちゃん、ニューヨークから電話、三番ね!」
(※三番ってどこだよ。内線の地図を作れよ)
「15万? そこをもう一声、10万にしてよ。今度キャバおごるから」
(※交渉材料がキャバってどういう会社だよ)
「あんなハバアタレントのくせして200万? 足元見やがって……断れ。
でも丁寧にな」
(※罵倒と敬語の落差で耳がバグるわ)
「高木ー! いつ仮払い清算するんだ!」
(※俺の財布はタイムマシンじゃない)
「タバコ買ってきて!」
(※俺はディレクターであってコンビニの自動ドアじゃない)
「いい企画ないの……?」
(※企画は自販機から出てこない)
「コンセプトが違うんだよ!」
(※じゃあ最初に言えよ)
「誰だよ、長い糞流してないやつは!」
(※知らん。俺じゃない)
「いい絵撮ってね、坂本ちゃん!」
(※坂本ちゃんは今日も泣いている)
「金曜ひま? 泊まれるようにして来いよ」
(※俺の予定表はお前の私物じゃない)
「若い女? 打ち合わせでいないって言っといて……」
(※お前の人生が一番編集必要だよ)
「で、アバウト予算はいくらくらいですか?」
(※アバウトに聞くな。アバウトに答えたら怒るくせに)
「社長、オクさんからです」
「オクってどこの人?」
「てめぇのカカアだろ!」
(※社長の顔が一番の見どころ)
30名の会社とは思えない騒がしさ。
どの瞬間を切り取っても、誰かが怒鳴り、誰かが笑い、誰かが嘆いている。
で、夕方の編集室に、ようやく“人間の声がしない時間”が戻ってきた。
コピー機も黙り、ディレクター陣も全員どこかでくたばっている。
この瞬間だけは、MAD TV も ただのオフィス に見える。
その静けさをぶち壊したのが、一本の電話だった。
発信者は――中瀬。
一週間前、ゴールデン街のバーで隣に座ってきたチビハゲ野郎だ。
俺が中年のちょっとセクシーなお姉さん(実は女流ポルノ小説家)と
いい感じに飲んでいた時、
「ねぇねぇ、テレビの人でしょ?」
と、やたら絡んできたのがこいつだった。
(※あの時点でブロックすべきだった)
「高木ちゃん、ちょっと話したいことが……」
仲良くもないのに“ちゃん付け”かよ。お前の中で俺は何キャラなんだ。
まあネタは聞くべし。適当にあしらえばいい。
「原田モモヨのことなんだけど……」
その名前を聞いた瞬間、俺は姿勢を正した。
背筋が勝手に伸びる。ディレクターの条件反射だ。
いま、昔のヒット曲を集めて懐かしむ番組が増えている。
「編集するだけで楽だろ」なんて絶対言うなよ。俺は怒る。
有名コンビの歌を1曲流すのに100万。
ニューミュージック系のバンドで50万。
事務所と本人の許可取りが地獄のように大変だ。
だから各局が懐メロ番組をやると、
60代のおばちゃんや、10代のアイドル時代の映像だけで
500万くらい稼げる。
原田モモヨはヒット曲が多い。
映像をちょっと使うだけで数字が取れる。
――そのモモヨに“ネタ”があるなら、確かに美味しい。
俺の脳内で、「視聴率 → スポンサー → 予算 → 俺の評価(上がらない)」
という電卓が勝手に動き始めた。
だが、中瀬の声は妙に湿っていた。
「……あのさ、高木ちゃん。モモヨの件で、ちょっと“裏”があってさ」
裏?裏ってなんだ。裏って言うな。
裏って言われるとディレクターは全員、犬みたいに耳が立つんだよ。
俺は受話器を握り直した。
「……続けろ、中瀬」
俺の周りの空気が、また戦場に戻り始めていた。
でも こいつは 今の話題ではない……
相当おもしろくなくてはテレビにならない。
「はぁ? 中ちゃん、勘弁してよ。何百年前のアイドルだよ」
「あの子って、引退して何年たったっけ?」
「確か30年……いや、35年は超えてるかもな。
しかも活動期間なんて3年くらいだろ」
「だけどCDは売れてるし、懐メロでたまに見るし……伝説なんだよ」
「第一、あの子、昔からプライバシーにうるせえ女らしいぜ。
レポーターには水ぶっかけるし、平手も飛ぶって聞いたぞ。
懐メロ番組でもOK出さないらしいし……正直、勘弁したいね」
(※平手が飛ぶアイドルってなんだよ。昭和は格闘技か?)
そこに、俺と同じ部署の伊達に業界歴の長いノムちゃん――野村祐一が、
フェイドインするように会話へ割り込んできた。
※こいつ、いつもフェイドインしてくる。
ドアもノックもせず、気づいたら横にいるタイプ)
1987年、突然引退したアイドル。
まだ17歳だった彼女は、コンサートのステージ上でファンに直接“引退宣言”をした。
理由は一切語らず、その後はマスコミがどれだけ探しても行方不明。
謎が謎を呼び、逆に“神秘のアイドル”として伝説化してしまった。
「高木ちゃん、面白そうじゃん。今、モモヨってのは……」
この慇懃無礼な闖入も、この業界では日常の作法だ。
(※“ちゃん付け”は距離感じゃない。“お前を巻き込むぞ”の合図だ)
「実はさ、彼女には“秘密”があるらしいんだよ。
でね、ここに資料と企画があるんだけど……」
テレビの世界には、いくつものタブーがある。
年齢詐称、学歴捏造、出身地、国籍……
ノムちゃんの企画は、まさにその手の“触れちゃいけない系”だった。
ノムちゃんの企画は、まさにその手の“触れちゃいけない系”だった。
「原田モモヨは実は日本人じゃないとか、不良だったとか、
年齢も5つはサバ読んでるとか……いろいろ噂あるのよ」
こいつの情報の半分は嘘だ。
いい加減な奴だから、基本は信じない。
サバだって、こんな美人に読んでもらえるなら本望だろう。
……でも、こんなネタのどこが美味しいんだ?
