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次の瞬間、雨はためらいもなく降り出した。
「うわ、マジかよ!」
誰かの声と同時に、校庭がざわつく。教師の指示で急いで体育館へ入ることになり、生徒たちは一斉に走り出した。
悠真も走ろうとして、ふと横を見る。
棗がいた。
濡れた髪が額に張りつき、白い体操服は雨を吸って色を変えている。その変化を認識した瞬間、悠真の思考が一瞬だけ止まった。
(……見ては、いけない)
理由は分からない。ただ、そう感じた。
「水鏡……」
呼びかけるより早く、棗は笑っていた。
「最悪だなー。びしょ濡れじゃないか」
その声が、いつもと変わらないからこそ、悠真の胸の奥がざわついた。周囲の視線が一斉に棗へ向くのを、無意識に感じ取ってしまう。
だから、考えるより先に、身体が動いた。
悠真は自分のジャージを脱ぎ、棗の肩にかける。
「……着ろ」
「え?」
驚いたように目を瞬かせる棗を見て、ようやく自分が何をしたのか理解する。だが、引っ込めるという選択肢は浮かばなかった。
「いいから」
それだけ言って、悠真は視線を逸らす。棗の体操服が雨に濡れているのを、もう見ないように。
……数秒の沈黙のあと、棗は小さく笑った。
「サンキュ。助かる」
ジャージに腕を通す棗の動きが視界の端に映る。布越しに伝わる体温に、なぜか悠真の胸がきゅっと縮んだ。
守りたい、と思った。
それが友達として普通の感情なのかどうか、分からない。ただ、このまま放っておくという選択だけは、最初から存在しなかった。
「……風邪ひくと、面倒だろ」
そう言い訳のように呟くと、棗は楽しそうに笑った。
「転校生クンって、案外面倒見いいよな」
その言葉に、悠真は何も返せなかった。
自分でも理由が分からないまま、ただ棗を雨から遠ざけるように、少しだけ歩幅を調整する。
そして雨音の中で、悠真は初めて気づいてしまう。
(……この距離を、他の誰にも譲りたくない)
その感情に名前をつけるには……まだ早い。




