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死なずの国  作者: 群星
第一章、旅立ち
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「アフラさまーー!」

「っと!」

「ごぶじっ……ご無事でよかったですぅぅ……!」


 ニーシュブルが運ばれた診療所に向かうと、角を曲がったのとほぼ同時に小さな体がアフラに突進の如くしがみついて来た。


「ニーシュブル、病み上がりなのだからそんなに走ってはいけないよ」

「アフラ様こそ! あの後、大丈夫でしたか!?」

「アルカイオスが倒してくれたから大丈夫だったよ。ほら、泣くのはおやめ」


 大きな黒い瞳からぼろぼろと溢れる涙を拭いてやって、四人は診療所に入る。


「メイス殿」

「ティールか。あの娘には手を焼かされたぞ。殿下を守れなかったとか連れて行ってもらえないかもしれないとか、とにかく落ち着きが無い」

「まあまあ。心根が優しい子なのですよ」

「ふん。あれでは婿探しに苦労するぞ」


 診療所の主は偏屈な外見に違わずぶつぶつと文句を言っている。しかし、アフラの姿を見ると流石に居住まいを正した。


「まさか。アフラ殿下……ですかな……?」

「ああ。ニーシュブルを治療してくれてありがとう」

「医師として当然の務めにございます。まさかこんな辺鄙な診療所にお越しいただくとは思いもしませんでした」

「してもらったことに礼を言うのは当たり前だろう? 今回は私用でこの街にいたんだ、そんなに畏まらないでいい」


 ニーシュブルの状態を聞くと、メイスは動揺しながらも診療録を出して見せた。旅に出ることをニーシュブルから聞いていたようで、一通り話した後に、無理な運動は禁物だが普通に歩く分には問題ないと締める。


「もう全然元気なのにー」

「お前は腹を斬られたんだぞ。また腹が裂けたいなら好きにしろ」

「そんなわけあるわけないじゃん!」


 ぷりぷりと拗ねるニーシュブルを無視してメイスは薬を調合しに診療所の奥に入った。アフラは決心すると、ニーシュブルに向き合う。


「ニーシュブル……私達の旅には、危険が伴う。また、私達を襲う者が現れるだろう」

「アフラ様……?」

「生きて帰れるかも分からない。だから、やめたいと思うなら──」

「嫌です!!!!」


 ニーシュブルが顔を真っ赤にして叫んだ。慣れていないのか肩で息をすると、アフラを見上げた瞳には大粒の涙が溜まっている。


「あ、あたし、たしかに戦えませんけど、でも、体力はありますし、勉強もしました! アフラ様のおやくに立ちたいんです! ついて、行きたいです……!!」

「ニーシュブル……」

「あたし、まだまだ子供だってのは分かってます。でも、自分で、思ったんです。行きたいって! だから……」


 ニーシュブルの頭を大きな手が撫でた。アルカイオスはアフラと目を合わせると微笑んで一つ頷く。


「……そうだな。アルカイオスの言った通りだった」

「ふえ……?」

「ニーシュブルは自分がこれからどうするかを自分で考えて決めた、と。……ごめんね、ニーシュブル」

「ぅう……いえ……!」

「でも、一つ約束してくれ。あの時のように私を庇うようなことは、もうしないで欲しいんだ」

「はぃ……!」


 べそべそと泣くニーシュブルを宥めているといつの間にかメイスが戻ってきていた。薬を載せた盆を両手に持っており、片方をティールに渡す。


「いつものだ。餞別に少し多くしてやったからな」

「ありがとうございます」

「小さいの、薬の使い方を教えるから座れ」

「小さくない!」


 怒りながらもニーシュブルは大人しく座るが、盆に載った薬を見て嫌そうな顔をした。


「薬は二種類出す。無くなるまで使え」

「その薬、苦いから嫌なんだけど……」

「我儘言うな。嫌なら飲み込めるようになれ。前も言ったが、こっちの丸薬は血を増やす薬だ。お前の重さに合わせて調合しとるから、お前だけで飲むように」

「はぁい」

「こっちの薬は塗り薬だ。傷が開いてきたり痛みが出てきたら使え」

「これは塗り薬なのか? 貼り薬ではなく?」


 塗り薬として出されたのは、見た目は半透明の薄い紙のようなものだった。布に薬を染み込ませて貼る貼り薬がアフラが知っているものでは一番近かったが、このような薬は見たことが無い。


「ええ。専ら、旅人や商隊に売っております。これはこのように少量の水で溶かすと軟膏になるのです」

「初めて見た。確かに、持ち歩くのに最適だな。製法を教えてはもらえないか?」

「構いませんが、材料が特殊な海藻でしてな。東の商人から買っているのですが、近年また戦が起きつつあるようで中々手に入らないのです」

「そうか……」

「先生、いいの? もらっちゃって……」

「怪我人が何を言っとる。それよりも、一週間は大人しくしとれ。傷が開いて担ぎ込まれても知らんぞ」

「む゛ーー!」


 頬を鷲掴まれニーシュブルは不貞腐れた声を出す。


「それと往来で男に軽々しく抱きつくな! ましてや殿下に! 殿下はお優しい方ゆえお許しになられたのだろうが、不敬罪で牢に入れられてもおかしくないのだぞ!」

「うっ……それは……。はぁい」

(ニーシュブル、完全にアフラ様が男装していることを忘れていたな……)



──────────



 これから診療時間だという診療所で長居をする訳にもいかず、診療所を出て街の中央を通ると人々が色とりどりの飾り付けをしているところだった。明後日に迫った戴冠式の前夜祭に向け最後の追い込みがされている。


「そうだった、明日は前夜祭ですよ!」

「道理で画材の匂いがすると思った。明日はセリオン殿下の姿絵が飛ぶように売れるでしょうな」

「そうなのか?」

「王族の姿絵やカメオは大層人気が出ますからな。この国で最も見目の良いとされる男性が王となるものなら、それは盛大になりましょう」


 アフラはどうにも分からないような顔をしている。


「……思ってはいましたが、もしや殿下は、男性の見目にあまり興味が無いのではありませぬか?」

「まあ、うむ。正直年齢が幾つなのかくらいしか考えた事がなかった」

(成程。ほぼ毎日国一番の美丈夫を見ていた弊害か。──つまり俺の肉体はまだ磨くところがあるということ!)

「ティール。どうせいらんことを考えているのだろうが、くれぐれもするなよ」


 アルカイオスにはティールが何を考えているのか分かった。ティールの肌艶が無駄に良くなる時は、大方自分の肉体のことを考えている時である。


「分からず屋のアルカイオスは置いておきまして。殿下、折角ですし前夜祭に行くのはどうでしょう?」

「おい」

「行きたいのは山々だが……祭に私がいると騒ぎになってしまうだろう」

「なに、殿下だと分からなければ良いのです」


 ティールが意味ありげに片目を瞑るとその意図を察したのはニーシュブルだ。


「はい! お使いなら任せて!」

「お前なら分かってくれると思ったさ、ニーシュブル。……だけでいい。程々のものを選んできてくれ」

「わかった!」


 ニーシュブルはティールから貨幣が入った小さい布袋を渡されると足取り軽く駆け出す。


「あっ! 無理は駄目だぞー!」

「はーい! 夕方にはティールの家に戻りまーす!」


 そのままニーシュブルはあっという間に離れていった。


「ティール、ニーシュブルに何を頼んだのだ?」

「明日のお楽しみですよ、殿下」

 

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