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死なずの国  作者: 群星
第一章、旅立ち
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戦地の病


 五年前、ファールス荒原。

 マハ国は隣国キリクの侵攻を止めるため、王太子セリオンが五万の兵を率いて戦場を駆けていた。キリクは強国ではないものの何かにつけてマハ国の境を侵しており、これに業を煮やしたセリオンが打って出たのである。

 それによって出た負傷者はこれまでの小競り合いの規模を超えており、慰問を兼ねて補給部隊と共にアフラはファールスに置かれた野営地に来ていた。


「アフラ殿下! このような戦地にまでおいでいただくとは……!」

「物資を持ってきた。糧食と薬、清潔な布もある。負傷者の詰所に案内してくれるか」

「そっ、それは! あのような汚い場所に殿下を入れる訳には……!」


 兵の迂闊な一言にアフラの目がぎり、と鋭くなる。


「汚い? 国の為に命を懸けて戦い血を流した戦士の何が汚いのだ!」

「ひぃっ! も、申し訳ございません!」

「──アフラ殿下! 殿下といえど、勝手をされるのは困ります!」

「シエロか。……そうだな、すまない。嫌な気がしたのでな。(はや)ってしまった」


 騒ぎを聞いて出てきたのはこの野営地を預かる戦士長のシエロだった。シエロはため息をつくとアフラをある幕舎に案内する。


「殿下の予感はいつも当たりますな。……病が流行り始めました」

「!」

「傷を負った兵士から次々と罹っております。恐らく、傷口から病魔が入り込んだかと。重々、お気をつけて行動なさって下さい」

「……ああ」


 口布を付けアフラはその幕舎に入る。

 幕舎は傷病兵とそれを看護する衛生兵でごった返していた。アフラに気付いた衛生兵が慌てて駆け寄ってくる。


「殿下!? ここは病人がおります、御身が罹りでもされたら我らはセリオン様に合わせる顔がありませぬ!」

「私が無理を言ったのだ。それに、私は傷を負った戦士達の為にここに来たのだ」


 アフラが手袋を外しその手を広げると幕舎の澱んだ空気が晴れる。


「い、今のは……」

「なんか……息がしやすいぞ……」

「衛生兵長を呼んでくれ。おぬし達のやり方に合わせよう」

「殿下……!」


 兄二人と違いアフラは生まれつき魔法を使えるが、その魔法を使える人間の中でも更に珍しい、癒しの魔法がアフラの使える魔法だ。幕舎で最初に使ったのはその空間を清浄にする魔法で、特に効果を発揮するのは肺を患う者にだが、医療において清潔は絶対であるためこの魔法を使う為だけに慰問に向かう事も多い。

 衛生兵の指示に従い、アフラは兵士達に癒しの魔法を使っていく。苦しみに満ちた幕舎で王族自ら手当てを行うという行為は兵士達の意気を非常に沸き立たせた。


「ありがとうございます……ありがとうございます……!!」

「この御恩、一生忘れませぬ……!!」

「おぬし達は国の為に戦ってくれたのだ。その命を尊ぶのは当然だろう」


 兵士達の皮膚には斑状の病斑が出ている。衛生兵長の話ではこの斑は出た場所の臓腑を侵し、その場所次第ではたちまちに命を奪うものだという。今のところどの薬も効かず、死者は増えていくばかりだ。唯一、アフラの魔法はその斑を薄れさせることができていた。


(この斑……)

「サラシュトラ! こちらに来てくれ!」


 アフラは自分が連れてきた医官を呼ぶ。サラシュトラは医官の中でも老齢で、アフラは医学を彼から教わっていた。


「お気付きのことがありましたかな、殿下」

「ああ。この病……常から発したものではないように見えるのだ」

「そうですな。傷口から入る病魔は数あれど、これ程までに医学が通用しないものは珍しゅうございます」

「魔法を使うと薄くなる。……これは、悪しき精霊(ジン)が起こした呪疫だと思ったのだが、おぬしはどう思う」

「お見事でございます、殿下。私も同じ見解です。斑が香炉を避けるように動いたのを見ました」


 ここで使われる香炉は浄めの香を指す。この病が人ならざるものによって蒔かれたのは明確だった。


「急ぎ精霊の痕跡を追わなくてはならぬが……」


 アフラの顔が鬱ぐ。その時、幕舎の外から切羽詰まった声がかけられた。


「シエロ様! 申し上げます! 外から斑病の者が侵入しました!」

「っ……!」




「どうかお願いします! この方の病を……!」

「ええい、それ以上寄るな! 今お前達に構っている場合ではないのだ!」


 身なりからして近隣の村の住民だろうか。同じように斑病に冒された壮年の夫婦が連れてきた人物は毛布で覆われ見えない。


「そなたらは?」

「わ、私どもはサティヤ村から来ました。お願いします、どうかこのお方をお助け下さい!」

「このお方?」

「この方は村を守ってくださいました。キリクの蛮人どもから王国軍が着くまで私どもを守ってくださったのです! どうか、どうか……!」

「ど……どうしましょう、シエロ様……」


 夫婦が縋るように近づく度に兵士は下がる。患っている者に近づきたくないのだ。


「その御仁は何処の者だ?」

「く、詳しくは分かりませんが……西の国から来た、と」

「西の国……」


 つまりはよそ者だ。サラシュトラがアフラに視線を寄越す。アフラは目をきつく閉じると、腹を決めた。


「その者、口はきけるか」

「い、いえ……ですが、聞くことはできます」

「なら良い。身体を見せよ」

「殿下!」

「シエロ。分かってくれ」


 アフラの目は悲痛な覚悟を湛えていた。それに何をするつもりかを悟ったシエロが下がる。


「うっ……!」

「こいつはひでぇ……!」


 毛布を取られたそこにあったのは、全身を斑病に冒された男性だった。確かにこれでは喋ることなど出来そうにない。アフラは男の頭に近付くと、静かに声を掛けた。


「おぬし、言葉は分かるか。諾なら瞬きを一つ、否なら二つせよ」


 男は一度瞬きをする。


「うむ。おぬしは我が国の国民(くにたみ)を守ってくれたそうだな。私はマハ国第三王子のアフラ。王族として礼を申し上げる。

その働きに応じ、おぬしを助けたいが、それには一つ条件がある。それを呑んでくれるのであれば、おぬしだけでなくおぬしを連れてきた夫婦とその村の住民も助けよう」


 男は間をおかず瞬きを一つした。


「この病は人ならざるものによって広められた。故に、その元を絶つ為にそれを追わねばならん。おぬしにはそれに協力して貰いたい。……その人ならざるものを捉えるまで、おぬしには耐えて貰わねばならぬ。それでも構わぬか?」


 男はやはり間髪入れず瞬きをした。

 この男は途方も無く強いとアフラは圧倒された。病床にあり、死がすぐそこまで迫る恐怖を感じていないのでは無いだろうに、戦士としての矜恃と信念は何一つ揺らいでいない。


「この者を幕舎へ隔離せよ。サラシュトラ、準備を頼む。シエロ、屈強な兵士を四人借りるぞ。ああ、それと──その夫婦に毛布を出してやってくれ」

「殿下……!」

 

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