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王宮の獣護 ―日常―  作者: 夜夢子


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13/14

初めての外/初めての一人

【登場人物】

フーリェン(11)…臆病な子狐。外の世界へ出る練習中。

ユキ(14)…ナージュの娘。シュアンランの姉。気が強い。

ナージュ…シュアンランとユキの母。フーリェンの専属医。

ベルトラン…自軍でフーリェンの面倒を見ている。

ジンリェン(11)…神経質な子狐。弟がいないと不安。

シュアンラン(12)…好奇心旺盛な子狼。双子とはかなり打ち解けた。

リウ…ユキとシュアンランの父。第三軍の兵士。

彼女に初めて出会った日のことを、今でもよく覚えている。




**

「フーリェン、紹介するわ。この子はユキ。私の娘で、シュアンランのお姉ちゃんよ」


ナージュはそう言って、自身の足にしがみついたまま離れようとしない小さな子狐に声をかけた。促すように手を引いて前へ出そうとするも頑なに動かないその様子に、ナージュは困ったように眉を下げると、背後で黙って自分たちを見守っていた男へと視線を送った。


視線を受け取った男は、小さく息を吐いた。やれやれとでも言いたげに肩を落とすと、仕方ないとばかりに歩み寄り、華奢な背中に手を添える。そして、ほんの少し力を加えて、彼を前へと押した。


大人二人がかりでようやく一歩を踏み出させられた子狐――フーリェンは、今にも泣き出しそうな顔で、目の前の少女を見上げた。


「……ちょっと母さん。この子ほんとに十一歳なの?」


ユキは遠慮のない声で言う。


「どう見ても隣のヘレナより幼いじゃない」

「まあまあ、そう言わないであげて。緊張しているだけよ」

「それは、見れば分かるけど……」


怪訝そうに言いながら、ユキは改めてフーリェンへ視線を向けた。逃げ場を探すように立ち尽くしたままの彼を見つめ、わざとらしいほど大きく「はぁ」とため息をついてみせる。そして、ずいっと彼女は右手を差し出した。


「初めまして、フーリェン。今日から3日間、よろしくね」


フーリェンは差し出された手とユキの顔とを、何度も交互に見比べた。しばらく迷った末、その手を両手で包み込むように握り、声は出さないものの、こくりこくりと小さく頷いた。


「俺は一度王宮に戻る。夜にはリウが来るから、それまではナージュとユキと過ごせ」


彼の様子に一先ず安心したベルトランは、そう言ってフーリェンの前に屈むと、くしゃくしゃと小さな頭を撫でた。乱暴にも見えるその仕草は、けれど不思議と乱雑ではなく、短い時間の中で伝えられる精一杯の気遣いだった。


彼はナージュと短く言葉を交わすと、そのまま踵を返した。背中が通りへ向かって遠ざかり、やがて角を曲がって見えなくなる。


「ほら、行くよ」


ベルトランの背が見えなくなると、ユキは迷いなくフーリェンの手を取った。


フーリェンは思わず、今しがた見えなくなったベルトランの姿を探して後ろを振り返った。けれど、そこにはもう誰の姿もない。


促されるまま、彼はユキに引かれて歩き出す。そのまま家の中へ――初めて、兄のいない場所へと、フーリェンは足を踏み入れていったのだった。



ーーーー

「でさ、父さんも母さんも俺に黙ってたんだよ! 姉ちゃんも知ってたのに。なんで俺だけ除け者なんだっての」


憤慨した様子で吐き出すシュアンランに、ジンリェンは肩をすくめた。


「それはお前……聞いてたら、俺も帰るって聞かなかっただろ」

「そりゃ……まぁ、うん」

「歯切れ悪りぃな。図星かよ」


やれやれ、と小さく息を吐き、ジンリェンは視線を空へと移した。そこには、雲がひとつ浮かんでいるだけの空がある。何の変哲もない、いつもと同じ空。


――なのに。


心のどこかにぽっかりと穴が空いたようで、何をするにも落ち着かなかった。


今朝方、ベルトランとナージュに連れられて、フーリェンは王宮の門をくぐり、外の世界へと踏み出していった。


ここへ来てから、四年と少し。離れて過ごすのはこれが初めてだった。


「ジンリェン?」

「なに」


探るように向けられた視線に、ジンリェンは顔を向けず、短く答える。この狼は鋭い。ふとした拍子に、心の奥を覗き込まれているような気がして、時々ひどく居心地が悪くなるのだ。


