毒蛇の溜まり場
異臭がする。そのニーシュブルの言葉に、アフラとティールの目付きが変わった。
「ニーシュブル、アルカイオス。鼻と口を覆ってくれ」
「ふえ? は、はい」
「殿下、銀製のものはお持ちですか?」
「ああ。これでいいか?」
アフラは先端の一部が欠けた銀の小匙をティールに渡す。それを見てアルカイオスも気付いた様子だった。
「もしや、毒ですか」
「可能性としてはある。地震で山が割れると毒気が噴き出すことがあるそうだが……これがそれかは、分からない。ティール、どうだ?」
ティールは振り向くと無言で小匙を掲げてみせた。その先端は、煙を上げ黒く融けきっている。
「良い点が二つと、悪い点が二つございます」
「……良い点から聞こう」
「この毒は吸い込むと害になる毒ではございません。それと、この岩は大きいものの金属は含まれていないようなので、時間さえかければ壊せるでしょう」
「よかった! じゃあ、崩しちゃえば通れるようになるんだね!」
「で、悪い点は何だ」
顔を綻ばせたニーシュブルとは対称的にアルカイオスはしかめっ面をしている。アルカイオスは経験上、ティールが妙ににこやかな時は碌でもないことが起きると学んだことがあったからだ。
「この岩の向こうに、毒の発生源がいると思われます。恐らく、大量に」
「……二つ目は?」
「この毒ですが、調合が変わると爆発します。ほぼ確実に。それと、金属を含まないので雨が降ったら岩は脆くなるでしょう」
「三つではないか!」
「ふたつって言ったじゃん!」
「水も汚染されているでしょうし」
「増やすな!」
全員から一通り非難を浴びせられるがティールは変わらず飄々としている。
「はあ……。とりあえず、ティールとニーシュブルは毒のことを伝えてくれ。それと井戸水も調べてくれるか。私達は向こうの様子を見てみよう」
「御意にございます」
「そしたら、フーシャン様に伝えて、一筆書いてもらったらどうでしょう? そしたらあたしが配ってもみんな聞いてくれますよね?」
「確かに。ニーシュブルは賢いな」
「えへへー」
アルカイオスに褒められニーシュブルは得意げに胸を張る。二人は急ぎ足で町に戻った。
「さて……危険はあるが、側面を迂回してみようか?」
「いえ、この岩なら登れます。私が見てきましょう」
「分かった。頼む」
アフラは後ろに下がり、アルカイオスは岩肌に指をかけた。そのまま表面のわずかな凹みや段差に手足を沿わせ、するすると登っていく。
(凄まじい身体能力だな……)
五分とかからずアルカイオスは頂上に達した。しかし、岩から顔を上げるや否やすぐに飛び降りた。
「アルカイオス!?」
「大丈夫です。お待ちを。……確かめることがあります」
アルカイオスは短剣を取り出すと岩の天辺に向かって投げた。短刀が岩を飛び越えようとしたその時、短刀が静止し、黒ずんだかと思うと刃から崩壊していくのが見えた。
「な……!?」
「……岩の向こうに、蛇がおりました。その数、百は超えるかと」
「うっ……!」
想像するだけで背中に怖気が走る。だが、それだけではないのは朽ちた短刀を見れば明らかだった。
「邪眼を持った蛇がおります。毒蛇よりも、邪眼の蛇をどうにかしなければ……」
「邪眼……! だが、一体どうしたものか……」
邪眼とは、魔性のものが持つ眼の一つで生物を害する力を持つもののことを言う。物に影響を与える力を持つとなると、ただ駆除するだけの備えでは足らないのは一目瞭然だ。
「ともかく、私達も一度戻ろう。できる事をしなければ」
町はより慌ただしくなっていた。水の手配や用水の確認に人々が走る中、幕舎の前にティールがいた。
「アフラ殿、アルカイオス。丁度良かった、フーシャン殿がお呼びです」
「ああ、私達も報告をしようと思っていたんだ。フーシャン……殿は今どこに?」
「中にいらっしゃいます。行きましょう」
中ではフーシャンが一人で広げた地図を見下ろしていた。水の流れに沿って情報が書き足されてる。
「アフラ様、岩の向こうの様子は分かりましたか」
「ああ……、アルカイオスが見てくれた。毒蛇が凡そ百ほど、うち一匹は邪眼を持っているようだ」
「……調べさせたところ、近傍の水源の三割は汚染されております。土砂によって潰されたのは却って幸運でしたが」
問題が更に山と積まれる。どうしたものかと頭を悩ませるフーシャンに、ティールがある提案をした。
「では、翼人族の力を借りてはいかがでしょう」




