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死なずの国  作者: 群星
第一章、旅立ち
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救出


 ひたり、ひたりと「それ」が動き回っている音がする。独特の鱗が擦れる音はこのような暗く陰鬱な場所では気味が悪いだけだ。

 しかし青年は、地上で何かが起こっているらしいと勘付いていた。食事を運んでくる使用人が妙に慌てた様子で戻って行ったのだ。その際にスープの器を倒したのだが、それにも気付かないほどに。

 何とかこの機を使えないだろうか、と青年は鎖で繋がれた右腕を引っ張るが、鎖は三日前に替えられたばかりで僅かな錆びしかなく、とても千切れそうにない。

 もし地上で起きている「危機」を叔父が乗り越えたなら、自分は間違いなく殺される。青年は後ろ頭を石壁に擦った。


「……せめて、もう一度空を見て死にたいな」


 そう青年が呟いたその時、地上で何かを押す音がした。


(誰だ? シラの部下は上からなんて来ない……)


 階段を降りて来る足に青年は必死に目を凝らす。その人物はほんの僅かな灯りしか持たなかったが、この狭い石蔵でもその人物の色彩は彩やかに青年の目についた。


「……ティール……殿……!?」

「スファル殿、お待たせして申し訳ありません」

「そんな……。っ……待ってください、ここには……!」


 青年──スファルの視界の隅でゆらりと長いものが揺れる。それを分かっているかのように、ティールはそれ以上踏み込まなかった。


「やはり、精霊(ジン)がいましたか。土の御方、私と話してはいただけませんか」


 ティールが持っているランプの中には火ではなく、発光する石が入っていることにスファルは気が付いた。影もそれに気づいたのか、ずるりと天井を這いティールに近付く。


『ほう……。星見の男よ、お前はまだ心得ていそうだな』

「恐縮です。土の御方、貴方はシラと契約されたのですか?」

『否。交わしたのは盟約のみ。奴がこの地の主となったその時には、我を奉ると。だが、未だ果たされぬ』

「左様でしたか。スファル殿を見張っているのも、その盟約のうちですかな?」

『うむ』


 ティールが「土の御方」と呼んだその精霊は、人間並の大きさの蜥蜴だった。精霊にも言葉を使うものと使わないものがいるが、ここまで明確に言語で意思疎通ができるものは珍しい。


「土の御方、貴方はかつての守り神であるとお見受けしました。そこで、我が主との盟約をお考えいただきたい」

『主、だと? ふん、浅はかな人間よ』

「お疑いになるのも無理はありません。ですが、我が主はシラのような不実者よりも誠実であり、貴方に対する敬意を持つ御方です」


 ティールが入口から脇に下がると白い外套が浮かび上がる。フードを外し現れたのはアフラだ。


「……殿……下……?」

「お初にお目にかかります、土の御方。私はマハ国第三王子のアフラです。私は貴方様のお力をお借りしたく参りました」


 精霊が尻尾を揺らす。そしてアフラの前に音もなく降りると、後ろ足で立ちまじまじとアフラの顔を覗き込んだ。


『おぬし、霊気の匂いがするぞ……。天嶺の第三子か!』

「天嶺、といいますと……サガルマータ山のことでしょうか」

『おぬし、かの地のことを覚えておらんのか』

「父様が私達兄妹を連れ帰った時、私は赤子だったそうなのです。もしかして、かつてお会いしたことがあったのでしょうか」

『否。天嶺より子が遣わされたと聞いたことがあるだけだ。しかしな……おぬしと盟約を交すならば、我に何を捧げる?』

「はい。貴方様の信仰を復活いたします」

『ほう……?』

「貴方様の御姿、そしてお言葉で確信しました。貴方様はかつて、このメサの地神であったのではありませんか?」


 その問いに精霊の眼が光る。一介の精霊ではなく、かつて神性を宿していた証たるその光にアフラは怯むことなく頷いた。

 アフラがこの精霊を地神だと確信したのは、一つは蜥蜴はメサの領守が持つ印に象られた生き物であること。二つは、流暢に言葉を手繰り人間と対話をする意思があることだ。言葉を持たない精霊は人との関わりが薄く、それゆえ己の感覚でしか動かないが、言葉を持つ精霊はその地で人間と関わり信仰を得て存在していたもの──つまり、零落した神性である。


「今、この土地は弱りつつあります。貴方様のお力が戻れば、大地は再び力を取り戻すはずです。お力をお借しいただけるのでしたら、地上に貴方様の精霊廟を建てることを誓いましょう」

『ほう……』


 精霊の体躯が徐々に大きくなっていることに、ティールは精霊の尾がアフラに巻き付かん長さになっていることで気が付いた。ティールは忍ばせた短刀に触れるが、アフラに目で制される。


