祝宴
「それでは、我らが大いなる王、セリオン新陛下の戴冠を祝して! 乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
乾杯の挨拶と共に宴が始まる。領守の館にメサに住む貴族や有力者が集まり、戴冠を祝う盛大な祝宴が開かれた。
「アフラ殿下! この度は誠におめでとうございます!」
「ありがとう。王都から離れた地ではあるが、兄様のため、これからも励んでほしい」
「はっ! 誠心誠意努めて参ります!」
第三王子が逗留していると聞きつけ、常よりも多くの者がこの祝宴に参加していた。入れ替わり立ち替わり招待客が祝辞を述べに来るのをアフラは嫌な顔ひとつせずに応対する。
「殿下、よろしいでしょうか」
「スファル、どうした?」
「殿下に客人が。別室でお待ちいただいております」
「分かった」
「食事を持って行かせます。私が行けず申し訳ありませんが、どうかよろしくお伝えください」
スファルの気遣いにアフラは無言で頷き席を立つ。宴が始まってからまともに食べられていないのはスファルも同じだろうが、その気持ちが有難かった。
「……!」
案内された部屋に近付くと、アフラはその気配に気付いた。アフラは扉の前で侍女を帰すと、扉を叩き中に入る。
「土の御方! まさかお越しいただいたとは」
『よい、待たせたことは不問にしよう。ああも長々と人間の相手をしなければならんとは窮屈なものだな』
「それが職務でございますので。それにしても、人の姿になられているとは思いませんでした」
『以前も人間に気取られぬよう、こうしていたことがあったのを思い出したのでな。せいぜい饗して貰うとしよう』
「勿論です。やはり、肉でございましょうか」
土の御方は長い茶髪を垂らし、いくつもの石の首飾りを付けた壮年男性の姿をしていた。やはり相当な神性だったのだな、とアフラは気を引き締める。
料理が運ばれ、一通り食べて満足すると土の御方は徐に手に魔力を集めた。
「何か……?」
『ふむ。おぬしに一つ、術を授けよう』
「術を……!?」
『おぬし達が魔法と呼ぶものだ。近頃精霊の騒めきが広がりつつある。おぬしがあちらのものに敗れるなど、我らの威信に関わるのでな』
土の御方が指を絨毯に着けると、地響きのような魔力が辺り一帯を揺るがした。しかし不思議なことに物理的な揺れや脅威に対する怯えなどが一切感じられず、むしろ何かに「守られている」感覚すらある。
「今のは……」
『地場の支配だ。おのれの領域を示し、侵略者の力を妨げるもの。あちらのものと爪を交えるならば、使えるようになれ』
「あの、あちらのもの、というのは」
『久方の饗はよいものであった。励むがよい』
そう言うとアフラの質問を無視して土の御方は姿を消した。完全に土の御方が屋敷から消えたのを感じ取り、アフラは溜息をつく。そこに、扉を強く叩く音がした。
「──アフラ様! 失礼します!」
「アルカイオス。先程のは……」
「だから大丈夫だと言っただろう。殿下、申し訳ありません」
二人も先程の魔法を感じ取ったのだろう。アルカイオスは大きく安堵の息を吐き、ティールはそんなアルカイオスにやれやれと首を振った。
「御無礼を致し申し訳ございません。あのような魔力を感じ取り、思わず……」
「いきなりだったからな、無理もないよ。宴は? 混乱は起きていないか?」
「数名、驚いた方が居られましたが騒ぎにはなっておりません。いかが致しましょうか」
「そうだな。気にしている様子の者がいたら、この地の神が力を取り戻しつつあるからだ、と伝えておいてくれ」
「は。承知しました」
無意識に体を強ばらせていたらしく、凝り固まった背を伸ばす。解決したことは多い筈なのだが、何故か分からないことが次々と芽を出していた。
──────────
「まったく、神という存在はよく分からないものだ」
「お前、元は王宮務めだろうにそんな事を言っていいのか」
「俺は口の利けるものなら恐れないぞ。そうだ、土の御方で思い出した」
「何をだ?」
シラが失脚してすぐにアフラとスファルからちゃんとした睡眠を取れと迫られ、アルカイオスはそれ以降アフラの隣の部屋で寝起きしている。程々の時間で宴はお開きとなり、アルカイオスとティールはアルカイオスの部屋で呑み直していた。
「土の御方が、アフラ殿下のことを『天嶺の第三子』と言っていたのだ。精霊の間では我が国の王子三兄弟は結構有名らしい。お前が精霊やそういう存在と話す機会は無いかもしれんが──アルカイオス?」
しかしそこで、同じように酒を飲んでいたアルカイオスの様子が変わった。
「天……嶺…………!?」
アルカイオスは片手で顔を覆った。異変を悟りティールは杯をテーブルに置く。
「天嶺と言うのは……お前達は、あの山をそう呼ぶのか」
「サガルマータ山のことか? 広く使われる呼び名ではないが、そう呼ぶ人もいるだろう。どうした、アルカイオス。お前がそうなるなど見たことが無いぞ」
アルカイオスは琥珀の瞳を大きく見開くときつく閉じ、やがて意を決したように口を開いた。
「……天嶺の、という言葉は。俺の国では、神のことを指す」
「は……」
ティールはアルカイオスの胸ぐらを掴んだ。力ではアルカイオスに適うはずも無いが、渾身の力を込め、納得のいくまで離さないつもりだった。
「アルカイオス、お前は何故旅をしていた。何故この国に辿り着いた! 殿下に害を成すなら……俺はマハ国の民として、かつて王宮に仕えた者としてお前を斬るぞ!」
「分かっている! 俺も、俺がお前だったら同じことをする!」
「っ……」
ティールは掴む力を緩めたが、アルカイオスはティールの手を外そうとはしなかった。
「……。俺は。
俺の国の、神になって頂ける方を探している」




