国境の町
メサを出発した四人は公道を進んでいた。途中までは何も起きなかったものの、国境に近付くにつれて何やら奇妙な予感がするのを感じ取る。
「何だろうか……妙な感覚がする」
「確かに……以前とは空気が異なりますな」
アフラとアルカイオスが話していると向こうから商隊が来ているのが遠目に見えた。
「ちょっと聞いてきますね!」
「俺も行こう。殿下はここでお待ちください」
ニーシュブルの後を追いティールも聞き込みに向かう。程なくして二人は戻ってきたが、その表情は明るくない。
「どうだった?」
「最近、魔物? が増えてるみたいです。商隊のおじさん達も魔物に遭遇したって言ってました」
「魔物が? 珍しいな」
「あの……魔物って、本当にいるんですか?」
ニーシュブルが不安そうに三人を見上げる。ニーシュブルにとって、魔物は御伽噺の存在以上のものではなかったからだ。
「ああ、国から出たことがなければまず会わないか」
「確かに、この国内では魔物を殆ど見ませんでしたね」
「シャルダーム山……ハサン教の本山を起点に、国境に結界が張られているんだ。だからマハ国には魔物が入ってこないんだよ」
「力の弱い魔物はたまに入ってくるが、強いものはまず通さないからな。見た事が無くても無理はない」
「強い魔物が入ってこないんですか?」
「色々とその辺りの仕組みは複雑だと聞いたことがあるな。だが、弱い魔物ならアルカイオスで一捻りだろう」
「お前も戦え」
そんなことを話しながら進んでいると徐々に山が見えてくる。四人が向かっているのは、西の国境であるザグロス山脈だ。
「……妙ですな」
「何か聞こえたのか?」
「いえ。以前この辺りを通った時よりも地面が乾いております」
「雨季はまだ先だからじゃない?」
「だとしても、時々は降るはず。それなのに何故ここまで乾いている……?」
ティールがサンダルを脱ぐと三人は身構えたがティールはただ履物を脱いだだけだった。素足でじっと立つと、やがて頷く。
「水が引いております。恐らくは、川に何かがあったかと」
「この辺りで大きな河川というと……ザルド川か」
「恐らくは。急ぎましょう、殿下」
山脈から流れるザルド川はマハ国でも有数の澄んだ河川であり、周辺の村や街の重要な生活用水だ。ここザルド地方では農業が盛んで、麦や米などの大規模農地の他、清らかな水を使った酒造も行われている。そんなザルド川に何かがあれば一大事だ。
関所の町を目指し、一行は馬を走らせる。しかし町に着くよりも前に、四人はザルドに起きた異変を目にした。
「な……何あれ!?」
「土砂崩れだ……! いや、だが、その上の大岩はなんだ!?」
流石のティールもこれには驚愕する。渓谷にある関所の町、そこが岩石で埋まり、とどめに巨大な岩が鎮座しているのが離れていても見えた。
「急ごう。何をするにしても、時間をかけてはいけない」
「はっ!」
近付くにつれ町の惨状がより鮮明に見えてくる。峡谷の入口は完全に押し潰され、土砂に追い出された人々がどうにか外に逃げ延びていた。
「家が、俺の家があ……!!」
「離して! まだ娘がいるの!!」
「落ち着け! また崩れるかもしれないんだぞ!?」
「おにいちゃーん!!」
あちこちで悲鳴と泣き声、怒声が聞こえてくる。関所の衛兵が指示を出しているが、混乱する人々の耳にはほとんど届いていない。
「お前達! ここで何をしている? 見て分かるだろうが、今は通行許可を出している場合では無いのだ!」
どうしたものかと考えあぐねていると、立ちすくむ四人に気付いた老人が詰め寄ってくる。彼もまた所々に怪我を負っているが、背中は丸まっておらず指示を出す腕はぴんと伸びていた。
「──お主、フーシャンか!」
「ん? 何故私の名を……」
「私だ、フーシャン。忘れてはいないだろう?」
アフラがフードを外しその顔を見せると、フーシャンと呼ばれた老人はわなわなと震え出した。
「な……あ、貴方様が、何故ここに……!」
「王都であったことを聞いているのだな。だが、それは後にして欲しい。この災害をどうにかするのが先だろう」
「……は。誠に、その通りでございます」
アフラはフードを被り直し、改めてフーシャンに向き直る。フーシャンはシャフリーズ三世の先代の頃から王家に仕える老将軍だった人物だ。アフラの記憶にある姿より痩せてはいたが、その眼光の鋭さや機敏な動きは衰え知らずといったところだろう。キリクとの国境戦において負傷し、それを機に息子に将兵としての任を預け領地に戻ったとアフラは聞いている。
「これは……いつ起きたのだ?」
「つい昨晩のことです。関所が最初に潰れ、次いで居住区が土砂に呑まれました。夜中だったのもあり……壊滅的な被害が出ております」
「そうか……」
「フーシャン様! 幕舎の準備ができました!」
「うむ、分かった。殿下、ところでその者らは……」
「私の伴をしてくれている者達だ。系統は違えど、それぞれ秀でたものを持っている。力になれるはずだ」
「分かりました。どうぞ、こちらへ」
幕舎では中でも外でも目まぐるしく役人や兵士が動いているが、フーシャンを見ると皆自然と道を開ける。アフラ達に訝しげな視線を向ける者は少なく、それだけフーシャンがこの町で信頼されているということだろう。
「──では、まず、各区画の状況を報告せよ」