「なぁ……フーリェンがいないってことはさ」


シュアンランは少し言い淀んでから、続けた。


「夜、一人で寝るのか?」

「…そうだけど」

「じゃあさ! 俺、夜お前たちの部屋に行ってもいいか?」

「……は?」

「いや、一人じゃ寂しいじゃん? 俺たちもやろうよ、“お泊まり会”」


彼の唐突な提案に、ジンリェンは眉をひそめた。


「お泊まり会って、お前……」

「なあなあ、いいだろ? 家から卓上ゲーム持ってきてるんだ」


身を乗り出して、畳みかけるように言葉を重ねるシュアンランの勢いに、ジンリェンは思わず視線を逸らした。


一人で、眠れるか。


その問いが、胸の奥で静かに引っかかる。


「……分かったよ」


断る理由を探すよりも先に、誰かが傍にいることを受け入れてしまった自分に気づかないふりをしたまま、観念したように、ジンリェンはぽつりとそう呟いたのだった。



――――

「あそこの扉がトイレ。こっちはシュアンの部屋。……で、ここが――私の部屋」


そう言って、ユキは静かに自室の扉を開けた。


中は明るい色合いの家具でまとめられていて、どこか柔らかな印象がある。窓から差し込む光が床を照らし、王宮とは違う、生活の匂いが漂っていた。


ユキに続いて部屋へ足を踏み入れたフーリェンは、思わず立ち止まり、きょろきょろと周囲を見回した。視線は壁から机、棚へと忙しなく移り、落ち着きどころを探しているようだった。


「夜まで特にやることもないし……どうしようか」


独り言のように呟きながら、ユキはちらりと背後を振り返るも、当のフーリェンは落ち着きなくしせんがゆれるばかりで、返事をする気配はない。


「……ねぇ、聞いてる?」


そんな彼の様子に、ユキは思わず小さく首を傾げたのだった。

 

結局、その後も特にやることが見つかったわけではなかった。


ユキは小さく息をつくと、本棚の前に立ち、何冊か絵本を抜き取った。相変わらずその場に立ったまま動かないフーリェンを有無を言わせず隣へと引き寄せ、床に腰を下ろさせる。


抵抗もできず、されるがまま小さく身を縮めたフーリェンを隣に、ユキは手にした一冊を開くと、ゆっくりとページをめくり始めた。


「――むかしむかしのおはなしです。うみをこえたずっとさき、おおかみときつねが…」


できるだけ抑揚をつけ、噛み砕くように言葉を選びながら、物語を声に乗せていく。


最初のうちは落ち着かなかったフーリェンの視線も、いつしか挿絵へと吸い寄せられていき、気がつけば物語の行方を追うように、身じろぎもせず聞き入っていた。


視界の端で、白い尾が小さく揺れている。それを横目で確かめながら、ユキは最後の一文を読み終え、そっと本を閉じた。


「おしまい……どう? 面白かった?」


ちらりと視線を向けると、フーリェンは何度も小さく頷いている。その様子に、ユキは少しだけ口元を緩めた。


「それは良かった」


そう言いながら、平積みにした絵本の中から、先ほどよりも少し厚みのある一冊を取り上げる。再びページを開いて読み始めると、フーリェンはほんのわずか、けれど確かに――嬉しそうに体を寄せてきた。


