戦士の力
「スファル……!!」
「叔父上、もう引き際です」
「黙れ! お前などより私がこのメサに相応しいのだ!」
「税で民衆の命を締め上げ、市場の信用を貶めさせる領守が、この地に相応しいと言うのですか」
「なに……!?」
スファルは税収表をシラに突き付ける。
「貴方のしたことは全て明らかになっているのです、叔父上! 交易品ばかりか薬や石鹸にまで税を重ね、土地が痩せ虫に食い荒らされた作物を偽らないと暮らしてゆけぬような政が正しいなどとは言えません!」
「一体どうやってそれを……!」
「潔くお認めになられた方が宜しいですよ、シラ殿。これ以上罪を重ねるのは避けたいでしょう。もっとも……この騒ぎです、実刑は免れぬでしょうが」
まさか、とシラはアフラを振り向く。アフラはしっかりと頷くと、一言だけ告げた。
「──全て、知っておる」
「おのれっ……!」
シラが脇に置いていた剣を掴むと鎧が擦れる音が鳴る。広間の全ての出入口から武装した兵士が現れ、アフラ達に刃を向けた。
「殿下。貴方様に恨みはありませんが、もはやこれまでにございます。我が甥もろとも、私の礎になっていただく!」
「シラ……」
「アフラ様、お下がりください。こやつは人の形をした浅ましき獣にございます」
「ッ……お前達! やれ!」
アルカイオスの琥珀が燃え上がる。とりわけ体躯の大きい兵士が突出し、アルカイオスに剣を振り下ろすがその剣は両断され、一拍の間を置いて胴体がずるりと断面から落ちる。それからも次々と兵士が襲いかかるが、アルカイオスに槍先ひとつ掠らせることすら無く斬り伏せられていった。
「……終わりか?」
「こ……の!」
シラが指を鳴らすと地鳴りが響く。床が割れ、現れたのは土でできた巨人──ゴーレムだ。
「やはり呪術の心得があったか」
「ティール。倒し方は分かるか?」
「泥人形は額に『אמת』の羊皮紙が埋め込まれている。אの字を消せば崩壊するが」
「額だな」
アフラ様を頼む、と短く発するとアルカイオスはゴーレムに向かって跳躍した。ゴーレムの眼前に躍り出ると、頭部の左半分を斬り落とす。
「な……ゴーレムは、あんなに軽々と斬れるものなのか……!?」
「いえ、あれができるのはアルカイオスくらいでしょう。それより殿下、もう少しお下がりください。崩壊するゴーレムに潰される死に方など馬鹿馬鹿しいものにございます」
ティールは頭の半分を斬られたゴーレムを見上げる。アルカイオスも着地するとゴーレムを睨み上げたが、ゴーレムの頭は土が盛り上がり再生していた。
「アルカイオス! ゴーレムの頭蓋は見えたか!」
「いや──何も無かった。切れ端のひとつも見えなかった」
「何も……」
ティールがシラを見るとシラは薄ら笑いを浮かべている。シラはゴーレムの唯一の弱点を、何かしらの手段で克服していることは明白だった。
「ティール殿! あのゴーレムはどうすれば──っ、この!」
「ぐうっ!」
「ゴーレムはこちらが相手をします! スファル殿達には人間の相手をお願いしたい!」
「っ……承知しました!」
アルカイオスがゴーレムの攻撃を受け、時にはその手足を斬り時間を稼ぐがゴーレムの攻撃は一向に緩まない。
(必ず種があるはずだ。見ろ。考えろ。シラが笑っていられるのは、一体何故だ……)
アルカイオスの剣がゴーレムの首元を抉る。それと同時に、シラも首を押さえた。
「──そういう事か! アルカイオス! 本体はシラだ!!」
「成程。だが、殺してはならないのではないか?」
「当たり前だろう! 少しはましになったと思ったが、殺すか殺さないかしかお前の頭には無いのか! 奴はこの国の法で裁かれなければならない。それが報いだ」
「いらんことを言うな! ……どうにかやってみよう」
アルカイオスは剣を構え直す。怪我は擦り傷くらいしか無いものの、疲労が蓄積しているのは目に見えている。果敢にもゴーレムに立ち向かった兵士はその膂力で潰されるか、疲労困憊で倒れ伏し薙ぎ払われているのを鑑みればアルカイオスの体力は異常と分かるが、それでも痛みも疲れも感じない岩の巨躯を相手取るのは生半可なものではなかった。
