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最後の標的  作者: 有氏ゆず
第四話 誕生日
31/39

4-9




棗の泣き声が少しずつ小さくなっていく。

肩の震えが収まり、呼吸が落ち着いてくる。


悠真は抱きしめた腕をゆっくり緩めた。

離れた瞬間、棗は濡れた頬を乱暴に拭って、いつもの癖みたいに笑おうとする。




「……ごめん。見苦しいところを見せちゃったな」

「見苦しくない」


悠真は即答した。

棗は少しだけ目を見開き、そして視線を逸らした。


「……ふふ。転校生クン、優しすぎだろ」

「……うるさい」


言い返しながらも、悠真は棗の顔から目を離せなかった。

赤い目。まだ震える睫毛。噛みしめた唇。

それでも棗は、もう大丈夫だと装おうとしている。


悠真は拳を握り、短く言った。


「……待ってろ」

「は?」


棗が間の抜けた声を出す。

悠真は立ち上がり、棗を見下ろした。


「ここにいろ。動くな」

「なんだよ急に。命令するなよ」


棗は文句を言いながらも、立ち上がらない。

悠真はそれだけ確認して、公園を出た。

胸の奥がまだ熱い。棗の涙の温度が、制服に残っている気がした。


(……誕生日、か)


悠真は走った。

足が勝手に動く。理由を考える前に、身体が答えを出していた。




公園から少し離れた通りに、小さなケーキ屋があった。

ショーケースの中に、色とりどりのケーキが並んでいる。


「……これを」


指差したのは、苺が乗ったショートケーキ。棗の好物は苺だと言っていた。だから、迷う必要は無かった。

店員が笑顔で箱に詰め、細いリボンをかけてくれる。


「ロウソクはお付けしますか?」

「……いる」


短く答える。今自分が何をしているのか、まだ少し信じられないくらいだ。




……公園に戻ると、棗はベンチに座ったまま空を見上げていた。


悠真の足音に気づき、棗が振り返る。


「……おい、遅いぞ」

「……悪い」


悠真は棗の前に立ち、ケーキの箱を差し出した。棗は目を丸くして、箱と悠真の顔を交互に見る。


「……何だ、それ」

「……ケーキ」

「いやそれは分かるけどさ!」


棗は思わず突っ込みながらも、声が少しだけ明るくなっていた。

悠真は視線を逸らし、言葉を探す。


そして、息を吸って────吐く。




「……誕生日おめでとう、水鏡」


棗の目が、ゆっくり見開かれる。

さっきまで溢れていた涙とは違う、別の熱が滲んでいく。


「……っ、ば……」


棗は言葉にならない声を漏らして、慌てたように笑った。目元がまた少し潤んでくる。


「……あり、がとう」

「……ああ」


棗は箱を開ける。大好きな苺の乗ったショートケーキだった。思わず目が輝く。


「今食うのか?」

「うん、今食べたいんだ」

「分かった」


悠真はロウソクを立て、火を灯そうとする。だが外なので風が強く、上手く火がつかない。


「あっはは!やっぱ外じゃ無理だよな!」


棗は笑いながらケーキを齧る。そして悠真にも差し出した。


「ほら、一緒に食べよう」

「いいのか?」

「一人で食べるなんて寂しいじゃないか。良いだろ?」

「ああ、なら貰う」


公園で、ふたりきりでケーキを齧る誕生日。

だけど、棗は嬉しそうに笑っている。




(……良かった)


悠真は、棗の笑顔を見て心底安心した。


そしてもう、自分が棗のことを殺せなくなっていることは、気付かないふりをした……。




第五話へ続く……




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