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死なずの国  作者: 群星
第一章、旅立ち
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翼を持つ光


「殿下。中の準備、整いましてございます」

「ありがとう、サラシュトラ」


 アフラは男が隔離された幕舎の周りを塩で囲んでいた。塩は非常に貴重で、後からセリオンの怒りを買うことは分かっているが、悪しき精霊に対抗するにはこれでも心許ないくらいである。


「シエロ、すまないな」

「いえ。アフラ殿下も頑固でいらっしゃるのは重々承知しておりますゆえ」

「はは。兄様が戻ってきたら一緒に怒られてくれ」


 幕舎の番をシエロに任せ、アフラは中に入る。そこにはアフラが指定した通りの屈強な兵士が四人とサラシュトラにその助手が待っており、中央には斑病の男が寝かされていた。


「眠り薬は」

「既に嗅がせてあります」

「よし。……それでは、始めよう」


 アフラが手のひらを翳すと部屋の蝋燭に点った火が一斉に白くなる。


「《創造の黒竜、破壊の赤竜、繁栄の白竜。

世界を創りし神々よ。今ひと時、我らを守り給え》」


 アフラの手が白く輝く。耳を覆うように男の頭を持つと、アフラは手に魔力を込めた。


「《路を我に示せ!》」


 その瞬間、アフラの意識は翼を持つ光となった。呪疫に冒された者の意識の中に入り、罹った呪疫を通してその元凶である精霊を捜すのが人ならざるものによって起こされた病魔を止める最初の一手である。

 当然ながら、これができる者は多くない。研鑽を積んだ呪術医か、魔法の心得があり適性がある者なら可能だが、呪疫を通して相手から攻撃を受ける可能性は消えない。


「……が、あ、ああああああああぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!!!」

「押さえろ!」


 現実では男の身体が突如痙攣し、恐ろしい程の力で跳ねた。兵士がすぐに取り押さえるが押さえた手足が軋む程の力に気圧される兵士もいる。


「構うな! 手足を折ってでも押さえよ!」

「そっ……の、つもりで、やってますがッ……!!」

「病人の力じゃない……!!」

「今押さえねば殿下に危害が及ぶ! 気張るのだ!」


 精神を羽ばたかせているアフラには現実で起こっていることは知りようも無いが、唯ならぬことが起きているのは男の意識から感じ取っていた。


(これは……この者の故郷か……?)


 空は赤く染まり、大地は罅割れ、血潮の匂いが色濃く漂う。しかし死の悲愴さはどこにも無く、ただ煮え滾るような闘志がこの世界のすべてだった。

 速度を上げながら、アフラは男の意識を翔ける。すると男の精神に似つかわしくない澱んだ気配を感じ取った。


(あれだ!)


 アフラは自らの光を最大限まで強くした。滲み出る澱みを焼き払い、その澱みの元を視界に入れる。


(あれは神殿! そうか、ならば──!)


「──捉えた……!」

「殿下!」

「殿下、大丈夫ですか!?」


 顔を上げたアフラが目にしたのは、疲労困憊で男に突っ伏す兵士達と、憔悴するサラシュトラに助手だった。


「私は大丈夫だ。しかし……」

「この男、とんでもない力でございました。一体何者なのやら……」

「そのようだな……」


 だが、へばっている余裕は無い。


「──アフラ殿下。セリオン殿下がお呼びです」


 こちらも、(ただ)ならぬ男を相手にしなければならないのだ。




「俺の陣中で、随分勝手なことをしてくれたみてぇだな」


 王太子の幕舎では野営地に戻ってきたセリオンが殺気も隠さずアフラを睨みつける。両脇にはガルガン将軍と老将フーシャンが控えているが、セリオンを宥める素振りは無い。


「申し開きがあるなら聞いてやる」

「勝手をしましたこと、謹んでお詫び申し上げます。しかしこれは必要なことでありました。我が軍、我らが国民(くにたみ)を苦しめる呪疫の根城、明らかにしております」


 アフラは毅然と声を張る。兄の怒りなど知った事では無いとでも言うように、その声はよく通った。


「ミトラ川を分かつ()に建てられたガヨーマルト神殿、そこに呪疫の精霊(ジン)がおります。ご出陣ください、兄様(あにさま)

