4-7
悠真は少し迷ったが、座らずに立ったまま棗を見下ろした。
「……何故学校に来なかった。何故こんなところにいる。理由を言え」
詰めるような口調になってしまった。自分でも分かっているのに、止められない。
棗はベンチに座ったまま、肩をすくめる。
「……そう焦るなよ。ちゃんと話してやるからさ」
軽口のはずなのに、声にいつもの勢いがない。
悠真の胸の奥が、嫌な形で冷えた。
……しばらく沈黙が落ちる。
風が吹いて、棗の黒髪が揺れた。
「……私のさ、父親の話なんだけどな」
ぽつり、と棗が呟く。
「……父親?」
悠真が聞き返すと、棗は小さく頷いた。
「偉い人。すごく偉い。……だから、愛人と作った子供である私は表に出せない」
淡々とした声なのに、どこか崩れそうだった。
「月に一回だけ会うんだ。生活費を渡されて、帰る。それだけ」
棗は天を仰いで、乾いた笑いを漏らす。
「今日も、それだった。……いつも通り」
指先がきゅっと握られる。
握りしめた拳が、わずかに震えていた。
そして、棗は息を吸って……吐いた。
「……でもさ。今日、誕生日だったんだよ」
声が小さくなる。まるで言ってはいけないことを、口にしてしまったみたいだった。
「言わなかった。言えなかった。……言ったら惨めになる気がしたから」
棗は笑おうとした。でも、笑えない。笑顔を貼り付ける余裕が、もう残っていなかった。
「別にプレゼントなんかいらなかったんだ。ただ一言でよかった。『おめでとう』って。……それだけでよかったのに」
語尾が震える。
棗は唇を噛んで、続けた。
「……忘れてたんだよ。父親なのに。あの人、私の顔を見ても……何にも思わないんだ」
棗の目がじわっと赤くなる。泣かないように堪えているのが、悠真には痛いほど分かった。
「……笑えるよな。クラスじゃ"面白い水鏡くん"で通ってるのに、こんなことで……」
そこで、棗の声が途切れた。
喉の奥が詰まったみたいに、息が止まる。
「…………ぁ、」
一滴、落ちた。
最初はそれだけだった。
でも、その一滴が引き金になって、次が止まらない。
「……っ、最悪……」
棗は顔を覆う。肩が震え、呼吸が乱れる。
悠真はその姿を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。何か言わなければと思うのに、言葉が出ない。
「……水鏡」
名前を呼び、悠真は一歩近づく。
そして棗の前に膝をついて、無理やり目線を合わせた。
「見るな……」
「無理だ」
「見ないでくれ。頼むから……」
「嫌だ。お前が泣いているのは……つらい」
言った瞬間、胸が痛んだ。
心臓がうるさいほど鳴っている。止め方が分からない。
悠真は棗の手首を掴み、そっと引いた。
顔を覆う手を外させる。




