私に興味がないなんて、おかしい
翌日。
「L’Eclipse」の店内はイベントの余韻を残しながらも、いつもの夜を取り戻していた。
花束、シャンパンの空き瓶、
そして「くろ様お誕生日おめでとうございます」と書かれた色紙が片隅に立てかけられている。
だが、くろはそれらに一瞥もくれなかった。
いつものように早めに出勤し、バックルームで髪を巻きながら、
鏡に映る自分に問いかける。
「……私が“興味持たれない”わけ、ないわよね」
スタイルも顔も、男たちは皆惚れた。
有名大学を首席で卒業した女が、夜の世界で頂点に立った。
そのキャリアと教養と媚びのすべてで、幾千の男を跪かせてきた。
そんな“私”に、“ただのサラリーマン”が興味を持たない?
――おかしい。
喉元が熱くなる。
自分の価値が、ぐらついていくような感覚。
それは、くろにとって許されない“異常”だった。
その夜、数組目の客が去ったころ、
店の扉が開く。
「よっ!くろちゃん、おつかれー!」
滝沢だった。相変わらずの軽さでVIP席へと通される。
「また来たの?銀座破産しないでよ」
くろはいつも通りの毒を吐きながら、隣に座る。
だが、今日の彼女はどこか違っていた。
声が低い。笑いが少ない。
何より――視線の奥に何か焦げたものがある。
しばらく話してから、
タイミングを見計らうように、くろは静かに口を開いた。
「……そういえば。綾瀬くん、最近元気にしてる?」
滝沢は意外そうに眉を上げた。
「理央?ああ、まあ元気だと思うよ。相変わらず真面目くんしてるけど」
「へぇ。……相変わらず“つまんない”のね」
「ははっ、まぁな。
あいつ、こっち系全然来ないしな。女っ気も薄いし……」
「――連れてきて」
くろは、ワインを揺らしながら静かに言った。
「……は?」
「次、来るとき。理央くんも連れてきて。
“お礼”したいの。前に一度ご来店いただいたから。
あんな真面目な子が銀座で何を思ったのか――
ちょっと、興味あるのよ」
唇の端に笑みが戻る。
だが、その笑みは、どこか“冷えた硝子のよう”だった。
「えっ、マジ?
……まあ、アイツ、断るだろうけど。
でもくろちゃんが言うなら……まぁ、俺、頑張ってみるよ。
なーんか、珍しいな。
あんた、誰かに“会いたい”とか言う人だったっけ?」
「さぁ?どうだったかしらね」
くろは笑って答えた。
その目は、テーブルの奥を見ていた。
控室に戻ったあと。
くろはスカートの裾を直しながら、自分のスマホを開いた。
“ブロックされた”チャット欄。
送れないメッセージ。
届かない言葉。
遮断されたラインの向こう。
それでも――“会えば絶対に落とせる”。
くろは、そう信じていた。
自分がどれだけ魅力的か。
どれだけ、欲望を煽る存在か。
それを――もう一度、あの男の前で証明する。
「私は、誰よりも価値のある女。
それを、思い知らせてあげる――あんたに」