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「……仕方ないなあ。ほら、キミもこっち来い。もうこうなったら全員まとめて面倒みてやるよ!」
悠真は棗の言葉を聞いて、わずかに躊躇した後、立ち上がる。
棗の周りに集まるクラスメイトたちの輪に加わることは、任務において不必要な行動だった。しかし悠真の足は、自然と棗の方へ向かっていた。
棗の近くに立ち、ノートを広げる。棗が丁寧に数学の問題を解説していく様子を、悠真は無言で見つめていた。棗の声が、教室に響く。
「……分かりやすいな」
悠真は小さく呟きながら、棗の横顔を見つめた。周囲のクラスメイトたちが「そうだよな!」と同意する中、悠真の視線は棗だけに注がれている。
『もう、慣れちゃったからな』
昨日の、少し寂しそうに呟かれた棗の言葉が悠真の頭の中に反響する。
この人は、いつも誰かのために笑っている。自分の寂しさを隠して、周囲を明るくしている。
(そんなやつを、俺は殺そうとしているのか)
悠真の胸の中で、温かい感覚と冷たい罪悪感が混ざり合っていた。棗の説明を聞きながら、悠真は無意識に棗との距離を縮めていた。
「全く!私が賢いからってキミらは毎日私を頼りすぎだ!」
大笑いしながらクラスメイトに怒るふりをする棗。だが、本当に怒ってなんかいない。頼られるのは嬉しいことなのだ。
棗は悠真を振り返って、歯を見せて笑う。
「まあそういう訳だから。転校生クンも何かあったらいつでも頼ってくれ」
悠真は棗の言葉を聞いて、わずかに目を見開く。
「頼ってくれ」……その言葉が、悠真の胸に深く刺さる。
組織では、誰かを頼ることは弱さの証だった。自分一人で全てを解決し、感情を殺し、任務を遂行する……それが悠真の生き方だった。
だが、棗は自分に頼れという。頼るということを許してくれる。
「……ああ」
悠真は短く答え、視線を逸らした。顔が、少しだけ熱い。
周囲のクラスメイトたちが笑いながら棗に感謝する中、悠真だけは無言で立っていた。
しかし悠真の胸の中では、温かい感覚が広がっていた。棗の笑顔、声、そして優しさ。その全てが、悠真を人間に変えていく。
……そして、ホームルームが終わり、一時間目の授業が始まる。
悠真は自分の席に戻りながら、棗の横顔を見つめていた。
自分は棗を殺すために近づいているのに、棗は何も知らずに優しくしてくれる。この矛盾が、悠真を苦しめていた。
「……また明日でいい」
悠真は小さく呟きながら、教科書を開く。
しかし文字は頭に入ってこなかった。頭の中は、棗のことでいっぱいだった。




