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昼休み。
棗は友人たちと弁当を広げようとして、カバンを開け……一言。
「……あ、弁当持ってくるの忘れた」
数秒の沈黙のあと、棗はケラケラと笑った。
それにつられて、クラスメイトたちもどっと笑う。
「おいおい!今気づくかよ!」
「悪い悪い!購買行ってくる!」
財布を片手に、棗は軽やかに教室を飛び出していった。
悠真は自分の席で、持参した簡素な弁当を開いていた。
中身は栄養バランスのみを考えた無機質な食事……組織が用意したものだ。
棗が笑いながら購買へ向かう背中を、無表情のまま見送る。
そして、その姿が教室から消えた瞬間。
悠真は静かに立ち上がった。
「……チャンスだな」
低く呟き、棗の後を追う。
昼休みの廊下は人で溢れている。
だが、人混みの中だからこそ“事故”は起こしやすい。
そう、計算していた。
購買前。
列に並ぶ棗の背後へ、悠真は自然な動作で近づく。
右手がポケットの中で、小さなナイフの柄を捉えた。一瞬で、頸動脈を────
────しかし。
棗がふいに振り返る。
その紫色の瞳が、まっすぐに悠真を捉えた。
「……っ」
悠真の動きが、止まった。
無言のまま、右手をポケットから引き抜く。
そこに、ナイフはない。
そして、足元がもつれ、そのまま────
「危ない!転校生クン!」
倒れかけた身体を、棗が間一髪で支えた。
「……悪い」
そう口にしながら、悠真は気づく。
心臓の鼓動が、普段よりわずかに速い。
(……なぜ、躊躇した)
「いや、キミが無事でよかったよ。それより……」
棗は何事もなかったかのように笑う。
「キミもお弁当を忘れちゃったのかな、転校生クン。ここのパン、なかなか美味しいぞ。私のオススメは……カレーパンだな」
そう言って、カレーパンと焼きそばパン、それにデザートの苺を手に取る。
その笑顔を見て、悠真は一瞬だけ視線を逸らした。鼓動は、まだ速いままだ。
(何故だ。今まで五人を殺した時、こんな感覚はなかった)
「……カレーパン、か」
棗の勧めに従い、悠真はカレーパンを一つだけ手に取る。他は何も取らない。必要最低限の栄養さえ摂取できれば、それでいい。
会計を済ませ、並んで購買を出る。
廊下を歩きながら、悠真は横目で棗を観察していた。あの紫色の瞳に見つめられた瞬間、手が動かなくなった。
「……よく、弁当を忘れるのか?」
ぎこちない会話。
任務のための情報収集……そう言い聞かせながら。
だが、悠真の中では別の感情が、確実に芽生え始めていた。この標的は、今まで殺してきた五人とは違う。
……それが、悠真を躊躇させた。




