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死なずの国  作者: 群星
第一章、旅立ち
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戒律


 アフラとアルカイオス、イザナの三人は僧侶に連れられ寺院の中庭に出た。


「大僧正様はあちらにいらっしゃいます」


 そこには柵で囲まれた筒があった。アフラはそれで、大僧正がどこにいるかを悟った。


「……大僧正様。シャフリーズ三世が子、アフラが参りました」

「──おお、アフラ。ふ、ふ、久し振りじゃな」


 筒から大僧正の声が聞こえる。大僧正は、この地下にいる。


「大僧正様……入定、されるのですか」


 入定というのは、ハサン教で生きながらにして天に向かうことを言う。つまりは、即身仏である。


「うむ、昨日入ったばかりでな。越影号は誠に速いのう」

「父様が、亡くなられたからですか」

「あのような月の欠け方は見たことも無い。あれでは天に向かうのも苦労するじゃろう。それに……これからの世に、僅かでも苦しみが減ればよいと思ってな」


 ハサン教の僧にとって入定とは世界への最大の献身である。その覚悟は誰にも塗り替えられないものだった。


「アフラよ。おぬしはこれから何をする?」

「西へ……。私の真名を知る方を訪ねようかと」

「そうじゃな。その次は?」

「下兄様に会って……」

「次は?」


 大僧正の声はイザナとの話を知っていることを疑問にも思わず、猜疑も持たせぬ程に穏やかで清流のような涼やかさをもってアフラにしみ入る。次、と訊かれ、そしてアフラは気付いた。


(私は……そうして、どうするのだ?)

「ふ、ふ。途方も無いのう」

「……はい」

「多くを悩み、多くを考えるがよい。アルカイオス」

「はい」

「おぬしは思い遣りはあるが頑ななところがある。常に己を省みよ」

「はっ……」


 それきり大僧正は何も話さなかった。




 それから三日が経った。

 アフラは逗留するにあたって仕事が欲しいと訴えたが王族だからと断られてしまい、代わりに書庫の鍵を貰うと食事の時間以外はずっとそこに籠っていたが、その日は朝からイザナに呼ばれた。


「白銀の馬?」

「ああ。一昨日、サンの森にいるのを行商が見付けたそうだが相当に気性が荒いらしくてな」

「昨日数名向かわせたのですが、片端から蹴られ近寄れなかったそうで……幸いにして死者は出ませんでしたが、あの気性では野放しにしておく訳にもいきません」


 なるほど、とアフラは軽く頷いた。ハサン教では僧侶も肉食を許されているが無益な殺生は当然として生物を損なうことも禁じられており、殺さねばならないとなれば一息で仕留めなければならない、という戒律がある。無傷で保護することがハサン教の僧侶ではできないのだろう。

 しかし、アフラは僧ではない。だからこそ白羽の矢が立ったのだ。


「分かりました。私が行きましょう」

「すまんな。アルカイオスとノーンハスヤに共をさせる。いざとなればアルカイオスを使え」

「何故ですか?」

「私はここに身を置かせていただいておりますが、僧ではありませぬゆえ、戒律の縛りが無いのです」


 一目瞭然ではあるがアルカイオスは頭を丸めていない。そうか、とアフラは首肯した。


「ノーンハスヤ。煩わせてすまないが、案内を頼む」

「はっ」


 山を下り三人は馬に跨る。念の為公道は使わずに馬を走らせ、一行はサンの森へ向かった。



──────────



「馬は泉にいるそうです」

「では、こちらですね」


 アルカイオスの先導で三人は森を進む。


「気性の荒い馬……西の国に一角獣(モノケロース)という、一本の角を持つ大層美しい馬がいるといいますが」

「ノーンハスヤは西の国に詳しいのか?」

「文献で読んだだけです。かつては双角王(イスカンダル)という王が西を治めていたそうですが、今は各地で新たな国が興っているようで……。いつの日か行ってみたいとは思いますが、落ち着かぬことには何ともできませんな」

(西は……その地の神が戦争をさせてる国があったというが……今はどうなっているのだろう)


 取り留めのない話をしているとアルカイオスが馬を止める。


「ここからは徒歩で参りましょう。できる限り静かに」

「ああ」


 木々が鬱蒼としてくる中、開けた場所があるのが見えてきた。そこにいたのは、まさしく白銀と言って良い毛並みの美しい馬だった。その馬を捉えたアフラは目を丸くすると、茂みから駆け出す。


「──スエン!」

「お待ちください! アフラ様──」


 スエン、と呼ばれた白銀の馬はアフラの声に耳をぷるると震わせ顔を向けた。アフラが近寄ると嬉しそうに鼻先を擦り付け長い尾が揺れる。


「どうしてここに? もう会えないかと……」

「ぐわっ!!」


 穏やかではない悲鳴にアフラはそちらを振り返る。そこには短剣を投げ出したノーンハスヤがアルカイオスに押さえつけられていた。

 

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