ヤナドの助け
「──……報告は以上となります」
「正直なところ、ここまでの被害は初めてです。記録も埋もれてしまったため正確なことは申せませんが、過去五十年ほどはこのような規模のものは無かったと記憶しております」
「この町では特に注意を払って土砂対策をしておりました。まさか一晩でこのようなことになるとは……」
「うむ、分かっておる。お前達の見回りや方針が間違っていたとはわしも思っておらん。お前達、そして倅のした仕事には全て目を通しておる」
山脈が国境であり山間に関所を構える以上、土砂崩れへの対策は当然のものである。備えが無いはずはなく、そもそもそれ以前の問題であることは見て分かる通りだ。
「近隣で怪しい者を見かけはしたか? あのような巨岩、魔のものの仕業としか思えん」
「検閲ができなかったのはグラシャの王族だけだが……いや、そもそも、ここから離れたとは考えにくい。放火犯は現地に戻るというではないか」
全員の視線がアフラ達に向いた。そんな中、ティールはたじろぐことも無く口角を上げている。
「おや、我々が怪しまれているようですな」
「呑気な事を言ってる場合か、ティール」
「ですが、サルド殿の申す通りであることも事実であります。我々も只の旅人だと押し通すには限度がありましょう」
「私を知っているのか!?」
「勿論です。門番長サルド、この町随一の武人であり関所の守護者。しかし武功の陰に隠れておりますが、貴方の真髄は防衛陣地の構築と配備に顕れている。違いますかな?」
「過ぎた評価だ。しかし、賛辞は受け取ろう。だがお前達は──」
「……。仕方ない。お前達、これは他言無用だ。アフラ殿、顔を見せられよ」
「フーシャン様!?」
場が一斉にどよめく。しかしアフラがフーシャンに視線を向けると迷うことなく頷いたのを見て、それを信じフードを脱いだ。
「彼は王宮で宝物殿の管理をしておった。同じ名だが、殿下ではない」
「なっ……お、王宮の……!?」
「お騒がせし申し訳ありません。私の名は、王弟殿下が御目見になったのと同じ年に生まれたが故に付けられました。歳の頃と顔立ちが似通っていることから父王陛下に取り立てていただき、今に至ります」
宝物殿の管理をしていた、王弟アフラの部下──そういうことに、今、なった。
「しかし、それなら何故ここに?」
「詳しくは申せませんが、西の国におられるある方のもとへ、王弟殿下の名代として向かっております。道中土砂災害が起きていたのを目にし、お役に立てることがあればと参じた次第です」
「殿下の侍従から文も届いていた。彼の言に偽りが無いことは確かだ」
フーシャンの言葉にサルドや他の政務官もとりあえずは頷く。
王族と同じ名前を付けられるのは貴族や関係者に限れば特段に珍しい事でもない。しかしその名を持つ者が名代として指名されているということは、極めて重要な意味を持つ。
(これで殿下に表立って懐疑を示すものはいなくなるだろう。流石は先々代から王に仕えた老将軍、この程度ならそつ無くこなすか)
「それではこれから、如何致しましょうか?」
「ふむ、ひとまず瓦礫の除去と用水の整備からだな。サルド、現場指揮を任せる。文官、政務官は引き続き被害状況の確認と負傷者の救護に回れ」
「承知しました」
「アフラ殿、貴方達にはあの巨岩をどうにかする算段を立ててもらいます。封鎖の兵士を交代させるのでお待ちを」
ぞろぞろと幕舎から人が出て行き、後には四人とフーシャンが残される。
「まったく…………」
「ありがとう、フーシャン。助かったよ」
「いえ。ヤナドの策が功を奏したまでです」
「ヤナド? 本当に手紙を受け取ったのか?」
「はい。王城での出来事もそれで知りました。……聞きたいことは多くありますが、今はこの町を復興させるのが先です」
「ああ……」
「ところで、その者達も名乗れない事情があるとは言いますまいな?」
「う、うむ。大丈夫だ」
「では、私から。ティールと申します。こちらの黒衣の騎士はアルカイオス、少女はニーシュブルと申します」
