マハーカーラ
王都ニルヴァーナは歓喜に満ち溢れていた。
「我らが王!」
「大いなる王者!」
「マハ国に栄えあれ!」
先王シャフリーズ三世の葬儀が行われた一週間後、新王セリオンの戴冠式が行われた。
「はあ……かっこいい……!」
「おれも王様みたいな戦士になるんだ!」
「流石マハ国一の色男。ご婦人方からの人気が凄まじいですな」
赤紫色の髪に紅瞳のセリオンは非常に見目の良い男前であった。城壁から民衆に見えるところに姿を現すと黄色い声が一層強くなる。
「陛下、我らもいっそうの忠誠を誓いましょう」
「ああ」
「ときに、陛下。キリクから王族が来ております」
「……」
ち、と舌打ちし、セリオンは謁見を許した。他国から参列客が来るのはおかしな話では無いが、長年不仲であるキリクからは参列の申し出は無く招待状も送っていない。しかし来てしまった以上、相手をしなければならないのが現状だ。
セリオンはこれまで戦いに明け暮れた身だが、王となった以上政をしなければならないのだ。父の振る舞いを思い出しながら、謁見の間に座る。
「キリク国公子、ワルフラーン様。御入室でございます」
そうして扉が開いた時、セリオンは左手がひりつくのを感じた。
入ってきたのは金髪の、こちらも見目麗しい貴公子だった。恭しく膝を着き、祝福の言葉を述べる。
「マハ国国王、セリオン陛下。この度は誠におめでとうございます」
「ワルフラーン公子、遠路遥々よくぞ参られた。しかし、どういう風の吹き回しか」
「はい。私は此度、陛下に王位の返上を勧めに参りました」
「──ほう」
兵士が剣を抜こうとするがセリオンはそれを制する。
「お前、何者だ」
「私はキリク国第一王女デュナシャンドラと──マハ国王シャフリーズ三世の息子、ワルフラーンでございます」
「な……!?」
「ありえん! シャフリーズ三世に子はおらず、だからこそ天は啓示を与えられたのだ!」
「確かに我が母は当時子を産めず国に帰されましたが、その頃には私が腹におりました。私はマハ王家の正統な後継者なのです。その証に、私の友をお見せしましょう」
ワルフラーンが手を挙げると魔力が唸りを上げる。そこに現れたのは全身から軽やかな光を放つ四体の精霊だった。
「お前……精霊使いか」
「ええ、これが私が天より授かった力にございます。とはいえ、この力で民を苦しめる気はありませんが……私達には貴方がたを攻撃する準備はできております」
「……ふん」
セリオンが立ち上がる。ワルフラーンは向かってくるセリオンから自分を守るよう精霊を動かしたが、セリオンはその程度では止まらなかった。
「陛下!」
「お前らは手を出すな!」
「精霊に盾つこうというのですか。流石は、蛮勇を轟かせたセリオン──」
ぱん、と一体目の精霊が弾ける音がした。
「え」
二体目も殴打によって弾かれる。
「……なんで?」
三、四体目もセリオンの拳によって霧散した。
「口ほどにもねぇな」
「うあっ!」
セリオンはワルフラーンの襟首を掴み持ち上げた。そこで初めてワルフラーンが恐怖の表情を浮かべる。
「単身乗り込んで来た事だけは褒めてやる。だがマハ国の王であるこの俺を、この程度でどうにかできると見誤りやがって」
「ぐ……あっ……い、いいのか、僕にこんな……っ。貴方の兄弟だって……」
「知ったことじゃねえな。だが、アフラに悪性の精霊をけしかけたのはお前か」
「っ!? ど……うして……」
「この程度に引っかかる奴が対等に話せるとでも思ったか!」
セリオンはワルフラーンを投げ捨てた。
受け身を取ることもできず這いつくばったワルフラーンだが、精霊の燐光が散る。
「《僕を逃がして》!!」
「……!?」
ワルフラーンがそう叫ぶと、その燐光に攫われるように彼の姿が消えた。
「消えた!?」
「まさかここから逃げたというのか……!?」
「……どうされます、陛下。探しますか」
「いい。どうせ見つからん。それよりガルガン、騎兵を五百ほど編成しておけ」
「陛下。よもや、キリクが攻めてくると?」
「莫迦は何をするか分からんが、俺なら事前に兵を伏せて三日以内に攻める。尤も、あそこまで近付いたなら首を斬ったがな」
「成程。承りますが、密かにさせて頂きたい故少々お時間を頂いてもよろしいか?」
