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死なずの国  作者: 群星
第一章、旅立ち
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死なず


 図書館には司書以外誰もおらず、実質貸切状態だった。ニーシュブルは簡単な読み書きこそできるが複雑なものは読めないため、手の空いているアルカイオスが自身の復習も兼ねて教えている。アフラとティールは二人共にこのメサの歴史書や民俗学の本を片っ端から取り出して机に積み上げた。


「やはり、あの屋敷に何かあると思いましたか」

「ああ。それと、墓地で気配を感じてな。歴史方面は頼んで良いか?」

「お任せを」


 人ならざるものや精霊(ジン)が関わっているのであればまずはそれを理解しなければならない。墓地という、人の暮らしと人ならざるものの領域が重なる所ではその場所での「決まり」がある。それを知らずに挑めば、死ぬだけに留まらず、最悪の場合魂が永劫に囚われかねない。人間同士分かり合うことが難しいように、また己を分かち合えるほどに心を砕けるように、人ならざるものも同じなのだ。

 とはいえ、無知ではないが専門でもない領域を探すのは困難を極めた。刻々と時間が過ぎていき、この日は書物に目処をつけるだけで終わった。ティールは朝の時点で図書館に泊まり込むことを決めていたらしく、司書もいつものことのように鍵をティールに渡していた。ニーシュブルも宿泊する許可をティールは得ており、それを聞いてアフラも安心して屋敷に戻る。

 そして次の日、シラには「西の国の情報を集めたい」と伝えて再び図書館に入った。図書館は一人二人と出入りはあったもののやはり訪れる人は少ない。ティールは歴史書を半分は片付けていたが、有力なものはありません、と淡々としていた。


「……殿下、お立ちになるならついでに精霊学の本を数冊見繕って頂けないでしょうか」

「分かった」


 王族に「ついで」の頼み事をするなど常なら不敬極まりないことであるが、アフラはそれを咎める気にはならなかった。ティールは極限まで集中力を高め物凄い速さで本を読み進めており、その集中を削がないことが最善なのは一目瞭然である。

 アフラは民俗学の本を戻すと埋葬に関わる本を手に取り精霊学の棚に足を向ける。膨大な本の中でどれを選ぶか考えていると、軽い足音が近づいてきた。


「おや、ニーシュブル」

「おつかれさまですぅ……」


 そう言うニーシュブルの方が疲弊している。聞けば、勉強の範囲を増やしたはいいものの、題材として選んだ小説が難解すぎて分からない、との事だった。


「冒険譚っていうからわかりやすいのかと思ってたんですけれど……」

「流石に小説は少し飛躍し過ぎじゃないかな? 文章を読む訓練なら、童話や説話集が良いと思うよ」


 マハ国では、文学は富裕層や知識層の娯楽だ。簡単な読み書きができる程度の子供が読むには難しすぎるだろう。


「ニーシュブルは計算はできるのか?」

「得意です! お父さん達に特にみっちり教えられましたから!」

「なら、料理本とかも良いかもしれないね」

「あっ、それなら難しくてもがんばれそうです!」

「ふふ。でも、根を詰め過ぎるのも良くないから、程々にね」

「はい! ……?」


 アフラが本棚に手を伸ばしたその時、ニーシュブルはふと人の気配を感じ取る。


「どうした?」

「いえ……。──アフラ様っ、あぶない!!」


 何かが空気を裂く気配に、ニーシュブルは咄嗟にアフラの前に立った。時間が止まったような刹那、鮮血が散る。


「ニーシュブル!!」


 そして間髪入れず、もう一度何かが風を切り──刃が振るわれ、アフラの胸元に突き立てられた。


「あっ……か……」


 アフラの前にいたのはフードを深く被った男だった。ナイフがアフラの心臓を穿ったのを確信し、その口端が吊り上がる。

 だがその瞬間、アフラの目が見開き、髪が白く染まった。アフラはナイフを突き立てた男の腕を逃さぬよう全力で掴む。


「──アルカイオスッ!!」

「なっ」


 アフラが絶叫したのと同時に、男の首から血が噴き出した。


「アフラ様!」

「アルカイオス、湯と布を持って来てくれ! ニーシュブルが……!」

「ですが、アフラ様、貴方様も……」

「私はどうとでもなる! 早くしろ!!」

「は、はっ!」


 ニーシュブルは腹を深く斬られていた。アフラは(なり)振り構わず治癒の炎を灯すとその手で腹の傷を強く押さえる。


「あ……ふら……さま……」

「喋らなくていい! だが目を閉じるな、ニーシュブル!」

「ごめ……なさい…………おけが……」

「私の傷は何ともない。ニーシュブル、生きよ! 絶対に諦めるな!」


 血の流れる勢いは弱くなりつつあるが、小柄なニーシュブルが果たしてこれだけの血を流して無事な保証は無かった。その時、血の気を失い白くなるニーシュブルの顔に影がかかる。


