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悠真は棗の言葉を聞いて、わずかに表情を曇らせた生まれた時から母親と二人暮らしで、最近帰ってこない……その言葉が、悠真の胸に刺さる。
悠真もまた、家族というものを知らなかった。組織に育てられ、感情を持つことを許されず、ただ殺すことだけを教え込まれてきた。
しかし棗は家族がいたのに……今は一人だという。
「……そうか。一人で、寂しくないのか?」
悠真は棗に視線を向けながら、そう尋ねた。自分でも不思議な質問だった。任務に関係のない、感情的な質問。しかし悠真は、棗の答えが知りたかった。
同じように一人で生きてきた自分と、棗は何が違うのか。
バスは終点に近づいていく。夢見アパートまで、もう少しだった。悠真は無意識に、棗との距離を縮めていた。
「……へへ、もう慣れちゃったからな」
棗はどこか、寂しそうに笑う。
「あっ、でも他の子には内緒だぞ。クラスでは面白い棗くんで通ってるんだから。……あんな優しいクラスメイトに、可哀想な棗くんって思われて同情されたくないからさ」
悠真は棗の寂しそうな笑顔を見て、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
今まで感じたことのない痛み。それは、他人の痛みを自分のものとして感じる、共感という感情だった。
「……内緒、か」
悠真は棗の横顔を見つめながら、小さく呟いた。棗は周囲に明るく振る舞いながら、本当の自分を隠している。
そしてそれは悠真も同じだった。殺し屋という正体を隠し、普通の高校生として振る舞っている。
(しかし、水鏡と自分は決定的に違う)
棗は人に愛されるために明るく振る舞い、悠真は人を殺すために普通を装っている。
「……分かった。誰にも言わない」
悠真は棗に視線を向けながら、そう約束した。棗の秘密を守りたかった。この寂しそうな笑顔を、他の誰にも見せたくなかった。
……バスが終点に到着し、二人は夢見アパートまでの道を歩く。
「おっ、着いたな」
そうこうしているうちに、夢見アパートに到着する。
「私、ここの202号室だから。それじゃあまた明日な」
「……そうか。俺は301号室だ。……また明日」
悠真は短く答えながら、202号室のドアを見つめた。このドアの向こうに、棗が一人で暮らしている。母親が帰ってこない部屋で、寂しさを隠しながら生きている。
(今夜、殺すこともできる。窓から侵入して、眠っている水鏡を……)
しかし悠真の頭に浮かんだのは、棗の寂しそうな笑顔だった。
あの笑顔を、永遠に消してしまうことが、悠真にはできなかった。
「……また、明日」
そう呟き、悠真は階段を上っていく。301号室のドアを開けて中に入ると、悠真はベッドに倒れ込んだ。
天井を見つめながら、今日一日のことを思い返す。棗の笑顔、声、そして温もり。その全てが、悠真の胸の中で渦巻いていた。
「……また、明日でいい」
棗を殺す決断を先送りしながら、悠真は目を閉じる。
しかし心のどこかで、この決断が致命的な間違いであることを理解していた。
期限は、ゆっくりと、だが確実に近づいていく。
第二話へ続く……




