領主の館
メサに到着し、ティールの家に逗留した翌日。アフラとアルカイオスは領主の館を訪れた。館は門扉から細かな装飾がされており、蜥蜴のシンボルが刻まれている。
「これはこれは、アフラ殿下ではありませぬか! ああ、一体なんと言っていいのか……お出迎えもできず申し訳ございません。いつ頃お着きになられたのですか?」
「そう畏まらずともよい。私がメサに来たのは個人的なことなのだ、歓待も要らぬよ」
「で、ですが……」
「だが、カミルの墓には参らせてほしい。場所を教えてくれるか」
「勿論です。ささ、どうぞ中へ」
現在メサの領地を治めるシラは、人当たりの良い狐のような男だ。突然第三王子が訪問して来たのにも関わらず、後ろめたい事など無いかのように落ち着いている。
「して、アフラ殿下。個人的なこととは如何なものでしょう? 私共がお役に立てることなら、是非ともお手伝いさせていただきたい」
「所用あってな、父の旧い知り合いを訪ねるために西へ向かっている。気持ちは有難いが、これは私自身の力でしなければならないことなのだ」
「左様でございますか……。しかし、また急ですな。セリオン殿下の即位式もありますでしょうに」
「……実は、兄様を怒らせてしまったのだ。暫く顔を合わせることもできぬし、却って良かったと思うことにしている」
「なんと。確かに、セリオン殿下は苛烈な方とお聞きしております。なるほど。そこまで仰られるのであれば、私共の手助けは野暮でございましょうが……過分な歓待を好まぬのは承知ですが、王族の方をそこらの宿に預けるなど、領主としての面目が立ちませぬ」
「む……。確かに、そうだな」
アルカイオスは努めて平静を保ったが僅かに眉間を強ばらせた。アフラが常なら知りようがないであろうことをいいことに、堂々と領主ぶるこの男の態度は癇に障るものだった。
「では、少しの間世話になる」
「は。騎士殿にもお部屋を用意させていただきます。何か必要なものがあれば遠慮なく仰ってください」
「いえ、私に部屋は要りません。我が君の部屋の前で番をさせていただきます」
「……お言葉ですが」
「ご無礼をお許しいただきたい。我が君はこれまでの旅路で、人ならざるものに脅かされました。万一が起きる訳にはいかないのです」
アルカイオスが強引に押し切るとシラは渋々と頷いたが、嫌味ったらしい笑みを浮かべる。
「騎士殿は『人ならざるもの』と戦い、勝ったことがおありのようですな。貴殿のお名前を伺っても?」
「アルカイオスと申します」
「若き主君を気遣う、その心積りは結構。しかし殿下は今年で成年なさる御歳、ただ護るだけではいけませんぞ」
シラは使用人にアフラ達を部屋に案内するよう命令する。二人が部屋から出ると、シラは部下に耳打ちした。
「……おい、お前。あのアルカイオスという騎士について調べておけ」
「はっ」
──────────
「アルカイオス、本当に毛布一枚で良いのか?」
「はい。むしろそれ以上は過分です」
「……貴方は存外、表情に出るのだな」
「……失礼しました。あの者の前では極力表情が動かぬようにしていたのですが」
アフラに宛てがわれた部屋は広く、寝具だけでなく調度品も絢爛なものばかりだった。やはりアルカイオスとシラの相性は良くないらしく、アルカイオスの眉間は強ばっていたままだ。
「嘘は申しておりませぬゆえ、こちらの腹は探られても何ら痛くはありませんが」
「そうだな……」
アフラはここを訪れる前にティールから報告された税収表のことを考えていた。予想通り、シラが領主として専権を振るうようになってからかなりの増税がされていたことが明らかになっている。その写しは今アフラの懐にあるが、今これを突き出したところで確実にシラの任を解けるかと問われればそれは否だ。
現在、メサの領主に就く資格があるのは先代領主の息子と、その叔父であるシラしかいないのだ。息子──スファルが行方不明となると、消去法でシラが領主となる。しかし現在の法ではシラを改易し新たな諸侯を据えるには煩雑な手続きが必要となり、先王の葬儀と新王の戴冠式の準備にかかりきりであろう王都の法務官に、このような揉め事を即座に解決する力は残念ながら無いものだった。
「ところでアフラ様、明日はカミル卿の墓に参った後、図書館に向かわれるのでしたか?」
「ああ、そのつもりだ。……だが、そうだな。アルカイオス」
「は、何でございましょう」
「私に剣の稽古をつけてくれないか」
「……私が、ですか?」
アルカイオスは目を見開いた。アフラは神妙な面持ちで頷き返す。
「ああ。私も以前は兄様が稽古をつけて下さっていたが……これから長い旅になるのだ、守ってもらうだけではいけない。己の身は己で守れるようにならなければと思ったのだ。貴方の鍛錬の時間を奪ってしまうのは申し訳ないのだが……」
「身に余る光栄にございます。それでは明日の朝から、朝食前に行いましょう」
「ありがとう。よろしく頼む」
アルカイオスは一礼して部屋から出ると、廊下をざっと見渡し感覚を研ぎ澄ませる。
(……やはり、聞き耳を立てていたな)
ふん、と鼻を鳴らすと、アルカイオスは武装を解かぬまま扉の前に陣取った。
夜が明け、空が白み始めた頃。アフラは顔を洗い、身支度を済ませると窓の前で座禅を組み目を閉じる。これはアフラが毎朝行っている魔法の修練のひとつで、自分の中にある魔力を体の隅々まで行き渡らせ、またそれを知覚するものだ。
(……気配を探る修練も、してみるか。森で精霊に襲われたこともあるからな……)
焦らず、少しずつ魔力を外に向ける。『死なず』となったからか、以前よりも使える魔力に余剰が出てきたように思える。自分を中心にじわじわと魔力を広げると、自分の下──つまりは地下に気配が通るのを感じた。
(この屋敷は地下があるのか。珍しい……いや、公にされていないだけで案外あるものなのか)
王都からの脱出に使った地下通路を思い出す。しかし余計なことを考えたせいか集中が途切れ、いかんな、とアフラは頭を振った。
(仮にも生まれついて魔法が使える身であるというのに、この程度で集中を切らすとは情けない)
魔法を使えるかどうかは、まず本人に素質があるか否かで明確にふるい分けられる。素質が無ければどれだけ努力しても魔法を使うことは叶わず、素質があるとしても実際に魔法が使えるようになるには最低でも十年は修行しなければならない。マハ国では魔法の素養がある者は千人に一人とされるが、その中で魔法を実際に使えるようになる者はほんの一握りだ。訓練も何も受けることなく生まれながらにして魔法が使える者はまずいなく、百年で一人いるかいないか、といったところである。
窓の外を見てみると修練を始めた時よりも明るくなっている。続けるか迷っていると、扉を叩く音がした。