「アフラ様、こちらを。止血の薬草と生命の薬です」

「ありがとう、ティール」

「もしもがあった時の為に持ち歩いていて良かった。医者の手配をしてきます」

「頼む」


 アフラはすぐにそれらを受け取ると薬草は腹部に当て、薬はニーシュブルの口に含ませる。


「アフラ様、湯と布をお持ちしました!」

「ああ。布を湯に浸してきつく絞ってくれるか」

「は、こちらを」


 そうして救命するとどうにかニーシュブルは持ち堪えた。ニーシュブルがティールの伝手で医者の家に運ばれていくのを見送ると、思い出したようにアフラも血を吐く。


「いたい」

「そうでしょうとも!」

「傷は塞げるが……着替えなければならないな」

「司書に伝えてあります。ニーシュブルの治療で汚れた、と言ってありますゆえ」

「ありがとう……」

「ですが、私には本当のことを話していただきたく存じます」

「ああ……」


 血を全て拭き取り、清潔な服に着替えてようやく一息つく。しかし騒ぎが聞こえていたらしく外はざわついており、兵士が来る前に三人はティールの家に急ぎ足で向かった。


「さて……先のことですが」

「うむ……私は、「死なず」というものらしい。秘密にしていようと思って黙っていたのではないのだ。だが……」

「お気持ちは分かります。死なずは国を損なう、という伝承ですな」

「ああ。お主を信用していないのでは無かったが、どう思うかも……分からなかった」

「では、私の「死なず」 への見解を申し上げましょう。与太ですな」


 ティールは至って真面目な顔で言い放った。


「なっ……ティール、お前!」

「まあ聞けアルカイオス。そも、その伝承は誰が作ったのでしょう。死なずが過去にいたとして、それが王族や政に携わる者であったとて、それが国を損なうのではなく、そうなるようにした法や他者が問題なのです」

「……周りが悪い、ということを言いたいのか?」

「それもあります。ですがこれは死なずであろうが無かろうが、起きる問題は定命の者と変わらないのです。お考え下さい。地位や能力が不足し責任を果たせるのでも無いのに、責任のある職務に居座る者がいるのは健全でしょうか?」

「……確かに……」

「そして有能だからといって、後進に後を任せずその地位を守り続けるのもよろしくありません。その者一人で国は回りませぬ。国を支え、動かすのは生きている者達なのですから、その者達が育たないのでは国という城はいずれ支えが無くなり瓦解するでしょう」

「では、損なうというのは……留まり続ける者によって停滞が齎されるから、ということなのだな」

「仰る通りでございます。これは水と同じです。流水は人を生かしますが、留めれば腐ってしまいます。そのような伝承は、組織を腐らせた者の言い訳に過ぎません」


 成程、とアフラは得心した。だがティールはやや納得いかない面持ちで続ける。


「しかし、あのセリオン殿下がそれだけでアフラ様を斬ったのか、というのも疑問ですな」

「お主もそう思うか?」

「あの御方はまじないというものを信じぬ御仁ですが、そのまじないの根底にある理屈を忌む方ではございません。関わることはありませんでしたが、粗暴ですが聡明な方だったと覚えています」

「そう、そうなのだ」


 アフラは全て打ち明けてしまおうと決めた。これまでのことを洗いざらい話すと、ティールは口元に手を当て少し考え込む。


「……落ち着いてから考えることとしましょう!」

(こいつ、投げた!)

「うむ、そうだな」


 少なくとも今考えることではない、と結論付けられた。


「殿下とニーシュブルを襲ったあの男についてはシラに任せておけばよいでしょう。自らの立場が微妙な中であのような事が起きたのです、今頃必死になって身元を調べているでしょうな」

「あの男が暗殺者を差し向けた、という可能性は無いのか?」

「殿下を殺しても奴に益が無い。むしろ王族を危険に晒したとなれば極刑も有り得るからな、まあ無いだろう」

「……それもそうか」

(シラが仕向けたなら手っ取り早く斬れば済んだのだがな)


 アルカイオスが内心そのようなことを考えていると、アフラがぽつりと口を開く。


「……二人共、頼みがあるのだが」

「はっ。何でしょう」

「如何致しましたか?」

「私が死なずであることは、ニーシュブルには言わないで欲しいのだ」


 アフラは膝の上で拳をきつく握っていた。


「ニーシュブルにこれ以上、心労をかけたくないのだ。いや……着いてきてもらうのを、止めた方がいいかもしれない」

「殿下、確かに彼女はまだ年若いですが……」

「アフラ様。それは、ニーシュブルに問うべきことではありませんか?」

「だが」

「死なずであることは言わなくてよいと思います。ですがニーシュブルは知らぬことは多くとも、これから自分がどうするかを己で考えて決めました。ならば、本人に訊かずして放すのは心残りとなりましょう」

「……そう、だな」


 頷きはしたがアフラの表情は浮かないままだった。その空気を変えるように、ティールが一つ手を叩く。


「では、カミル殿のご子息をお助けに参りましょう」

「居場所が分かったのか?」

「ええ、アフラ様が纏めて下さった民俗学の要点と、精霊学の書物。それと領守の館の、過去の見取り図から判明したことがあります」


 ティールがそれらの資料を机に広げる。歴史資料と民俗学資料には、マハ国の古い風習についてが書かれている。


「今でこそ簡略化が進みこのような造形の墓は減りましたが、大きな墓所ではその名残があります」

「地下室……いや、地下霊廟か!」

「はい。そしてこちらが昔の館の見取り図です」

「こちらにも地下室があるな。まさか……繋がっているのか?」

「珍しく察しがいいな、アルカイオス。その通りだ」

「お前は……」

「まあまあ。だが、どうしてスファル殿がそこにいると分かったのだ?」

「先程も申し上げましたが、シラは今危うい立場にあります。あのような男は己の地位が万全となるまでは決定的な手札を手放すようなことをしません。いざとなればスファル殿を殺し、その地位を不動のものとするでしょう。そのため己の目が届き、かつ限られた者しか知り得ない所に監禁しておくのが奴にとって最も安全な方法なのです。さて、これからの手筈ですが──……」


 ティールが策を話すと、アフラは驚いたように目をやや見開いたがやがて頷いた。

 

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