アルカイオスの友人
途中道沿いの村で一晩宿を借り、翌日二人はメサに到着した。
「ここがメサだな」
「ええ。お疲れではありませんか?」
「平気だ。そのお前の友人……ティールはどこに住んでいるのだ?」
「あちらです」
アルカイオスが指したのは、街の中心から離れた小高い丘に建てられた一軒家だった。
「流石にこの時間まで寝こけていることもありますまい。行きましょう」
「ああ」
シャルダーム山に比べれば丘の一つは楽なものだった。軒先にスエンと越影号を繋ぎ、アルカイオスは戸を叩く。
「ティール! 俺だ、アルカイオスだ!」
「……返事が無いな」
「構いません。入るぞ!」
家の鍵は開けられていた。勝手知ったる様子でアルカイオスは扉を開ける。そこには──太陽の光で己の肉体を照らす、全裸の男がいた。
「……」
「……」
「おお、アルカイオス! 久しい──」
アルカイオスはそっと扉を閉める。
「申し訳ございません、アフラ様。少々お待ち下さい」
アルカイオスは扉を最小限だけ開き素早く中に入る。そして。
「服を!!!!!!!!!! 着ろ!!!!!!!!!!」
街中に聞こえるのではないかと思う程の怒声が響き渡った。
「これはアフラ殿下! まさかこのようなところでお会いするとは思いませんでした!」
「お主は……もしや以前、城で占星術師をしていなかったか?」
「ご明察でございます、殿下。しかし今はしがない隠者でございますれば」
「ティール、先にお詫びしろ。俺は汚いものを見せるためにアフラ様を連れてきたのではない」
「詫びることなどひとつも無い! 我が肉体美に罪などありませぬ!」
「喧しいわ!」
そう言うティールは服を着ているものの大分薄着だ。水色の長髪に翡翠色の瞳が美しい美丈夫ではあるが、先にアルカイオスが言っていた通り中々に癖のある人物である。
「殿下の身の上は聞き及んでおります。父王の崩御に際して兄上に斬られた、と」
「知っていたのか……!?」
「空を見ればただならぬことが起きたのは瞭然でありました。仔細は、城に伝手がありましてな」
「そうか……」
「しかし、丁度昼時ですな。何か作りましょう。掛けてお待ち下さい」
「あ、ありがとう」
程なくしてテーブルに料理が並んでいく。温かな薄パンやスープだけでなく鹿肉をタレで焼いたものまで出され、アルカイオスも驚いたようにティールを見た。
「どうした、随分豪勢だな」
「なに、たまたまさ」
「ありがたい。いただこう」
ティールの料理はシンプルながらも肉の切り方やスープの味付けはアフラが見ても中々のものだった。
「……さて、それでは改めまして。私はティールと申します。以前は城に勤めておりましたが今は一介の隠者に過ぎませぬ。なにゆえ私をお尋ねに?」
「うむ。お主はアルカイオスより頼りになる男と聞いてな。私達はこれより西の国……ひとまずはグラシャに向かうのだが、お主の力を借りたいのだ」
アフラはこれまでの事情を掻い摘んで話した。一通り聞き終わるとティールはやや思案する。
「成程、事情は分かりました。私個人としては是非とも、殿下にお供したい所存でございます」
「本当か!」
「ですが、私には先にこの街で果たさねばならない事柄があります。非常に心苦しくありますが、それが終わらねば私は発つことができませぬ」
「……この街で何が起きている?」
「そうですな……これは殿下にも関係があることです」
神妙な表情に緊張が走る。
「メサの領主、カミル殿のことはご存知ですかな」
「ああ。名前だけだが……」
「そのカミル殿ですが一週間ほど前に亡くなられました。そして、その子息が時を同じくして行方不明となっています」
「何と……!」
「現在、この街を初めとしたメサ領の統治はカミル殿の弟であるシラという男がしておりますが……カミル殿の遺言状が見つからないと言っておりまして。にも関わらず、奴は領主として政をしているのです」
「それは……いかんな」
「宜しくないのですか?」
「シラという者は認められていないにも関わらず諸侯を名乗っているということだ。本来であれば先代が死した場合その長子が跡を継ぐのがマハの法で決められておる。しかし長子が幼いなどの理由があれば、先代が書面で代行者を指定してもよいことになっているが……。ティール、カミル卿の息子は何歳だ?」
「二十四にございます」
マハ国では男子は十八歳から大人と看做される。
「子供ではないな。ティール、お主はカミルの親族から頼まれて調べていたのか?」
「いいえ、これは私のお節介です。カミル殿には生前、大変世話になりました。しかし……シラがよい政をしているのであれば、私も首を突っ込みはしません」
「……」
「アルカイオス、お前は真っ直ぐここに来たのだろう」
「ああ」
「殿下、どうぞ街に降りてその様子をご覧になって下さい。殿下は今、危うき立場にございます。どのようになさるかは、殿下がその目で見てお考えになるのがよろしいかと」
「……分かった」
アフラは外套のフードを被り扉に向かう。アルカイオスもそれに続いた。