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9月1日。
富士見学園高等部、夏休み明け最初の授業の日だった。
「水鏡、久しぶりだな!」
「水鏡くんおはよう!夏休み何して遊んでたの?」
一年A組のムードメーカーとして知られる水鏡棗は、今日もクラスメイトに声をかけられながら教室へ入ってくる。
「やあやあ皆。久しぶりだな。……お、田中クン。キミ、かなり焼けたな?」
「そういうお前は全然焼けてないな!夏休みは引きこもりか?」
「おや、おかしいな。結構羽目を外したつもりだったんだが」
ヘラヘラと笑いながら自分の席に着く棗。
一か月半ぶりに座るその席が、急に愛おしく感じられた。
「はい、皆さん静かに」
パンパン、と手を叩きながら担任が教室に入ってくる。
「今日からこのクラスに転校生が来ます。朝倉悠真くんです」
(……転校生?こんな時期に来るなんて珍しいな)
彼は、新しい制服に身を包み、教室の扉の前に立っていた。
ざわめく教室の様子を、廊下の窓越しに冷えた視線で見渡す。
そして、すぐに目的の人物を見つける。
(……水鏡、棗)
感情の欠片も宿さない瞳で棗を捉えたまま、彼は静かに扉を開けた。
「皆さん、彼が転校生の────」
「……朝倉悠真。よろしく」
担任が紹介し終える前に、短い挨拶が差し込まれる。
「あ、ああ……ありがとう。では朝倉くんの席は、水鏡くんの隣でいいかな?」
その言葉が終わるより早く、悠真は棗の隣の席へと向かった。
(……隣か。都合がいい)
朝倉悠真。
それは偽りの名だ。
彼は暗殺組織に属する殺し屋。
幼少期から暗殺者として育てられ、感情を持つことを禁じられ、任務遂行だけを叩き込まれてきた。
本当の名前など存在しない。
あるとすれば、コードネーム──《HOLLOW》。
そして、棗は彼の……標的だった。
「私は水鏡棗だ。よろしく、転校生クン」
そんなことなど露知らず棗は人懐こく微笑み、右手を差し出す。
そしてこの出会いが、二人の人生を大きく狂わせる運命になることを……まだ、誰も知らない。




