前夜祭
戴冠式の前日。この日行われる前夜祭に、屋敷にいても街の人々の浮き立つ気持ちが伝わってくるようだ。アルカイオスも剣を部屋に置いており、徐々に暗くなっていく中灯る篝火を眺めている。
「ティール殿は何をするつもりなのでしょう……」
「私だと分からなければ良いと言っていたが」
そんな楽しげな空気が伝う中、領主となったスファルは眉根を寄せていた。
前夜祭に行きたい、とアフラがスファルに言った時、スファルは難しい顔をした。口にはしないものの、できれば屋敷に居て欲しいのが本音なのだろう。スファルの立場から考えてみればつい先日、自国の王子を不本意に危険に晒してしまった以上、これ以上危険を伴う行動はさせたくないと思うのは当然である。
「護衛は心配要らない……と言っても、スファル殿の懸念が拭えないのは分かります」
「うむ。許可出来ないと思ったら遠慮なく言ってくれ。お主を困らせたいのではないからな」
「はっ……ご深切、感謝致します」
「ご主人様、ティール殿がいらっしゃいました」
「ここに通してくれ」
程なくしてティールとニーシュブルが入ってくる。ティールは手ぶらだが、ニーシュブルは小さな包みを持っていた。
「ティール殿、どうされるというのですか?」
「まあ、まあ。スファル殿のお気持ちは分かりますが、ものはやりようですよ。侍女を数名お借りしても?」
「構いませんが」
スファルが手を叩くと三人の侍女が現れる。
「殿下の体格に合う女性の召し物を見繕ってもらえるかな。選んだらこちらのニーシュブルに渡してくれ」
「は……はい? 女性の……ですか?」
「ティール殿! 殿下を辱めるおつもりか!」
「まさか。誓って申し上げるが、そのような意図は毛頭ござらん。これが最も効果的な方法なのですよ。貴き身分の方が市井を自由に歩ける時などほとんど無いのです、尽力するのが臣というものでは?」
「く……」
「アルカイオス様、喧嘩になりそうだったら止めてくださいね。アフラ様、こちらに!」
「あ、ああ」
険悪な雰囲気だったが、アルカイオスなら止められるだろう、とアフラは衣裳室に大人しく連れて行かれる。
「アフラ殿下の上背ですと、ここらでしょうか……」
「ふんふん。お姉様方、アフラ様の印象は明るい色だと思うんですけども、どうですか?」
「そうねぇ、確かに」
「白地に金の装飾の印象ですわね、言われてみれば」
「……」
少し離れているとはいえ、目の前で自分について論じられるのは居心地が悪い。徐々に熱が入ってくる衣裳選びの中、アフラはなるべく気配を消した。
「──殿下! お待たせして申し訳ございません!」
「ひえっ」
「私どもの出した最適解はこちらになります!」
最初、侍女達はどう見ても面倒さと畏怖があったのだが、今は嬉々としてアフラをプロデュースしようとしていた。選ばれたのは夜空のような深い青色の衣裳で、所々に銀色の糸が織り込まれており光に当てるときらりと瞬く。
「いかがでしょう?」
「ああ、うん……良いと、思う」
「ではお召しになってください! お手伝いいたしますわ!」
「い、いい! 自分で着る!」
男ではないと露顕する事への恐れではなく、もっと別の怖さを感じ取りアフラは断固として手伝いを拒否した。どうにか衣裳室から出てもらい、アフラは青い衣に袖を通す。
「……着たぞ」
「はい! 失礼しますね!」
「ぴったりですわね! そうしたら次は御髪とお顔を……」
「あ、すみません。お化粧なんですけど、これを使ってもらっていいですか?」
ニーシュブルが包みから取り出したのは化粧品だった。侍女が持ってきたものよりは小ぶりだが、内容としては十分といえる。
「お屋敷のお化粧道具だと華やかになりすぎるから、とティール様が言ってました」
「あらあら。では、こちらを使わせていただきますね」
「程々で、程々で頼む!」
「うふふ、きっと皆様驚かれますわよ〜!」
一方、残された男三人は険悪ではないものの重い空気が漂っていた。アルカイオスは仲裁の必要が無くなったことには安堵したが、それはそれとしてこの空気は耐え難い。
「お待たせしました!」
そこに、軽い足音と共にニーシュブルが扉を開いた。続いて入ってきた人物にアルカイオスだけでなくティールとスファルも驚きを露わにする。
「は……」
「……殿下、で、あらせられる……?」
「そうですよー! すっごくお綺麗でしょ!」
アフラの黒髪は三つ編みに編まれ、小さい花飾りが散りばめるように差されている。化粧は薄づきだがその肌はよりきめ細かくなり、唇は桃色に潤んでいた。
「これならアフラ様だって気付かれないと思いますよ!」
「そうだな。いかがですかな? スファル殿」
「む……確かに……。ですが……」
「ここまですれば私と気付きようもないだろう。女性は大変だな……」
