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王宮の獣護 ―日常―  作者: 夜夢子


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12/14

三つ編み★

【登場人物】

フーリェン…主人公。素は弟気質。

ジンリェン…フーリェンの兄。たまに弟の奇行に付き合わされる。

シュアンラン…双子の幼馴染。フーリェンのことが"大好き"。

オズ…第四軍の新兵。

よく晴れた昼下がり。


兵士たちは昼食を求めて食堂へと出払っており、広い訓練場には一時的な静けさが訪れていた。


風が草を揺らし、乾いた土の匂いが漂う。そんな穏やかな訓練場の端にある木陰の中に、三人の獣人が並んで腰を下ろしていた。


そのうちの二人は白狐。兄のジンリェンと弟のフーリェン。透き通るような白髪を持つ双子だ。その間に挟まれるように座っているのは、灰銀の狼シュアンラン。双子よりもがっしりとした体格の彼は、両側の双子にいじられながらも、抵抗するでもなく、ただ苦笑いを浮かべていた。


左ではジンリェンが彼の手をじっと観察している。右ではフーリェンが灰銀の尾を膝に抱え、真剣な表情でやや硬毛な灰銀の毛を器用に編み込んでいた。


「……なぁ、お前ら何やってんの?」


 耐えきれずに、声を上げる。


「いや、なんかお前の手ってその顔の割にごついよなって思ってさ」

「……それ、褒めてんのか?」

「褒めてる褒めてる」


軽い調子で答える兄の声など気にも止めず、フーリェンは黙々と作業を続けている。


「で、フー。お前は何してんだよ」

「え? 三つ編み」

「それは見たら分かる。なんでだよ」

「そこに、編みやすそうな尻尾があったから」

「さいですか……」


額を押さえ、ため息をついた親友の姿に、ジンリェンはくくっと笑い、口元を緩めた。


「まぁ、被害が尻尾だけで済んでるなら良い方だろ」

「おい、兄弟そろって俺を実験台扱いすんな」

「んー……似合ってるけどね」


フーリェンが淡々と告げ、器用な指先で最後の束をきゅっと結んだ。


「似合ってるって……尻尾に三つ編みってどういうセンスだよ」

「可愛いぞー。……あ、お前の生命線すげぇ長ぇな。こりゃ200年は生きるやつだ」

「それはさすがに生き過ぎだろ…。嫌だよ俺最後に死ぬの。お前らが見送ってくれよ」

「僕も最後は嫌だ」

「俺も嫌だわ」


続けざまにそう口にした双子の言葉に肩を竦めつつ、「じゃあランシーに頼むしかないか…」と不在の獅子の男へと期待を寄せると、ふたりはケラケラと笑った。


しばし、風の音だけが三人の間を満たした。


「お前、昔から編み込むの好きだよな。ジンもよくやられてたろ」


シュアンランがぼんやりと尾を眺めながら言う。


「…教えたことないんだけどな。いつの間にかできるようになってたんだよな」

「暇だったんだよ。正直部屋にいたってやることないし、なんか自分の毛いじってるうちにできるようになった」


フーリェンは小さく笑いながら答え、指先でもう一度編み目を整える。


「こいつ、力加減知らなかったからな。俺の毛が何度犠牲になったことか……」


げんなりとジンリェンが漏らすと、シュアンランは笑いながら尾を振った。


「お前の尊い犠牲のおかげで、俺の毛並みは無事なわけだな」

「感謝しろよまじで」


そのままちまちまと編み込みを続ける弟狐の手元を覗き込んでいたシュアンランが、ふと思い出したように顔を上げた。


「そいや、昔といえばさ」


そんな思い出話の合図に、双子はそろって視線を向ける。


「能力制御の訓練がてら、俺が氷出して、ジンが溶かす作業を永遠繰り返した時期あっただろ?」

「あぁ、あったな。そんなこと」

「全部溶かすなっつってんのにさ、人の話聞かずにばかすか出した傍から溶かしてくどこかのアホのお陰で、俺の方が先に反動きてダウンするまでがオチだったよな」

「おい、ちょっと盛ってんだろそれ。ちゃんと少し残してたじゃねーかよ」

「人丈の氷柱を親指サイズだけ残すのは、残してるとは言わねー」

「しゃーねーだろ、残んねーんだよ。俺の方が強いんだから」

「あ?言ったなお前」

「まぁけど、今じゃどっちが強いか分かんないよね」


手元の三つ編みに集中しながら、フーリェンがぽつりと呟く。


その一言で、二人の動きがぴたりと止まった。


無言のまま氷柱を生み出した狼男に続くように、隣の兄狐が静かに炎を放つ。


氷柱がメラメラと燃え上がり、水蒸気がふわりと立ち昇る。しばらくして残ったのは――ひとまわり、いや、ふたまわりほど小さくなった氷柱だった。


「……俺の勝ちだな、これは」

「おい、ずるくねぇか? こんな建物の近くで火力なんか出せねーよ」

「どこでやったって変わんねーって」

「いいや、全然違う」


尚もやいやい言い合う二人を横目に、フーリェンは気にせず新しい三つ編みを仕上げる。


最後に先端をきゅっと結び、満足げに息を吐いた。


そのままいそいそと立ち上がると、彼は次の標的を定める。兄の隣に腰を下ろし、白い尻尾をそっと掴むと、問答無用で自分の膝の上にのせた。