「……ハッ」


 セリオンが笑った。底意地の悪い笑みだが、アフラは兄の怒りが引いたことを確信した。


「夜襲を仕掛ける! ガルガンは俺と来い。フーシャン、お前はキリクの相手をしろ。やり方は任せる」

「「はっ!」」


 方針が決まるとアフラはしれっと立ち上がり立ち去ろうとする。


「おい待て。アフラ、どこ行こうとしてんだ」

「傷病兵の幕舎に戻ります。兄様もアフラなどに構っている時間などありませぬ。お早く動いてください」


 それきりアフラはさっさと幕舎を出て行った。セリオンが舌打ちするとガルガンが朗らかにその肩を叩く。


「ふられてしまいましたなぁ、殿下!」

「アフラ様にはもっと用兵を学んで頂かなくてはならないというのに……」

「……生かすのがあいつの仕事だ。行くぞ」




 そして、夜明けが訪れる頃。セリオンは神殿に居座っていた精霊を打ち砕き、その報せは早馬で届いた。


「セリオン殿下が邪悪な精霊(ジン)を打ち倒したぞ!!」

「やった! やった!」

「これで死ななくてすむ……!!」


 兵士の喜びの声は西の国の男がいる幕舎にも聞こえてきた。アフラはセリオンが戻る前にこの男の呪疫を癒さねばならないと幕舎に篭っていたが、まだ十三歳のアフラに夜を徹して治癒を続ける力は無かった。


「っ……」

「アフラ殿下、もう終わりです」

「だ、だが」

「ご覧下さい。四肢の斑はもうほとんど見えませぬ。胴の斑も可能な限り薄めました。この男の峠は越えております」

「ぅ……」

「先に殿下が申し付けた通りに致します。殿下はお休みください」


 立つ力すら使い果たしたアフラは兵士に運ばれていった。それと入れ替わるようにサラシュトラは男を連れてきた夫婦を呼ぶ。


「騎士様は! 騎士様はどうなりましたか……!?」

「峠は越えておる。お主達はこの者を連れて村に戻れ。すまないが、セリオン殿下は矢よりも早く戻られよう。そうなったらよそ者を連れてきたお主達を庇うことはできん」

「わ、分かりました……」

「村まで兵をつけてやろう。案ずるな、これはアフラ殿下のご命令だ」

「ありがとうございます……!」

「このご恩は決して忘れません!」


 そうして、夫婦は男を連れて村へと帰っていった。アフラが目覚めたのは、国境平定が何もかもが終わった頃だった。



──────────



「…………思い出した! あの呪疫にやられていた男か!」

「はい。あの後、村で静養しておりました所にサラシュトラ殿より文が届きまして、よそ者である私が国境近くに居着くのはあまりよくないとのことが書かれておりました。しかしサラシュトラ殿はイザナ殿への紹介状を同封して下さっていたので、私は以降ここで世話になっていたのです」

「そう、だったのか……。そうだ、あの夫婦はどうなった?」

「お二人も完治しましたが……昨年、賊に襲われ亡くなったと」

「……そうか……」


 アフラは悲しみを払うように頭を振る。


「それにしても、まさか貴方があの時の男だとは思いもしていなかった。……いや、そういえば、確かに身の丈は大きかったが……」

「私もあれほどの病は初めてでございました。アフラ様の御力が無くば、私は死んでいたでしょう」

「……しかし、それなら、貴方の命の借りは既に返してもらった。私が貴方を救ったというなら、貴方は私を救ってくれた! それだけで十分だというのに……何故……」


 アフラは小さく項垂れた。それには兄に斬られた第三王子という悲運だけではない、根幹的な自信のなさが表れている。

 しかしそれでも、アルカイオスの心は変わらなかった。


「私は貴方様のお手伝いがしたいのでございます」

「……だが……」

「あの時、私の心は非常に醜いものでした。病によって蝕まれ、虚ろな穴が幾多も空いておりました。ですが、貴方様は忌むべき病身を、一人の人間として見てくださったのです。私がよそ者であること、よそ者はよそ者として扱わなければならないことを、貴方様は自らの責務に耐えながら、それでも人を人として扱ってくれた。貴方様にお仕えすることに、それ以上の理由がありますでしょうか」


 アルカイオスの言葉は真っ直ぐに、アフラの心に入り込んだ。胸を押さえ、アフラは伏せていた目を開く。銀の瞳がアルカイオスの琥珀を捉えた。


「私にはこの旅がどうなるか、全く考えが及ばない。要らぬ苦労をかけることにもなるだろう。それでもよいか?」

「無論にございます」

「ならば──私の伴をしてくれ、アルカイオス」

「はっ!」


 アルカイオスは感無量と頭を下げる。ふとそこで、アフラは忘れていたことを思い出した。


「……しまった。貴方に言っておくべきことを忘れていた」

「何でございましょう。どのようなことであれ私の意思は変わりませぬゆえ、お教え頂きたい」

「うむ。私は王子というが、女なのだ」


 その告白に、アルカイオスは盛大に横転した。

 

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