「名乗らずの非礼をお許しください。私はアルカイオス。アフラ様の伴をさせていただいております」
「に、ニーシュブルといいます。えっと……あたしも、アフラ様のお役に立ちたくてご一緒させていただいてます!」
ふむ、とフーシャンは三人を一瞥する。
「ティールといったな。お主の父はアステルのメルク卿ではないか?」
「ええ、仰る通りです。私も兄もかつては王城でお仕えしておりましたが、兄が父の跡を継ぐことになったため私は暇をいただきました」
「ふん。アルカイオスといったな、お主はこの国の者では無いな?」
「はい。私は西の国から来ました。以前はシャルダーム山で世話になっておりましたが、アフラ様より受けた御恩をお返しすべくお仕えしております」
「西だと? お主、どこの──」
「失礼します。フーシャン様、お呼びでしょうか」
フーシャンがやや眦を強めたのと同時に幕舎の外から声がかけられる。フーシャンは目を逸らすと入るよう返事を返した。
「あの巨岩についてと聞いております」
「ああ。動きはあったか」
「何も。依然としてあのままです。あの大きさを動かすのは人の力ではどうにもならないのではないかと……」
「だが、川が潰され相当の水が滞っておる。用水を引くだけでもしなければならん」
「……では、一先ずは水を引くことから進めます。現場を見せて頂けますか?」
「は、はい」
「アフラ殿、そこなティールという男からはくれぐれも目を離されませぬよう。この状況で好きにされたらたまったものではありませぬ」
「分かりました」
幕舎を出ると、三人の視線が揃ってティールに向けられる。しかし当の本人は事も無げに笑っていた。
「流石に知られていましたか」
「ティール……お主、何をしたんだ?」
「いえ、国境調査の際に世話になりまして」
「アフラ様。国境調査というのは偽りではありませんが、こやつはそれを良いことに隣国の領地に入り込んで地図を作っていたのです」
「……は?」
「え、それって……やっちゃダメなことなの?」
アフラの表情にただならぬことであると察したニーシュブルだが、それが何故良くないのかは分かっていなかった。
「……ニーシュブル、地図というのはどの国でも最も重要なものなのだ。どこに川があって、どこに人が住んでいるかが分かれば……川の上流を堰き止めて水を飲めないようにすることも、畑だけを狙って火をつけることもできる」
「ええ!? そ、それって……とんでもないことじゃ……!」
「そうだ。ティール、お主、よく生きていたな……!?」
「いえ、先方と話をさせていただきまして。上手く双方の落とし所をつけられたのでこうして首が繋がっているのです」
からからとティールは笑っているが笑い事ではない。ティールがこの国境調査に就いたのは王城で占星術師として働いていた頃で、占星術はその結果によって国の方針を左右する程の影響力を持つ。そんな力を持つ人間が他国の領地で地図を作っていたなどと、戦争準備を目と鼻の先で行っているようなものだ。
「国の境には双方が手をつけられていない資源が多くあったのです。それを明らかにできれば互いに大きな利益になる、単純な事ですよ」
「そういう問題か……!?」
「……まあ実際、その益があったからこそティールの首は繋がっているようです。私は王城でこやつがどう審問されたかは知りませんが、相当紛糾したとは聞いております」
「だろうな……」
いつの国境調査かと聞けば一昨年だと言われ、アフラは自分の記憶を辿ると妙にセリオンが愉しそうにしていた頃と重なる。あれか、とアフラは小さく溜息をついた。
「着きましたよ。ここです」
「……巨きいな」
「私達はここで見張りをしております。どうかお気をつけて」
間近で見るとやはり圧倒され、アフラは気が遠くなる感覚さえした。兵士二人に礼を言い、四人は巨岩に近付いていく。するとニーシュブルが鼻をひくつかせると、その顔を強く顰めた。
「……?」
「ニーシュブル、どうした」
「……なんか……変なにおいが、します」