「元よりそのつもりだ。くれぐれも民に気取られるなよ」
「はっ」
ガルガンが下がるとセリオンは細く溜息をつく。厭な予感がする、と眉間の皺を深めた。
その翌朝。
「セリオン陛下!! 王都正面に土煙が!!」
「敵襲にございます! キリクの騎兵と歩兵、合わせておよそ一万!!」
「………………」
びき、とセリオンの額に青筋が浮かぶ。
「やってきましたなあ!」
「お前は笑ってられるからいいものだな」
「いやあ、あれは正真正銘の阿呆か、はたまた天賦の軍才か……さて、陛下はいかがなさいますかな?」
「打って出る。ガルガン、お前は門の内側を守れ」
「承知。騎兵の準備は既に整っております」
「ああ。向こうからやってきたなら、見せしめになってもらおう」
式の翌朝だというのに王都はざわめきが勝っていた。しかし、騎馬の馬蹄が響くとそのざわめきは徐々に高揚へと変わる。
「陛下!?」
「セリオン様よ!」
「こ、こんな近くで王を見ることになるなんて……!」
セリオンは南門の前まで進むと、馬を返し民衆と相対する。
「我が民よ!! 王の戦を見せてやる!!」
「「「おおおおおおっ!!!!」」」
民衆の怯えをセリオンは一瞬で期待に変えた。外套を翻し、腰に差した曲刀を抜く。
「赤竜の加護ぞあらん! 突撃!!」
「「「「「うおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
セリオンの駆る赤馬が先陣を切り、敵の正面にぶつかった。曲刀を振るうと軽やかに敵と馬の首が落ち、四方から迫る槍を受けるとひと振りで破砕する。
「な……敵は五百ぽっちだぞ!?」
「怯むな! 押せーっ!!」
ある程度敵を引きつけ圧すとセリオンは騎兵を下がらせ、隊列を整えるとまた突撃を仕掛ける。その勢いに万の軍勢であるキリクは圧され、セリオン達が引いても体勢を立て直せず、攻めているのはキリク側である筈なのに最初にぶつかった場所から少しも進めていなかった。
「く、くそっ……横に広がれ! 数で圧倒するんだ!」
キリクの軍を指揮するのはやはりワルフラーンだった。陣形が変わろうとするのを見ると、セリオンは右腰に差していた曲刀を抜く。
「流石はガルガンが揃えただけある。精鋭だな」
「有り難きお言葉! 身に余る光栄にございます!」
「一兵も通すなよ。惹き付けてやる」
「ははっ!」
セリオンは赤馬の腹を力強く蹴る。すると赤馬は空高く跳躍し──キリク軍の第一陣を越え、ワルフラーンを眼中に捉えた。
「な、なにーーっ!?」
「バカな! 一国の王が、敵陣へ飛び込んでくるなど!」
「も、戻れ! 公子をお守りしろ!」
「……さて。何人壊せるかな」
「ひっ!」
曲刀が舞う。迫る刃をいなし、曲刀は触れたものを悉く斬り裂き、第二陣に大穴を空けた。
「と、止めろ! 何をしてる!」
「無理です! あの強さ、尋常ではありません!」
「お前達には精霊の加護をかけてるんだぞ!? 負けることは許さない!」
(そんなこと言ったって……!)
「セリオン陛下を援護せよ! 突撃!!」
「っ!? く、来る……!!」
気付けばキリクの第一陣は壊走していた。セリオンは左手の曲刀を収めると、その手で赤馬の首を叩く。
「よーし。もう一発、跳ぶか」
「──《精霊達よ! 僕を護って!》」
百騎ほどを率いてセリオンはワルフラーンの本陣に突進する。そして突出した兵をいなすように跳躍すると、ワルフラーンのまさに真正面に飛び降りる。その着地点を見逃さず精霊が待ち構えていたが、赤馬は迷うこと無くその蹄で大地を穿ち精霊はあえなく吹き飛ばされた。
「うわっ!!」
「お前、学ばねぇなあ?」
「ぐえっ!」
曲刀の峰でワルフラーンを馬上から叩き落とし、セリオンはその切先を喉元に突き付けた。
「見ろ。あれだけいた兵士はもうこれだけになった。お前が精霊に頼り、加護をアテにした結果、お前を守る人間はひと握りだったって事が分かったな」
「ぐ、う……」
「こ、公子が……」
「ど、どうする!?」
「どうもこうも、ありゃどうすることもできねえよ!」
「あのバカ公子に付き合ってられるか!」
キリクの兵は散り散りになり、ワルフラーンに付き従う者達は一人残らず縄をかけられた。