そうして、傍らに積み上げた絵本をすべて読み終えた頃。


階段の下からナージュの呼び声が聞こえ、ふたりは揃ってリビングへと向かった。


先程よりも落ち着いた足取りでユキに手を引かれて歩くフーリェンの姿を見て、ナージュはふふ、と小さく笑った。


「フーリェン、たくさん食べるのよ」


手を引かれて椅子に座ったフーリェンを確認してから、ユキは少しだけ背筋を伸ばす。


「せーので言うからね。せーの――いただきます」

「……い、いただきます」


ほんのわずか遅れて、か細い声が続いた。


それを聞いて、ユキは満足そうに一度だけ頷くと、何も言わずにスプーンを動かし始める。フーリェンもその様子を真似るように、スプーンを手に取り、小さな一口を慎重に口へ運んでいった。


「シュアンはなんて言ってたの?」


食事の合間に、ユキは何気なく母へとここにはいない弟のことを問いかけた。


「あの子には言ってないのよ」


ナージュはくすりと笑って続けた。


「きっと“一緒に寝たい!”って騒ぎ出すでしょうから。今頃、お父さんから聞いてご立腹じゃないかしら」

「あー……想像つくわ」


ユキは肩をすくめる。


「ねぇ、フーリェン。あいつとは仲良くやってる? 正直、うざいでしょ」

「こら、ユキったら」

「本当のことでしょ?」


突然話を振られたフーリェンは、きょとんとした顔で首を傾げた。“あいつ”が誰を指しているのか、分かっていないらしい。


その様子に、ナージュが穏やかに補足する。


「シュアンランのことよ」


その瞬間、白い耳がぴくりと揺れた。フーリェンは少し考えるように間を置いてから、ぽつりと呟いた。


「……シュアン、ラン……やさ、しい」


それだけの言葉。けれど、それで十分だった。


ユキとナージュは顔を見合わせ、ここにはいない子狼の姿を思い浮かべて、くすりと笑うのだった。


―――

「お邪魔します」


そう言って荷物を抱えたシュアンランは、そそくさと部屋へ入った。扉が閉まるや否や、くるりと一周して室内を見回し、壁際や窓の位置まで素早く確認する。ひと通り目を通し終えると、納得したように何度か頷き、最後にぽつりと呟いた。


「やっぱ、フーリェンがいないと雰囲気変わるな」

「なんでお前はいないやつの話題から入るんだよ……」

「あ、ごめん。特に深い意味はない」


気まずさを誤魔化すような口調に、ジンリェンはふるふると首を振った。


「分かったから。それより荷物置け」

「ここでいい?」

「どうぞ、好きなところに」


促されるまま部屋の隅に荷物を下ろしたシュアンランは、鞄を開いて中を漁り、小さな木箱をひとつ取り出すと、隣でその様子を見つめていた白狐へ向かって「ほら」と、目の前で振って見せた。


「これふたりでできるやつだから、一緒にやろう」


早く早く、と彼に急かされるまま、ジンリェンは部屋の中央に敷かれた絨毯の上へ腰を下ろした。準備を進める狼は終始機嫌が良く、その様子をじっと見つめながら、ジンリェンは静かに口を開いた。


「お前、今日やけにテンション高いな」

「そりゃ楽しいよ。こうやって夜まで一緒にいるの、初めてだろ」

「まあ……そうだけど」


ジンリェンは広げられていく見慣れない道具――“卓上ゲーム”へ視線を落としながら、小さくため息をついた。


目の前の狼が、自分を気遣って必要以上に明るく振る舞っていることくらい、さすがに分かっている。表情に出ている自覚もあった。それでも、この胸の奥に澱む感情をどう扱えばいいのか、答えは見つからなかった。


