貴子の激突
「…………」
本堂で瞑想をしていたイザナが顔を上げる。シャルダーム山に張られた結界が揺れていた。
「イザナ僧正!」
「分かっている。私が話す」
正門に向かうと武装した僧兵達が並んでいる。正門を開けるとそこに立ち、近付いてくる足音をじっと待った。
「よお……。久しぶりだな、クソ坊主」
「相変わらずの蛮骨だな。何の用だ、セリオン」
その一言を交わしただけで重い殺気と覇気が波及する。セリオンの連れた兵士だけでなくシャルダームの僧兵にも体勢を崩す者がいるが、二人がそれを気に留める様子は無い。
「結界を突破する魔物が増えている。調律はどうなってんだ」
「それは既に着手している。キリクから精霊の干渉があったからだ」
「『サッバーフ』を導師と崇める一派が動いてるって話だが」
「……!」
「一撃で葬る暗殺術を使い、王都の神官や貴族を殺しやがってな。どう始末をつけるつもりだ?」
「それだけの為にわざわざ来たのか」
「感謝しろよ。ハサン教の開祖サッバーフの謀だと知れたらどうなるか、お前には分かるだろう? イザナ僧正」
イザナの顬がひくつくとセリオンは至極愉しそうに笑った。しかしその左手が剣に伸びると僧兵が一斉に鎧を鳴らす。
「さて。後は、アフラを匿った罪を精算して貰わねえとな」
「罪。罪か。悲しいことだ。この国の王が、死なずを罪とするような愚王だとは」
「死んだ方がいいんだよ。これは情けだ」
「……『金剛杵』」
イザナの手に、柄の上下に槍状の刃が一本ずつ付いている武器が現れる。セリオンが斬り掛かると、刃から雷が伸び長大な槍をイザナが構えた。
「かかれ!」
兵士と僧兵も後に続いて衝突する。門を抜けられ、寺院の玄関口は戦場と化した。
セリオンとイザナ、二人の戦いは人のそれでは無かった。金剛杵をセリオンは容易く弾き、イザナの袈裟を裂く。剣戟の狭間、火花が煥々と散り、そして遂にセリオンの双曲刀が炎を纏った。
「鈍ったな。火が点くのが遅い」
「ほざけ。お前らこそ戒律はどうした! 開祖が嘆くぜ!」
「武を以て踏み入ったお前達は敵だ。我々は教えを守るのみ」
「教えか! 何も変わってねえクセによくそんな口を利けるな!」
「変わっていないのはお前だセリオン。精霊を呑み込み自我を塗り潰すその傲慢、獣と何も変わらない。いや……お前が、精霊に冒されたのか?」
「──黙れ!!」
セリオンの頭髪が真赤に染まると、イザナは呪符を撒き雷を放って発動させる。それはセリオンを拘束する光の縄となり、胴を縛ったがセリオンはそれを引きちぎった。
「ガルガン殿! ガルガン殿でござるな!」
「お前は……森にいたやつか!」
「ノーンハスヤにござる! ガルガン殿、どうかセリオン陛下をお止めくだされ!」
「そいつは無理だな!」
混戦の中、セリオンと共に来ていたガルガンに叫んだのはノーンハスヤだ。ガルガンは剣の腹でノーンハスヤを薙ぎ払うが、ノーンハスヤはそれを受け流し腰を落とす。
「ほう、流石ハサン教団の武僧。徒手で大剣に立ち向かうか」
「ガルガン殿、貴方ならばお分かりになっているはずだ! このままあのお二人が戦えばどちらかが死ぬ!」
「分かっちゃいるが、俺にはどうにもできんっ……よ!」
掌底をまともに喰らい、ガルガンは息を詰めたがノーンハスヤを蹴り飛ばし追撃を避けた。
「かっ……! 何故です、主を諌めるのも臣下の役目ではないのか!」
「そういうことではない。誰にも……ただの言葉じゃ、あのお二人は止まらん。止めようと思っても、自分で止めることすらできないのだからな」
「……!?」
「お二人を止めることができるのは──アフラ殿下、だけだ」
ガルガンが大剣を振り抜こうとしたその時、突如として衝撃波が横薙ぎに兵士と僧兵を吹き飛ばし、二人もそれに巻き込まれた。
「何だ!?」