当のアフラは窶れている。スファルは少し思案したが、やがて頷いた。
「分かりました。くれぐれもお気をつけてくださいね」
「ありがとう、スファル」
「いえ。楽しんで頂けるのならそれ以上のことはございません」
スファルは人の好い微笑みを浮かべるとアルカイオスに一礼した。それに頷き、アルカイオスはティールに目配せする。
「気を抜くなよ」
「分かっているさ」
「アフラ様、それでは参りましょうか」
「うむ!」
気づけば太陽は沈み、灯篭が星のように街を照らしていた。
「わあ……! すっごい楽しそうですね! どこから行きます?」
「そうだな。まずは食べ物の露店から行こう」
「お供します!」
目に入った出店に片端から吸い寄せられる二人をアルカイオスが追いかけティールがそれに続く。串焼きや果物飴、小麦を練ったものを丸めて色々と味付けしたものなど、王宮では出ることのなかったものばかりだ。
「お嬢さん方、美味しそうに食べるねえ! 観光かい?」
「ん。そうだ」
「お嬢様のご親戚の方が呼んでくださったんです!」
「いいねえ。こいつはオマケだよ、楽しんでってね!」
「ありがとう!」
果物の盛り合わせに葡萄が追加で盛られる。食べ物の出店が続く地帯を抜けると、土産物や雑貨を売る露店が集まっていた。
「さあさあ、セリオン新陛下の姿絵だよ! 今しか見られない戴冠式の御姿だ!」
「シュラ王妃のお使いになられた紅や香水を揃えたよ!」
「……いやはや、王族の人気は凄まじいものですな」
「嬉しいことだが、皆逞しいな……」
妙に女性客が多いと感じていたが、セリオンやその妻であるシュラにまつわる売り物と分かれば納得である。人混みを避けつつ露店を見ていると、ニーシュブルがふと足を止めた。
「ニーシュブル?」
「えっ……セリオン様って……」
「どうした? 気になるものでも──」
「カッコよすぎませんか!?」
ニーシュブルが指さしたのは姿絵を売る露店に大きく飾られたセリオンの一枚絵だった。
「ちょっと待って!? めちゃくちゃ美形じゃないですか!?」
「お、落ち着け、ニーシュブル」
「アフラ様は何ともないんですか!? あんなにカッコいい人見たことないですよ!?」
「う、うん。そうだな」
ニーシュブルは興奮しているのかまあまあな声量で叫んだが、周りの女性達も似たようなものなので気に留める者はいない。
「惹かれたなら姿絵でも買ったらどうだ?」
「えっ……ダメです、あたしがダメになっちゃうので……」
そう言いながらもニーシュブルの目は露店に向いている。その時、その姿絵売りの一角がやや空いていることにティールは気付いた。
「こっちは?」
「ああ、それは砂で描いた姿絵だよ。きらきらして綺麗だろう?」
「これは額か? 大分頑丈そうだな」
「西の……ええと何だったかな、ロケット? 職人が、絵を入れておける首飾りから着想を得てね。値は張るけど持ち歩くのにぴったりだよ」
「ほう。ニーシュブル、これはどうだ? 皺にならずに持って行けるぞ」
手のひら程の大きさの、開閉式の額縁に入ったそれをティールはニーシュブルに見せる。
「きれい……おじさん、これっておいくらなんです?」
「銀貨五枚だよ」
「銀貨五枚!?」
「これにはワケがあってね……」
銀貨五枚は一週間食事に困らないくらいの値段だ。ニーシュブルの叫びにアフラも姿絵を覗き込む。そこに描かれたセリオンの目に、アフラはあることに気が付いた。
「これ、瞳の色に宝石を使っているのか?」
「宝石!?」
「おお、ご名答! お嬢さん、見る目がありますな! このセリオン新陛下の目には、特別に紅玉を砕いて使ってるんだよ。だから値が張るのも仕方ないのさ」
「成程……道理でここは空いているわけだ」
女性客の群れから離れて一息つけたアルカイオスも姿絵を覗く。
「どうする? 買うかい?」
「えっと……うぅ……」
ニーシュブルは硬貨の入った袋を探ったが芳しくなかった様子だ。その様子に、アフラに悪戯心と小さな復讐心が芽生える。
「よし、その右から二番目の、一番瞳の鮮やかな絵を貰おう!」
「へっ!? アフ……お嬢様!?」
「お嬢さん、やっぱり良い目をしてるねえ! こいつは銅貨十枚が追加になるが、特別にまけておくよ」
「ありがとう。はい、ニーシュブル」
「ちょっ、ちょっ!? いただけませんって!」
「今日のために化粧品を見繕ってくれただろう? そのお礼だよ」
アフラはにまりと口端を上げる。ニーシュブルは口をはくはくと開いたり閉じたりしていたが、やがて大事そうに懐にしまった。
「一方的に衣裳選びしたりお化粧したの、怒ってます……?」
「いや? でも、少し仕返しくらいはしようかなと思った」
「う。一生大切にします……!」
やけ気味になりながらも嬉しさが隠せないニーシュブルに、三人も笑みが溢れた。




