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棗の泣き声が少しずつ小さくなっていく。
肩の震えが収まり、呼吸が落ち着いてくる。
悠真は抱きしめた腕をゆっくり緩めた。
離れた瞬間、棗は濡れた頬を乱暴に拭って、いつもの癖みたいに笑おうとする。
「……ごめん。見苦しいところを見せちゃったな」
「見苦しくない」
悠真は即答した。
棗は少しだけ目を見開き、そして視線を逸らした。
「……ふふ。転校生クン、優しすぎだろ」
「……うるさい」
言い返しながらも、悠真は棗の顔から目を離せなかった。
赤い目。まだ震える睫毛。噛みしめた唇。
それでも棗は、もう大丈夫だと装おうとしている。
悠真は拳を握り、短く言った。
「……待ってろ」
「は?」
棗が間の抜けた声を出す。
悠真は立ち上がり、棗を見下ろした。
「ここにいろ。動くな」
「なんだよ急に。命令するなよ」
棗は文句を言いながらも、立ち上がらない。
悠真はそれだけ確認して、公園を出た。
胸の奥がまだ熱い。棗の涙の温度が、制服に残っている気がした。
(……誕生日、か)
悠真は走った。
足が勝手に動く。理由を考える前に、身体が答えを出していた。
公園から少し離れた通りに、小さなケーキ屋があった。
ショーケースの中に、色とりどりのケーキが並んでいる。
「……これを」
指差したのは、苺が乗ったショートケーキ。棗の好物は苺だと言っていた。だから、迷う必要は無かった。
店員が笑顔で箱に詰め、細いリボンをかけてくれる。
「ロウソクはお付けしますか?」
「……いる」
短く答える。今自分が何をしているのか、まだ少し信じられないくらいだ。
……公園に戻ると、棗はベンチに座ったまま空を見上げていた。
悠真の足音に気づき、棗が振り返る。
「……おい、遅いぞ」
「……悪い」
悠真は棗の前に立ち、ケーキの箱を差し出した。棗は目を丸くして、箱と悠真の顔を交互に見る。
「……何だ、それ」
「……ケーキ」
「いやそれは分かるけどさ!」
棗は思わず突っ込みながらも、声が少しだけ明るくなっていた。
悠真は視線を逸らし、言葉を探す。
そして、息を吸って────吐く。
「……誕生日おめでとう、水鏡」
棗の目が、ゆっくり見開かれる。
さっきまで溢れていた涙とは違う、別の熱が滲んでいく。
「……っ、ば……」
棗は言葉にならない声を漏らして、慌てたように笑った。目元がまた少し潤んでくる。
「……あり、がとう」
「……ああ」
棗は箱を開ける。大好きな苺の乗ったショートケーキだった。思わず目が輝く。
「今食うのか?」
「うん、今食べたいんだ」
「分かった」
悠真はロウソクを立て、火を灯そうとする。だが外なので風が強く、上手く火がつかない。
「あっはは!やっぱ外じゃ無理だよな!」
棗は笑いながらケーキを齧る。そして悠真にも差し出した。
「ほら、一緒に食べよう」
「いいのか?」
「一人で食べるなんて寂しいじゃないか。良いだろ?」
「ああ、なら貰う」
公園で、ふたりきりでケーキを齧る誕生日。
だけど、棗は嬉しそうに笑っている。
(……良かった)
悠真は、棗の笑顔を見て心底安心した。
そしてもう、自分が棗のことを殺せなくなっていることは、気付かないふりをした……。
第五話へ続く……