「っ!」
ゴーレムの拳が振り下ろされる。剣で弾くが、何度も岩石と鎬を削った刃は限界だった。
「剣が!」
「ははっ……! 馬鹿め、巌に刃など効くものか!」
「……」
アルカイオスは無言で折れた剣と鞘を捨てると、中腰になり脚に力を貯める。
(終わらせる気だな……)
「ティール! スファル達と連携するべきだ! アルカイオス一人で、素手でゴーレムと戦うなんて……」
「いえ、殿下。よく見ていて下さい。貴方はそうなさるべきだ」
アルカイオスが再び跳躍する。ゴーレムの顔に膝蹴りを喰らわせると、顔が砕け体勢が崩れる。
「があぁっ!!??」
そして頭上で両手を組むと、それを振り下ろしゴーレムの脳天をかち割った。
「あ……が……ッ」
「今だ! シラを取り押さえろ!」
失神したシラを兵士が寄って集って押さえ込む。アルカイオスはそれを横目に長く息を吐くと、握り込んでいた石を捨てた。
「な…………」
「あれがアルカイオスという男です。恐らく、ただの人間であ奴よりも強い男はいないでしょう」
「……アルカイオスは怒らせないようにしよう……」
「あの男が殿下やニーシュブルに怒ることなどありませんよ。……。殿下。これはアルカイオスの友として、貴方様にお願いしたいことがございます」
「何だ?」
爽やかに笑っていたティールだが、それが打って変わって神妙な顔付きになる。
「アルカイオスは西の出身です。……グラシャのような国ではなく、恐らくは我々が蛮地と呼んだ国の、そのどこかの。ですがどうか、何があってもアルカイオスを信じてやってほしいのです」
「……ああ。言われずとも」
「──っ、アフラ様! ティール、アフラ様には離れて頂くのでは無かったのか!?」
アフラが広間に残っていたことにアルカイオスは驚愕していた。ぐしゃりと前髪を上げるとティールに詰め寄る。
「下がってはいたさ。お前の戦い方に難癖をつけるような御方ではないのはお前が一番分かっているだろう?」
「あのような蛮族の戦い方を見せるつもりはなかった……!」
「戦場で殴る蹴るなどあって当然だろう。あれはれっきとした武術なのだろう? パンクラチオンとかいう……」
「アルカイオス、よく戦ってくれた」
「はっ!」
アフラが口喧嘩になりそうな二人の間に入るとアルカイオスは即座に跪く。
「まさか素手でゴーレムを倒すとは思わなかった。怪我は無いか? 手や、膝は?」
「全て掠り傷です。剣で片をつけられればよかったのですが……」
「そのようなことを言わないでくれ。貴方の戦いは見事なものだった。お陰でシラを生かして捕らえることができたのだ、ありがとう」
「はっ……身に余る光栄にございます」
シラは縄をかけられ、兵士に連行されて行った。それを見送ると、スファルが三人に駆け寄ってくる。
「無事、終わりました。このような身内の不始末を殿下にお助けいただいたこと、何とお詫びを申し上げたら良いか……」
「顔を上げてくれ。首を突っ込んだのは私達の方なのだ、気にしないでほしい」
「は。これからですが、まず約束通り、精霊廟を建てたいと思います。税についてもすぐに触れを出しましょう」
「よろしく頼む。……そうだ、もう少し滞在させてもらっても良いか? 話したい者がいるのだが、今怪我をしていてな」
未だに意識が戻らないニーシュブルのことを思うとアフラの喉が締め付けられる。
「無論にございます! これから西に発つとお聞きしております、入用のものがありましたら何なりと申し付けください!」
「ありがとう。だが、私の世話は程々で良いよ。あまり何でもされると落ち着かないのだ」
「分かりました。殿下がそう仰るのであれば……」
「ああ、それと……。……シラによって虐げられた者がいる。母と子の使用人だったが、他にもいるかもしれない。ちゃんと治療をしてやってくれ」
「──はい!」
スファルは力強く頷いた。少しずつ良くなっていくだろう、と思える光が彼の目に宿っていた。




