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一時間目は国語の授業だった。
教師は棗を指名し、教科書を読むよう促す。
「はーい」
棗はどこか得意げに立ち上がり……次の瞬間、流暢な英語で本文を読み始めた。
「……お、おい、水鏡……!」
やがてそれはドイツ語に変わり、フランス語になり、挙げ句の果てにはロシア語にまで切り替わる。
「いいぞ、水鏡!」
「キャー!水鏡くん、かっこいいー!」
教師が頭を抱える中、クラスメイトたちは大盛り上がりだった。
一方、悠真は教科書を開いたまま、棗が立ち上がった瞬間に視線を向けていた。
次々と異なる言語が棗の口から放たれる度に悠真の目がわずかに見開かれる。
感情を持たないはずの自分が、予想外の反応を示したことに気づき、すぐに表情を戻した。
「……何だ、あいつ」
周囲が騒ぐ中、悠真だけは冷静に棗を観察している。資料には存在しなかった情報……多言語を操る能力。
それが任務にどう影響するか、頭の中で即座に計算する。
だが同時に、別の感覚が胸の奥に芽生えていた。
────面白い。
その感情に、悠真自身がわずかに戸惑う。
……一時間目終了後、棗はクラスメイトに囲まれていた。
「はいはい、何だ何だ。私は一人しかいないから順番だぞ」
冗談めかした声とともに、笑いが起こる。
悠真は自席で教科書を片付けながら、横目でその光景を見ていた。
次々と話しかけられ、笑顔で応じる棗。
教室には終始、明るい空気が満ちている。
……人に好かれる才能。
それもまた、渡された資料には存在しない情報だった。
棗を囲む輪を見つめるうち、悠真の中に小さな違和感が生まれる。
これまで殺してきた五人は、いずれも孤立した存在だった。周囲との繋がりが薄かったからこそ、排除は容易だった。
だが棗は違う。
周囲に人がいる。多くの人間に、自然と愛されている。
悠真は教室を出て、廊下の壁に背を預けた。
腕を組み、冷たい視線で教室の中……棗を見据え、任務の難易度を、再計算する。
「……面倒だな」
その呟きは、誰にも届かない。
悠真は次の授業が始まるまで、そこで棗を観察し続けることにした。