「これ、“戦盤”とは何が違うんだ」

「え? ああ。これは“双六”。出た数だけマスを進んで、先にゴールした方が勝ち」

「ふうん」


駒を並べながら、シュアンランがふと顔を上げた。


「なあ、戦盤って誰とやるんだ? フーリェン……とじゃないよな」

「ルカ様と。たまに……女王陛下や、アルフォンス殿下とも」

「そこだけ聞くとすげぇな。国中探してもいないだろ、王族と戦盤やる子供なんて」

「ただの暇潰しに付き合わされてるだけだ。……勝てたことは、ない」


肩を竦めてみせると、シュアンランは少し間を置いて笑った。


「今度、俺にも教えてよ。そしたら一緒にできる」

「今度な」


そうこうしているうちに準備は整った。差し出された駒を受け取り、ジンリェンは軽く宙へ放る。


小さな音を立てて、駒は絨毯の上を転がった。




ーーーー

「ただいま。……ん? なんだ、もう寝てるのか」

「おかえりなさい。夕食を食べたあと、そのままね。初めてのことが多くて、疲れてしまったのよ」


帰ってきた男の声に、ナージュは小さく笑う。そんな彼女の膝の上では、子狐がすうすうと静かな寝息を立てていた。


自分の白い尾を胸に抱き込み、丸くなって眠る姿は、まるで柔らかな毛玉のようで――見ているだけで心が緩む。


「心配することはなかったな。何か変わったことは?」

「特に何も。ユキが、ずっと見ていてくれたわ」

「それはよかった。……で、ユキは?」

「お風呂よ。この子、起きそうにないし、今日はこのまま寝かせてしまおうと思って」

「それがいいさ」


よっこいしょ、と年相応の声を漏らしながら、リウはナージュの向かいに腰を下ろした。眠り続ける子狐を覗き込み、その小さな頭をそっと撫でてやる。


「シュアンはなんて?」

「ああ。予想通りだったな。ぷりぷり怒ってたよ。……まあ、ジンリェンと一緒に寝ることになったから、上手くやってるだろ」

「それなら安心ね。離れて過ごすのは初めてだもの。きっと、あの子も不安でしょうし」

「母さん、お風呂あがったよ……って、あれ。父さん帰ってたんだ。おかえりなさい」

「おう。今帰ったところだ」


タオルで濡れた髪を拭きながら現れたユキに、リウは軽く手を振った。そのまま立ち上がり、ナージュからフーリェンをそっと受け取った。


眠りを妨げぬよう、足取りをいっそう慎重にしながら階段へと向かっていった父に続き、ユキもパタパタと早足で後を追った。


「仲良くなれたか?」


後ろからついてきた娘へリウが声をかけると、彼女は少し考えるように首を傾げた。


「んー、多少は。この子、あんまり喋らないから、まだよく分かんない」

「そうかそうか」


リウは短く頷き、どこか含みのある表情で息をつく。


「まあ、いろいろ思うところはあるだろうが……面倒見てやってくれ」

「ねぇ、父さん」


ユキは腕の中の子へ一瞬視線を落とし、それから改めてリウを見上げた。


「なんでこの子、王宮で暮らしてるの? 孤児なのよね?」

「そこら辺は、俺もよく分からん。女王陛下の命だからな。何かしら事情があるんだろ」

「ふうん」


ユキは曖昧に相槌を打ち、もう一度リウの腕の中で眠る子狐の寝顔を見つめた。


問いは胸の中に残ったままではあるが、それでも安らかに眠る彼の姿に、「まあ、いっか」と、ユキは小さく呟くのだった。



――――

「よし、やっとゴールできた」

「結構、時間かかるんだな。このゲーム」


シュアンランが持ってきた双六は、思っていた以上に時間がかかった。窓の外へと視線をやれば、いつの間にか無数の星が瞬いている。


「ふあぁ……。今、何時だ?」

「十一時過ぎたところ」

「うわ、もうそんな時間か。随分夜更かししちまったな。……そろそろ寝よう」

「ベッド、ひとつしかないから。悪いけど、同じベッドで寝てくれ」

「それは全然構わないけど……いいのか? 俺、床でも平気だぞ」

「そんなところで寝たら、明日動けなくなる。布団もないし、床は冷たい」

「確かに。体、バキバキになりそうだな。ありがとう。遠慮なく半分使わせてもらうよ」