弟の挙動に気づいたジンリェンがわずかに眉を動かすも、抵抗するより早く、器用な指先が毛並みを整え始める。


黙々と編み込まれていく自分の尻尾を見ながら、彼はふっと息を吐いた。


そのまま無言でフーリェンの手先を見つめていた二人は、先程までの小競り合いなど無かったかのように話題を変えた。


「この前さ、たまたま四軍の新兵たちと話す時間があってさ」

「お前何だかんだであちこち顔出してるよな」

「いや、出してるっていうか……引き止められるんだよ、強制的に」

「人気者は辛いな。さすが第一軍の隊長。……で? 何の話したんだよ」

「聞いて驚け。恋バナってやつだ」

「今すんごい驚いたわ」


彼の口から「恋バナ」などという単語が出てくるとは思ってもいなかったのだろう。シュアンランは思わず眉をひそめ、フーリェンも指の動きを止めて顔を上げた。


「え、お前が話したのか?」


やや怪訝そうな顔の狼男の反応に、ジンリェンはすぐさま「まさか」と首を振った。


「俺じゃねーよ。新兵の……えっと、オズ?だっけか。背の高い豹獣人の」

「あぁ、あいつか」


隣のフーリェンが軽く頷きながら、「それで?」とばかりに顔を向ける。


「そいつがさ、王都に許嫁がいるんだと。幼馴染で、すごく美人で自慢の彼女なんだってさ」

「ほーん」

「んで、非番の日は欠かさず会いに行ってるんだってさ。まぁ、王都なんてすぐそこだしな。そんなもんかって思ってたらさ」

「お、急に雲行き怪しくなってきたな」


ジンリェンの一言に、シュアンランが苦笑を浮かべる。


「……あまりに会いすぎるもんだから、少し距離置こうって言われたらしい」

「あちゃー」「わー」


無機質な声が、左右からぴたりと重なった。


そんな二人の感情の欠けた反応に、ジンリェンは思わず眉を寄せた。


「お前ら、もうちょっと何か無いのかよ」

「同情はしてる」

「でも原因が分かりやす過ぎて」

「いやそれはそうなんだけど…というか、」


そう言いながらジンリェンはちらりと隣に座る親友へと視線を向けた。


「フーはともかくなんでお前までその反応なんだよ」

「え、何かおかしかったか今の」

「おかしいだろ。どっちかっていうと、お前はオズ側の人間だろ」

「……つまり重いと?」

「すげーなお前無自覚かよ……」


ジンリェンは呆れたようにため息をつき、指をビシッと向けた。


「しつこいじゃんお前」

「言葉をさりげなくすり替えるなよ。会いすぎるとしつこいは全然ニュアンス違うだろ」

「蓋開けたら似たようなもんだろ」

「まぁ、確かにね」


小さく言葉を返したフーリェンに、二人の視線が同時に向かう。


「ほらな。本人が言ってるぞ。自覚しろよ狼」


木漏れ日が揺れる中、狼の耳がしゅんと伏せた。


その光景を眺めながら、フーリェンはくすりと笑う。


のどかな昼下がり。戦場の気配も、緊張もない。


ただ、昔から変わらない三人の時間が、ゆっくりと流れていた。


「よし、できた」


満足そうにうんうん頷くフーリェンの視線の先には、きれいに編み込まれた白の尾がある。ジンリェンは可愛らしくなった自身の尾にゲンナリしながら視線を向けると、はぁと小さくため息をついた。


「これで訓練戻るのか、俺ら」

「お前はまだましだろ。俺なんて見てみろよ。なんか知らん間に可愛いリボンまで付いてるぞ」


そう言ってほら、とシュアンランは灰銀の尾をジンリェンの膝へと乗せる。確かにそこには、小さな赤いリボンの付いた三つ編みが4つできあがっていた。


「フーお前…こんなのどこから持ってきたんだよ…」

「包みに使われてたリボンの切れ端。捨てるの忘れてポケットの中でくしゃくしゃになってた」

「要はゴミを押し付けられたわけだ俺は」

「よかったじゃねーか。ゴミでも“大好き”なフーからの贈り物だぞ」

「すげぇ複雑な気持ち」

「ジンにもあげるよ」


にやにやと笑う兄の声に、フーリェンはいそいそと胸ポケットからもう一つリボンを引き抜くと、作りたての三つ編みへと括り付けた。


「うん、可愛いね。いい感じだよ二人とも」


やけに機嫌の良さそうな弟狐の様子に、二人は揃ってため息をついた。


「……昔からこうだよな。たまにこいつの考えてることが分からなくなる」

「止めても無駄だしな」

「とか言いつつ付き合ってくれるでしょ」


さも当たり前かのようにそう呟いたフーリェンは、尻尾を軽く揺らした。そんな彼の調子に、ジンリェンは苦笑し、シュアンランは肩をすくめた。


「ま、今さらだしな。どうせ断ったら不機嫌になるし」

「ならないよ」

「なってんだよ、無表情でな」


思い出したように三人の笑いが重なる。


頭上に生い茂る葉の隙間から、暖かな日差しが差し込み、尾に結ばれた小さなリボンが赤く光った。


長い時間の中ですっかり変わってしまったものは多い。


けれど、こうしてくだらない話をして笑い合える時間だけは、昔と何も変わらなかった。

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