『よかろう。おぬしの言葉と信心は誠のようだ。僅かだが、かつての力が戻ったのを感じる』

「ありがとうございます」

『星見よ、おぬしは中々思慮深いと見た。この孺子(こぞう)を離せば、あの男を追いやることができるな?』

「はい。スファル殿がいらっしゃるのであれば、あのような男は不要でございます」

「ティール殿……」

『では、疾く行くがよい。我を待たせるな』


 精霊は尾を伸ばし、スファルを壁に繋いでいる鎖を器用に巻くと引きちぎる。スファルは転がるように立ち上がると、鍵を持ったティールが柔らかく微笑んだ。


「では、悪辣な領守もどきに引導を渡しましょう。殿下、今宵の食事の席は出来る限り長引かせてください。どのようなやり方でも構いませんので」

「分かった」

「あ、あの……! まさか、本当に、アフラ殿下なのですか……!?」

「うむ。スファル、また後で会おう」


 アフラはフードを被り直すと足早に出ていく。口をぽかんと開いたスファルの肩をティールは軽く叩き、外に出るよう促した。



──────────



「殿下! ああ、ご無事でいらっしゃいましたか!」

「遅くなってすまない。心配を掛けたな」


 夕日が沈みゆくころ、アフラはアルカイオスと共に領守の館に戻った。報せを聞いたシラが脂汗を浮かべアフラ達を出迎える。


「まさかあのようなことが起こるなど……申し開きのしようもございません!」

「よい。あの男が何者かは分かったのか?」

「それが……」


 シラはアルカイオスをちらりと見ると、重々しく口を開いた。


「あの男……元ではありますが、ハサン教の僧でございました」

「何だと……?」

「寺の者に検めさせましたが、間違い無いと。素行不良で破門され、暗殺業に手を染めていたとのことです」

「……そうか」

「申し訳ございません、指示役はまだ掴めておらず……」

「いや、構わない。食事の用意を頼めるか?」

「は、すぐに!」


 広間に着くと、あれよあれよと豪華な食事が運ばれてくる。シラはアフラが暗殺されかけたのが気が気で無いのだろう、アフラの機嫌をとることに余念が無かった。


「御身にお怪我が無くて何よりです。さ、さ、どうぞお召し上がりくださいませ。そうだ、殿下は今年で成年でしたな。酒も出しましょう」

「酒は要らぬ。そう急いてくれるな」

「いやいやこれは失礼を……」


 料理はどれも美味ではあるが、今まで以上にやりづらい。露骨な御機嫌取りに嫌気が差し、アフラは流石にそろそろ黙ってくれないだろうかとげんなりしてくる。しかし、ティールとスファルが準備を整えて来るまではシラをここに留めておかねばならなかった。


「シラ、私は酒は飲まないが茶は好きだ。メサの茶葉はどのようなものがある?」

「はっ。茶……ですと……そうですな……。おい、あるものを揃えて持って来い!」

「は、はいっ」


 女性と子供の使用人が慌ただしく準備をする。子供は男の子だが手際が良く、女性から沸かした湯を受け取ると器を温め茶葉を蒸らし、そうして煎れられた茶は花が開くような良い香りがした。


「ど、どうぞ……」

「ああ。ありがとう──」

「っあ!?」


 男の子の手は緊張で震えており、アフラが器を受け取ろうとしたその時(あやま)って(こぼ)してしまった。たちまち男の子と女性の顔が青ざめる。


「も、もうしわけありません!」

「お前! 何をしている!!」

「お許しください! 罰なら私が!」

「殿下に茶を溢すなど!! 連れて行け! 鞭打ちにしろ!!」

「領守様!」


 男の子が腕を捕まれ無理矢理連れて行かれそうになる。鞭打ちと聞いてアフラは思わず声を荒らげた。


「シラ! よせ、子供の過ちだ!」

「なりませぬ! 大体、あの兄が甘やかしていたからこのようなことになったのです!」

「シラ、殿下の御前であるぞ。粗相は改めなければならないが、それをさも罪のように裁こうとするなど、貴様はそれ程までの人間なのか?」

「は。使用人の躾は主の努めでござるぞ、アルカイオス殿。西の野人には分からないことでありましょうな」

「貴様……」

「……そこの者、その者を離せ」

「っ、で、ですが……」

「私の命が聞けぬというか?」

「い、いえ!」


 アフラは男の子を来るように促すと、すまないと短く断って上衣の裾を上げる。


「……シラ。お前、これが初めてではないな」


 男の子の背中には治りかけの傷がいくつもあった。アフラの声に怒りが滲む。


「……私はこれまで、お前の振る舞いを見てきた。不可解なことはあれど、領守として、諸侯として相応しいものなのか、否かを」

「殿下、これは……」

「邪魔者を隠し、実権を得るため、お前は色々なことをしてきたようだな」

「な、何のことでございましょう」

「…………」


 薄ら笑いを浮かべるシラにアルカイオスは剣の柄に手をかける。だがそこに、よく通る声が響いた。


「不実者のシラよ! お前の悪事は白日のもとに晒される!」

「!?」


 複数人の足音が一直線に広間に向かってくる。扉を派手に開けて現れたのは、ティールとスファル、そしてその部下達だった。

 

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