そう言って、促されるままシュアンランは部屋に一つだけあるベッドへ身を沈めた。布団をめくり、その中へ滑り込んだ瞬間――ふわりと、慣れ親しんだ匂いが鼻先をかすめる。


「へへへ」


狼の小さな笑い声に、後から布団へ潜り込んできたジンリェンは、怪訝そうに眉を寄せた。


「……ふたりの匂いだ」

「ちょっとその言い方、キモい」

「え……」


目に見えて固まった彼をよそに、ジンリェンは枕元のランプに小さな炎を灯す。淡い光に包まれてほっと息を吐いた彼は、そのまま膝を抱え込んだ。


「まだ寝ないのか?」

「……もう少ししたら。眩しいなら消すけど」

「いや、大丈夫。あんまり夜更かしはよくないよ」


そう言って、シュアンランは先に目を閉じた。


「先寝るね。おやすみ、ジンリェン」

「……おやすみ」

 


いつまで、そうしていただろうか。ぼんやりと小さく揺らめく自身の炎を見つめ続けていると、隣から「……ん?」と、疑問符を含んだ眠気混じりの声が聞こえてきた。ちらりとそちらへ視線を向けると、赤い瞳と目が合う。


「……まだ起きてたのか」


問いかけに、反応はしなかった。無視をするつもりはなかったが、うまい言い訳が見つからない。


ジンリェンはただ、膝を抱え直した。


しばらくして、布擦れの音が静かに部屋に落ちた。

身を起こしたシュアンランが、小さく伸びをする。そのまま様子をうかがうように、こちらの顔を覗き込んできた。


先ほどまで眠気に抗うように何度も閉じかけていた目は、今やはっきりと開かれていた。


「……不安なのか?」

「……」

「怖い?」

「……」

「寂しい?」

「……」

「じゃあ……全部?」


その言葉に、息が詰まった。


枕元のランプの炎が、ぱちりと小さく弾ける。不意の音に彼はびくりと肩を揺らしたが、それでも視線を逸らさなかった。


逃げ場を失ったように、ジンリェンは唇を噛んだ。言葉は出てこず、ただ炎が揺れるのを見つめ続ける。

視線が揺れていることは、自分でも分かっていた。それでも、この胸の奥に渦巻く感情を、この狼に知られたくはない。ジンリェンは逃げるように、膝を抱える腕へ力を込めた。


身を固め、何も語らぬまま、ぼんやりと窓の外へ視線を向ける。しかし思考はどうにか取り繕えても、身体までは誤魔化しきれなかったようだ。


「……ちょっと」


慌てた声と同時に、手首を掴まれた。ぱしり、と音がしたかと思うほどの勢いだった。


反射的に視線を落とした先で、ジンリェンは息を呑んだ。


血に滲んだ指先。白い腕に、はっきりと残る爪痕。


――無意識に、癖が出ていた。


驚いたように目を見開く相手の顔が、ひどく居心地悪い。


ジンリェンは、ぐいっとその手を振り払った。さすがに黙ってはいられず、絞り出すように「……ごめん」とだけ小さく呟く。


けれどシュアンランは責めることもなく、ただふるふると首を振った。


「こっち、向いてよ」

「……嫌だ」

「なんで?」

「嫌だから」

「じゃあ向かなくていい。いいから、一回横になれ」


少しだけ強められた語尾に、ジンリェンの耳がぴくりと揺れた。横目でうかがった先で、またしても真っ直ぐな赤い瞳と視線がぶつかる。


しばらくそうして見つめ合った末、その逃げ場のない眼差しに根負けしたように――ジンリェンは、ゆっくりと布団の中へ潜り込んだ。


先ほどまで狼が眠っていたせいか、布団の中はやけに暖かい。


ジンリェンがきちんと横になったのを確かめると、シュアンランも布団へ戻り、そっと距離を詰めた。彼はそのまま何も言わず腕を伸ばし、丸くなった身体を静かに抱き寄せた。


「おやすみ、ジンリェン」

「……おやすみ、シュアンラン」


耳元に落とされたその声に、目元に滲んだ涙が零れ落ちぬよう、ジンリェンはぽつりとそう返し、静かに目を閉じたのだった。

 


初めての外/初めての一人2 へ続く。

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