「それにさ、今、所属事務所が解散してるんだよ。
多少ハードなネタでも、圧力はない!!」
(※圧力がないって言うなよ。そう言うやつが一番トラブルを呼ぶんだよ)
人の嘘を暴くのは週刊誌の仕事だ。
俺は――楽しい世界を提供したいんだ。
(※でも“伝説のアイドル失踪事件”って、
どう考えても楽しい方向に転がらないんだよな……)
その前に、ご存じない方のために――
「原田モモヨ」という少女のプロフィールを紹介しておこう。
1983年12月。オーディション番組『イチオシ!』で優勝し、なんと20社から指名を受けた。1984年4月には映画『かくれんぼ』に出演。そして5月21日、同名の曲で歌手デビュー。キャッチコピーは「目覚める14歳」。
デビューから2年間は、出す曲すべてがベスト20に入らないという低迷期。
だが3年目、突如イメージチェンジを図る。
陰のあるティーン。大人を意識させる大胆な歌詞。
“性典ソング”と呼ばれる、やや際どい路線。
それが爆発的にハマった。
少女が大人の世界を連想させる歌詞を歌う――その危うさが、逆に絶大な人気を生んだ。
主演映画も作られ、演技でも評価を得る。
だが、デビュー4年目の暮れ。1987年10月のリサイタルで、事務所に一切知らせず、
ステージ上から突然の“引退宣言”。その3ヶ月後、本当に引退した。
以降、マスコミとは距離を置き、その姿は誰にもつかめない。
だからこそ、彼女は“永遠のスター”として神秘化されていった。
「っていうのはだな、この子は、もう引退してるのに“消えてない”んだよ。
名前はメジャーなまま。美味しいだろ?この子をメインにドキュメント作るんだよ」
「でもさ……出てくれるか?」
「そこそこ。実は、番組ではこの子は最後まで出てこないのよ。
周りの人間が彼女を語る。昔の映像と証言だけで、本人不在。
ミステリアスなスター伝説を作るわけだよ」
これは参った。なかなかに大胆な企画だ。
確かに、本人が出なくても成立しそうだ。
……だが、皆さんに言っておこう。このとき、俺はまだ知らなかった。
たかが一人のスターの成功の裏で、まさか何人もの人間が悲劇を味わい、
まして人が死んでいたなんて。
――この企画は、ただの“懐メロ番組”では終わらなかったのだ。
それにしても、俺がどうしても抵抗を感じていたのは“ドキュメント”という形式だった。
なんせ俺はバラエティ畑の人間だ。ドキュメントなんて、真面目すぎて胃が荒れる。
何かひとつ……足りない。どうにも“テレビ的な遊び”がない。
そんなことを考えながら、パチスロで『デビルズドントクライ』を回し続け、
気づけば三万円が消えた頃――ようやく頭の中で結論がまとまった。
(※三万円は帰ってこないが、企画は帰ってきた)
その手はこうだ。
本人が出てこないのは、そのまま活かす。むしろ“出てこない”ことを武器にする。
だが、スタジオ全体を“タイムスリップ”させる。
会話、美術、衣装、音楽……
ありとあらゆるディテールを当時のままに戻す。
しかも、わざとドキュメントタッチで再現する。
(※バラエティなのにドキュメントの皮をかぶるという詐欺)
さらに、日付だけでなく“時間”もリアルタイム進行にする。
20年前の同じ時間に戻り、8時5分は8時5分として演じる。
放送時間が2時間なら、20年前のその2時間だけを切り取って番組にする。
よくわからないが……新しそうじゃないか?
(※わからない時ほど、テレビは前に進む)
そうして、いけそうな企画書が出来上がった。
『あの頃テレビ:原田モモヨの1990〜にっぽんのぐらふてぃ〜』
放送時間:19:00〜21:00
35年前の同じ時間、原田モモヨは公演を行っていた。
そして20時40分、ステージ上から突然の「引退」表明。
――あの瞬間、何が起きていたのか。
証言の数々をもとに、その衝撃の“時間”と“空間”にタイムスリップし、
視聴者をあの日へ連れ戻す。
新しい形のタイムスリップ番組である。
企画は“懐メロ × 再現 × 三元中継”のごった煮
大きなコンセプトは、ケネディ暗殺やダイアナ妃の謎と変わらない。
だが、盛り上げる方法はいくらでもある。
・当時のアイドルを集めて歌番組を再現
・芸人を仕込んで“当時の一般家庭”を演じさせる
・別の芸人チームは“ライブ会場の観客”役
・セリフもギャグも、全部1980年代の空気感で
つまり――35年前のテレビ局・一般家庭・ライブ会場をつなぐ擬似三元生中継。
これがポイントだ。
もちろん核となるのは、モモヨのライブ会場。
幸い、当時のDVDが出ているので素材はある。
だが問題は――この大スターの“秘密”を暴くための確固たる情報が必要だということ。
そこで、俺はある男にアポを取った。




