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「そうだな。一人暮らしだし、忘れがちなんだよな。恥ずかしいことに」
棗はヘラヘラと笑いながら、頭を掻いた。
その言葉を聞いて、悠真はわずかに足を止める。
……一人暮らし。
任務にとっては、好都合な情報だった。
人目のない場所で、確実に仕留められる。
……はずなのに。
胸の奥で、別の感情が静かに湧き上がる。
「……一人暮らし、か」
再び歩き出しながら、悠真はカレーパンの包装を開けた。
一口かじり、ほんのわずかに目を見開く。
温かい。そして、美味しい。
組織が用意する無機質な食事とは違う、明確に“人間の食べ物”だった。
「……自炊は、するのか」
会話を続けるのは、標的の生活パターンを把握するため。そう、自分に言い聞かせながら質問を重ねる。
だが本当は……ただ、棗と話していたかった。
胸の内に広がる、この温かさを感じながら。
教室へ戻る途中、悠真は無意識のうちに棗の隣を歩いていた。
本来なら一定の距離を保つはずなのに、今は自然と寄り添う位置にいる。その事実に気づき、悠真はわずかに眉を寄せた。
「……ははっ。歩きながら食べるなんて。教室に着くまで我慢できなかったのか?面白いな、転校生クンは」
棗は、くすくすと笑う。
「……腹が、減っていた。普通は、歩きながら食べるものじゃないのか」
ぎこちない言い訳をしながら、悠真は視線を逸らした。
「ふふ。キミ、変な子だなあ……。外なら食べ歩きもあるけど、学校の廊下でってのは、なかなか無いぞ?」
そう言って、棗は教室ではなく中庭の方へと向かう。
悠真は一瞬だけ躊躇した。だがすぐに、棗の後を追う。
「……変、か。気をつける」
小さく呟きながら、棗の背中を見つめる。
組織には、「変」という概念すら存在しなかった。
中庭に着くと、周囲には誰もいなかった。昼休みでも、ここまで足を運ぶ生徒は少ないらしい。
悠真は棗の隣に立ち、無言のままカレーパンを食べ続ける。
(今なら……誰にも見られずに、殺せる)
だが、ポケットの中でナイフの柄を掴むことができない。代わりに、視線が棗へと向いてしまう。
紫色の瞳。黒髪。
そして、屈託のない微笑み。
それらすべてが、悠真の中で何かを揺さぶっていた。
「……なぜ、中庭なんだ?」
「だってキミ、面白い子だから。ふたりで話したくなっちゃった」
棗はベンチに腰を下ろし、ケラケラと笑う。
その言葉に、悠真はわずかに目を見開いた。
面白いから、二人で話したい……その響きが、胸の奥に沈殿していた何かを、ゆっくり溶かしていく。
「……俺が、面白い?」
「隣、座りなよ。立ったまま食べるの、しんどいだろ?」
棗はポンポンと自分の隣を叩く。これまで、誰かと並んで座ることなどなかった。
それでも悠真は、戸惑いながらベンチに腰を下ろした。
(……何なんだ、こいつは)
あまりにも……無防備すぎる。