衝撃波の中心にはイザナとセリオンがいた。どちらかの仕業であるのは疑いようがないが、何が起きたのかすらガルガンにも分からない。
「……『界震』」
静かに、しかしはっきりとイザナがそれを口にするとセリオンの足下が光り、次の瞬間極大の雷が落ちた。セリオンはそれを軽々と避けるが、その度に衝撃の波が兵士達を襲い壁や地面に叩きつける。
今や二人によってそれぞれの連れてきた兵力は壊滅しており、息のある者達はこの暴禍が過ぎ去るのを祈ることしかできなかった。
「どうした! 掠りもしねえぞ!」
「……黙れ」
「終わらせてやるよ。てめぇが居なくてもどうにでもできる」
セリオンの左腕から赤黒い魔力のようなものが噴き出す。それは酷く歪で禍々しく、この世のものとは思えない圧を放っていた。
「……起きろ。『闇の』──」
噴き出したそれが生きるものの魂をなぞる。怖気に視界が色を失い、常人の意識を暗転させる。だがその時、閃光のような一喝が響いた。
『や め ん か ! ! ! !』
「っぐ!?」
眉間を殴られたような衝撃にセリオンは思わず後退する。その隙を逃さずイザナが呪符を展開し手印を組むとセリオンと兵士達を黒い影が包み込み、一瞬の後に境内から消し去った。
「大僧正……様が……」
「た……助かった……」
「…………っ」
「イザナ様……!」
ノーンハスヤが立ち上がると寺院から戦々恐々と見守っていた僧侶達が駆け寄る。イザナは肩から脇腹にかけて炎の刃で袈裟斬りにされており、火傷と切り傷が癒着したものが動いたことにより裂傷を作っていた。
「すぐに治療を!」
「構わない……私は、後に回せ……」
「僧正様、何を仰っているのですか!?」
「いい。自力でどうにもならぬものを先にせよ……!」
イザナの黒々とした眼で睨みつけられ僧侶はびくりと肩を揺らす。
「言う通りにせよ。怪我人は少なくない」
「は、はい……」
ノーンハスヤは僧侶を促すと、イザナに他の者が近寄らないようその前に立つ。
「ぐ……ぅ……」
「イザナ様、落ち着かれましたら寝所に……」
「ああ……」
イザナが手を当てている傷はゆっくりと塞がりかけている。荒い息を吐き、立とうとしたイザナをノーンハスヤが支えた。
「歩けますか」
「ああ。左手の感覚が無いが……先に、胴から治す」
「あれだけの雷霆を操られたのです。ご無理はなさいませんよう」
「分かっている。…………セリオンの奴……精霊を解放しようとしていたな…………」
「イザナ様?」
「いいや。肩を借りるぞ」
「はい。勿論にございます」
嵐が去った有様の境内をイザナは遠い目で眺めていたが、やがて緩慢にその一歩を進めた。
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ぬるい水をかけられた感触に、ガルガンは目を覚ました。
「起きろ」
「陛……下」
上体を起こすと、先に目覚めた兵士が他の者を介抱しているのが見えた。セリオンは仏頂面で水の入っていた布袋を投げ捨てると立ち上がる。
「陛下、ここは……」
「恐らくシャルダームとサンの森の間だ。何人かに馬を迎えに行かせている」
荒涼とした景色の向こうには確かにシャルダーム山が見えている。
「……あいつはやれるだけのことをやった。もういいだろうに」
「陛下?」
「いや。ガルガン、お前はこいつらを纏めたら戻ってこい。俺は先に行く」
セリオンが指笛を鳴らすとセリオンの赤馬が駆けてきた。それに跨ると、セリオンは王都に戻って行く。
「ガルガン様! 陛下は……」
「先に王都に戻られた。マルトは何よりも速いゆえな。我々は無理をせず行こう」
「承知しました」
ガルガンが辺りを見回すと、南の空に暗雲が広がっているのが見える。
(何も起こらぬと良いが……)
その暗雲は、無性に不安を煽るものだった。




