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悠真は差し出された手を一瞬見つめ、わずかに躊躇したあと、無表情のままその手を握り返した。
握力は適度で、そこには機械のような正確さがあった。
「……水鏡、か」
悠真は棗の顔をじっと観察する。
標的の顔写真は何度も見てきたが、実物には写真にはない“温度”があった。
その微笑みに、ほんの一瞬だけ視線が揺れる。
すぐに手を離し、自分の席へと腰を下ろす。
カバンから教科書を取り出しながら、悠真は横目で棗の様子を伺った。
……任務遂行のための観察だ。
そう自分に言い聞かせる。
(しかし、標的の性別は女だと聞いていたが)
目の前の棗は男子用の制服を着ており、声も低い。中性的な外見で……女性と言われれば、そうも見えなくはない。
(資料のミスか?それとも……標的を間違えた?)
「……どうしたんだ?人のことをじっと見つめて。もしかして私に惚れたか?」
棗がニヤニヤとしながら悠真を見る。
「おっ、水鏡。ついに男まで虜にしたか?」
「水鏡くん、かっこいいもんね」
クラスメイトたちが囃し立てる。
(……水鏡“くん”。やはり、周囲からは男として扱われているのか)
悠真は頭の中にインプットされた標的の資料を思い返す。間違いなく、性別は“女”と記されていたはずだった。
「……水鏡。お前の性別は」
その言葉が口をついた瞬間、教室がしん……と静まり返った。
まるで、触れてはいけない禁句でも発したかのように。
「……ぷっ、あはははは!ド直球だな、キミは!」
一瞬の沈黙のあと、棗は腹を抱えて笑い出した。
「私は生物学的には女だ。だが、どうやら身体を取り違えて生まれてきたらしい」
「……つまり、身体は女で、心は男だ。そういう認識で問題ないか」
「本当にド直球だな。まあ、陰でコソコソ言われるより、よっぽど素直で私は好きだけどな」
ケラケラと笑ったあと、棗はもう一度、右手を差し出した。
「……ま、そういうことだ。皆も事情を知った上で私を受け入れてくれている。キミも、私を男として接してくれたら嬉しい」
「……分かった。この学校のこと……お前のことも、色々教えてくれ」
声は淡々としていたが、それは会話を続けるための最低限の努力だった。
……一か月以内に殺す相手と、こうして日常会話を交わす。悠真にとって、それは生まれて初めての経験だった。




