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死なずの国  作者: 群星
第一章、旅立ち
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脱出


「……ここから地上です。足下にお気をつけ下さい」

「あ、ああ」


 騎士が通路の天井を押し上げると砂埃が吹き込んでくる。咳き込みながら地上への階段を登ると、夜の風が穏やかに凪ぐ砂漠が広がっていた。


「……外だ……」

「こちらへ。馬を置いております」

「あ、ありがとう。その……」


 アフラ達が出てきた通路は城から首都を囲む壁を抜ける隠し通路だった。王族にしか伝えられていない通路だと騎士は言ったが、アフラですら知らなかった通路を何故この騎士が知っているのだろうか、とずっと考えていたのである。


「私が何者かが気になるのですね」

「あっ……。……ああ、そうだ」

(……聡い方だが、一体どういう扱いを受けていたのだ? このような状況だというのに妙に落ち着いている……。この方の元来の性格なのか、あるいは……)

「今、私には授けられる褒賞が何も無いが……あのような危険を冒してまで助けてくれた貴方に報いたいと思っている。しかし、貴方はこの国の人では無いようだし、どうしたら良いものか……」


 顎に手を当て思索するアフラだったが、その前に騎士が跪く。


「名乗りが遅れましたこと、お詫びのしようもございません。私はアルカイオス。かつて貴方様に生命を救われ、その御恩をお返しすべく此度参上いたしました」

「マハ王国三十八代国王シャフリーズ三世が子、アフラだ。私は貴方と、会ったことがあるのか……?」

「はい。遠い、昔の事ではありますが……」


 その時、城門から砂煙が上がるのが見えた。アフラ達が出たのは城の裏手側だが、このまま留まっていては見付かってしまう。


「急ぎましょう。貴方様の兄君……イザナ様が事情をご存知です。」

「上兄様が? では、あの影渡りの術は」

「はい、イザナ様が拵えて下さった呪符を使いました。──越影号!」


 アルカイオスがそう呼ぶと夜闇から黒馬が現れる。まるで影が動いたような青毛にアフラは小さく悲鳴をあげたが、越影号と呼ばれた黒馬は大人しいものだった。


「どうぞ、お乗りください」

「し、しかし。これは貴方の馬だろう」

「こやつは見ての通りかなり頑丈です。私と貴方様が乗ってもびくともしませんとも」


 越影号はアフラが今まで見た馬の中でも大きく、かなり筋肉質な部類に入る。これほどの馬なら、アルカイオスは武装しているが丸腰の自分と相乗りしても走れるかもしれない、とアフラはアルカイオスの言葉を信じる事にした。越影号はアフラとアルカイオスを背に乗せると、力強く走り出す。


「は、速い……!」

「一気に離れます。それと、こちらを」


 アルカイオスはボロ布をアフラの頭から被せる。


「御身の白は夜だと特に目立ちます。戻せるとよいのですが……戻すには、こつがいるようで」

「戻せるものなのか?」

「ええ、イザナ様はそう仰られていました。私は呪術も使えぬ身ですので……こればかりはお役に立てそうもありませぬ」

「いや、責めたい訳では無いのだ。……追っ手は、どうだ?」

「恐らく馬を使ったことはばれているでしょうが、この闇ですので」

「そうか。私の事は気にしないでいい。これでも多少は鍛えているし、馬にも慣れている。貴方のやり方で走らせてくれ」

「承知しました。……それでは」


 アルカイオスが越影号の横腹を蹴ると、越影号は更に速度を上げた。



──────────



「今日はここらで野営をします」

「分かった」

「こちらへ。洞窟があるので、そこで休みましょう」


 アルカイオスは森の手前で速度を落とし、越影号の脚は森の隙間を縫って細い道へ出る。程なくして、アルカイオスの言った通り洞窟が見えてきた。


「上兄様……いや、シャルダーム山までにはあとどれほどかかる?」

「越影号であれば明日には辿り着けるかと」

「であれば、ここはサンの森か」


 シャルダーム山はマハ国での国教であるハサン教の総本山だ。王都から見て北にあり、険しい山に守られた天然の要塞でもある。この森は清らかな水が湧くため、巡礼者が休息をとる森でもあるのだ。


「はい。この洞窟はかつて、迫害された僧侶の隠れ家だったと聞いております。警戒は怠りませぬが、そう易々とは見付かりません」


 アルカイオスが岩をどかすと穴が空いており、そこからまず革袋を取り出し中身を見る。穴の中には他にも寝具や薪、火打石など夜を明かす為に必要なものが一式揃っていた。


「どうぞ、お食べ下さい。高貴な方の口には合わぬかもしれませんが、明日に備えておかねばなりません」

「いや、まさか食事ができるとは思わなかった。これも僧達が?」


 革袋には干し肉に薄パン、ナッツ類にドライフルーツが入っていた。干し肉は塩気が強く、薄パンは固いがそれでも気力が戻ってくるように感じる。


「仰る通りです。今でも各地にはこのような備蓄があります。私は外に出る僧の護衛をすることがありまして、その時に教えてもらいました」

「そうか……有り難い。感謝しなければ」


 食べづらさはあったものの、アフラは全て食べきった。敷布を広げるアルカイオスに、アフラは俯いたまま声をかける。


「……上兄様は、何と言って貴方を送ったのだ?」

「イザナ様は……王のお体が芳しくない、と王宮の使者からお聞きになられるとすぐに私に王都へ向かうようお命じになられました」

「…………」


 アフラはアルカイオスを見つめる。それに観念したのか、アルカイオスは続けた。


「……このままでは、セリオンがアフラを殺す、と。それだけはあってはならないと。そう仰られておりました」

「…………上兄様は、下兄様が“精霊憑き(シャイターン)”だと知って、貴方を行かせたのだ」


 アフラの顔が怒りを宿して歪む。


「一体、上兄様は何故そのようなことをさせたのだ! 貴方が生きていたからよかったものの、何かが起こると分かっていたなら、もっと早く……!」


 唇を戦慄かせ、震えながらもアフラの心には怒りの火が燃えていた。それは自分が殺されかけたからではなく、助けられたとはいえほとんど他人と言っても良いアルカイオスの命を軽んじるような指令を長兄のイザナが下したからである。


「アフラ様、それは誤解です。セリオン様が精霊憑きということは知っておりましたから」

「だからだとしても、私などに……!」

「イザナ様はセリオン様とアフラ様、どちらのことも案じておられました。並の者では死に行くだけだとも。この任を頂けたことは、私にとって望外の喜びだったのです。どうかイザナ様を……そしてご自身をお責めになられないで下さい」


 アルカイオスの宥めるような目にアフラは我に返るといたたまれず目を背ける。小さく「すまない」と謝ると、そのまま毛布を頭から被った。


(……やはり、この御方は……とても、お優しい方だ。それと共に、ご自分のことを卑下しておられる。……いくら三人目だとしても、そう扱われて良いはずがない)


 アルカイオスは外に意識を向けると共に、アフラの気配にもそっと耳をそばだてる。少しすると聞こえてきた穏やかな寝息に安堵の息を吐いた。

 

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