密談
「あれが今回攻めてきたキリクのやつらか……」
「バカだなあ、マハ国に勝てるわけないってのに」
「いつかおれもセリオンさまのきへいになるんだー!」
ワルフラーン達は市井を歩かされ城の牢に繋がれる。屈辱に唇を噛み締めるワルフラーンが顔を上げた頃には、外はとっくに夜になっていた。
「……ワルフラーン様……」
「……僕は諦めない。諦めないからな」
「はい。……! 誰か来ますな」
牢屋の兵士が扉を開ける。入ってきた人物の顔は暗くて見えなかったが、伸ばされた手にワルフラーンは身を強ばらせる。
「手を出せ。どちらでもいい」
「っ……お前、セリオンじゃないな……」
「右だな」
「誰だ、お前は!」
男はワルフラーンを無視して右腕を無理矢理掴むと袖を捲り金属の輪をかける。そしてワルフラーンと従者の足枷を外すと、着いてくるよう短く促した。
「何なんだ……一体……」
「ワルフラーン様、これは好機ではありませんか」
目だけで後ろを振り向けば牢の兵士は着いてきていない。無愛想な男に連れられ二人は城内を進んでいるが廊下に他に人がいる気配は無く、従者の言う通り絶好の機会に思えた。
「……いや。まずは、要求を聞いてからだ」
「……かしこまりました」
ワルフラーンはどうにも、この隙だらけの状態が危険に思えた。兵がいないとこうも心細いものか、と自嘲する。
「入れ」
ワルフラーンは大人しく男に従いその部屋に入る。人一人が通るのがやっとな扉とは裏腹にその部屋は不思議と広く、絨毯が敷かれ席が設けられていた。
「……セリオン!」
「大人しく来たじゃねえか。まあ、精霊を封じられりゃそうするしかねえだろうな」
「何だと!? お前、僕に何をした!?」
「……気付いてなかったのかよ」
セリオンは杯を呷ると確信した。
(こいつは、極度に精霊に好かれている「だけ」だ)
「タカ。護石を置いて、そいつの片手を自由にしてやれ」
「はい」
タカと呼ばれたワルフラーン達を連れて来た男は、懐から大粒の紫水晶を取り出すと部屋の中央に置く。右手の枷を外されたところでようやくタカの顔を見たワルフラーンはぎょっとした。タカの両目の下から頬にかけて、異形の化粧が施されていたからだ。
「な、なんだ? その化粧は」
「……」
タカはワルフラーンの問いを無視する。
「さて。お前がバカの攻め方をしたから、キリクは一万の兵を失ったばかりか賠償までしなきゃならねえわけだが……」
「賠償!?」
「当たり前だろバカが。だがその前に、お前には正直に話してもらわなきゃならねえことがある」
「な……なんだ」
「お前──精霊と意思疎通はできてんのか」
「っ!」
セリオンの質問にワルフラーンは声を詰まらせた。その反応を見てセリオンは大きな溜息をつく。
「できてねえってことだな」
「い……いや、でも、彼らは僕の言うことは聞いてくれるぞ!」
「お前が精霊のやってる事の意図が読めなきゃ意味ねえんだよバカが」
「バカバカ言うな!」
「正真正銘のバカだろうが、お前は」
「く……い、意味がないって、どういうことだ」
自分に出された果実水を啜りながらワルフラーンはじっとりとした目でセリオンを睨む。
「例えば、お前のその果実水に毒が入っていたとする」
「……ふむ」
「すぐに消さなければ死ぬ猛毒にお前がのたうち回り、「助けてくれ」と精霊に頼んだら、どうなる?」
「……? 助けてくれるぞ?」
「善性の精霊ならな。だがお前が頼んだ精霊が悪性の精霊だったなら、そいつは己の感覚に従って──死をもって、お前を苦しみから解き放つだろうよ」
「な……そ、そんなわけ!」
「精霊というのはそういう存在だ。お前は殊更精霊に好かれているが、精霊がお前の機嫌取りをするようになったらどうなる。お前の気分次第で気候が変わりでもしたら、巻き込まれるのは民衆だ」
ワルフラーンは声を失った。自分がこれまで頼りにしてきた存在が、ここまで危険なものだとは知りようもなかったのだ。
「な、なら、お前は僕に何を要求するんだ! 僕は叔父上に、マハを落とすまで帰ってくるなと言われてるんだ。僕は諦めないぞ!」
「そうかよ。随分必死なことで」
「この国を落とせば、僕がマハとキリクの王になるんだ。諦めるものか!」
「……へえ」
セリオンがにやりと笑った。
「それじゃあ、こっちの頼みを聞いてくれればお前がキリクの王になれるようにしてやるよ」
「……?」
「流石に分かってるだろうが、お前にこの国を落とすのは無理な話だ。一生かかってもな。だがキリクの王になりたいならバカ正直にお前の叔父に従うより、強国の力を借りるのが手っ取り早い」
「叔父上を攻める……のか?」
「状況次第だが、まあそうだな。別に殺すって訳じゃない。お前が王だと認めさせればいいってだけだ」
「僕が……王と……」
ワルフラーンは口元を押さえて考えるふりをしていたが、その口元は緩んでいた。
「……っいいだろう! 僕は何をすればいい!」
「俺の弟に届け物をしてもらう。おい、あれを出せ」
タカは布で厳重に包まれた棒状のものを二人の前に置く。それを解くと、ワルフラーンは感嘆の息を漏らした。
「これは見事な……」
「この剣はクワルナフ。お前、試しに抜いてみろ」
現れたのは黄金色の柄と鞘が特徴の刀剣だった。ワルフラーンは抜こうとする……が、不思議なことにクワルナフを抜くことはできなかった。
「どうしてだ? 錆びてもいないのに」
「こいつは今のところアフラしか抜けねえ。理由は分からねえがな」
「ふうん……。まあ、分かった。この剣をお前の弟に届ければいいんだな。それで、その弟はどこにいるんだ?」
「シャルダームにいたが、そこから行方が分からなくなってる。だが、大体の目処は立つ。西の──グラシャを目指してるだろう」
「ん? なんだ、出て行ったのか?」
「まあ、そんなところだ。手筈は任せるが、こいつを監視につける。逃げればお前達諸共キリクを燃やしてやるよ」
セリオンがタカを指すとワルフラーンは露骨に嫌そうに顔を歪めた。話がまとまると、屈強な兵士がむんずとワルフラーンの襟首を掴む。
「は? なっ、なに?」
ワルフラーンは抵抗する間もなく、王都から外に放り出された。
「ちくしょーーーーーっ!!」
遠くに聞こえる叫び声を耳に、セリオンは麦酒を呷った。
「馬鹿の相手は疲れる」




