血の綴字
「……!」
「っ……!」
「なんと……これ程までとは……!」
テーブルに並べられた料理は庶民の平時と比べれば豪勢な程度だが、アフラ達が声を失っているのはそれが理由ではない。
「美味しい……! すごく美味しいぞ、ニーシュブル!」
「ほっ、本当ですか!? いえ、お世辞でもうれしいです……!」
「世辞などではないよ。ただの野菜のスープをここまで美味しく作れる者はそう居るまい」
「確かにこれは見事だ……」
「ああ、この腕は誇っていい。俺も肉体を作る上で材料にも多少は拘っていたが、ありふれた素材でよくここまでのものを作れたものだ」
「え、えへへ……」
昼餉とは打って変わって和気藹々とした食卓にアルカイオスも微笑む。空腹が満たされ、落ち着いた頃にアフラは意を決したようにニーシュブルに問いかけた。
「ニーシュブル、お主の居たところは……娼館か?」
「……はい……」
「やはりな……。ニーシュブル、最近税が上がったという話は知っておるか?」
「いえ……。あ、でも。ぜい、というのはよく分かりませんが、石鹸を無駄遣いするなって怒られた子がいました。ねえさん達の香油はなにも言われないのに……」
「石鹸……。その娼館で、体調を崩した者はいるか?」
「! はい、います……! でも、なんでか薬を買ってもらえてないんです……」
「今までは違ったのか?」
ティールの問いにニーシュブルは頷く。
「あたしが思うかぎりですけど……あたしがいたところは他に比べたらずっとましなところだったと思うんです。お客さんも身なりのいい人が多かったですし、あたし達みたいな使用人にもちゃんとした服を着せてくれました。体調がよくないねえさんにも、無理に出なくていいって言うくらいで、薬だってくれたんです。でも……」
ニーシュブルの言う通り、彼女のいた娼館はそれなりの店だったのだろう。彼女の着ている使用人の服は飾り気は無いものの仕立てはよく、その店の「こだわり」が窺える。
「ニーシュブル、その変化は大体いつ頃からだった?」
「えっと……四日、くらい前だったと思います」
「そうか。ありがとう、ニーシュブル。沢山聞いてすまなかったね」
「いっ、いえ! アフラ様のお役に立てたならなによりです!」
「寝る前に桶に湯を張ってもらっていいかな。体を拭きたい」
「わかりました!」
ニーシュブルが湯を沸かしに離れるとそれまでにこやかだったアフラの表情が険しくなる。
「ティール、税収表を手に入れることはできるか」
「明日の昼までには何とかしましょう」
「頼む。……もし、私の予想が当たったならば、明確に、シラを罰する理由ができる」
「それは……何故です?」
「……法というのは、時として血で書かれたものだからだ」
アフラは詳しく語ろうとはしなかった。アフラが体を拭いている間、越影号の様子を見に行こうとしたアルカイオスをティールが呼び止める。
「アルカイオス、お前にはもう少しこの国の歴史を教えておく必要があるな」
「……先のアフラ様のお言葉か?」
「そうだ。殿下の仰る通り、法とは、特に人の命に関わることは先人の血で書かれている。まあこれはどこの国でもそういうものだろう」
アルカイオスも頷く。
「この国には税をかけるにも決まりがある。税をかけてよいものとかけてはならぬもの、税を加重してよいものとしてはならぬものがある」
「水か?」
「聡いな。水は税をかけてはならぬものだ。色々あるが、水と塩は税をかけてはならない決まりになっている。殿下が危惧していらっしゃるのは、税をかけても重くしてはならないものだ」
「……謎かけのようだな」
唸るアルカイオスにティールは短く笑ったが、楽しそうではなかった。
「税をかけても重くしてはならないものは、薬や石鹸だ」
「薬は分かるが……石鹸がか?」
「ああ。言っただろう、人命に関わる法は血で書かれていると」
「っ……」
「……十五年ほど前のことだ。この国に、とんでもなく悪辣な病魔が流行ってな。全身の穴という穴から血を吹き出す熱病が蔓延したことがあった」
アルカイオスは絶句した。忌むべき記憶をそれでもティールは語る。
「その病魔は血を媒介に流行った。大勢死んでな、遺体も燃やすしかなかった。薬も祈祷もさして効かず、身を清め血を洗い流すことでようやく防ぐことができた」
「……成程、そういうことか……」
「城中の医官が王に詰め寄ったのは後にも先にもあの時くらいだろうよ。身を清め清潔にすることは他の病魔にもよく効いたのでな、石鹸にかかる税は少ないのだ」
さて、とティールは街の地図を広げる。
「そろそろ本格的に若君を捜すとしよう。目星はついているが、尻尾が掴めん」
「お前がか?」
「恐らく精霊の力を借りている。これに関しては流石の俺でも才が無いからな、どうしようもない」
「しかし、アフラ様にこのような雑事をさせる訳にはいかん」
「分かっているさ。幸い、運はこちらに向いてきている」
ティールは何やら紙にしたためると、少し出ると言って家を出た。




