見せつけたかったのは、あなたただ一人
バースデーイベント
それはホステスにとって“最も輝く夜”であり、“最も値段を問われる日”でもある。
「L’Eclipse」店内は装花と照明で彩られ、くろの写真が印刷されたボトルラベルの特注シャンパンが何十本も並んでいた。
紫とゴールドを基調にした空間は、まるで一夜限りの舞台。
――そしてその主役、黒瀬くろは、どこまでも完璧だった。
深紅のドレスに、艶やかな巻き髪。
瞳にはカラコンではない、本物の光が宿っていた。
すでに10組以上の予約が入り、VIP席は満卓。
数百万円分のシャンパンが約束され、
今夜も“銀座の女王”としての名を刻むことに疑いはなかった。
だが、その夜。
くろの心には“空白”がひとつだけ残っていた。
――綾瀬理央
あの無関心な男。
見返したかった。
忘れてないことを、気づかせたかった。
こんなに人を惹きつける私を、あんたは本当に無視しきれるの?
営業開始30分前、くろは控室でスマホを手に取った。
画面の名前をタップする。綾瀬理央
表示されるチャット欄。最後の送信は、返信のない社交辞令。
指が一瞬、ためらう。だが――
こんばんは!
今週末、くろのBirthday Eventやります
ちょっとだけでも、お顔見せてくれたら嬉しいなぁ…♡
“ナンバー1”の夜、特等席で見てほしいのは……内緒です♡
媚びと誘惑、そしてちょっとの“素直さ”。
あの男は、無表情の裏で少しは“感じてくれる”かもしれない――
そう信じて、送信ボタンを押した。
そのメッセージが届いたのは、午後6時45分。
理央はオフィスの会議室で、社内ツールを確認しながらコーヒーを啜っていた。
スマホに通知が届き、何気なく開く。
差出人:黒瀬くろ
内容:煌びやかな絵文字と、誕生日のお誘い。
理央の目が、微かに曇った。
「……営業か」
視線が冷たくなる。
内容を読み返すことなく、メッセージを閉じる。
“まったく興味がない”自分に、こうして送られてくる媚びた言葉
そのこと自体が――煩わしかった。
そのまま設定画面を開く。
『このユーザーをブロックしますか?』
無言で、「はい」を選んだ。
同時刻。
くろは鏡の前で口紅を整え、ラメ入りのスプレーでデコルテを仕上げていた。
“見せたい”誰かが、脳裏に浮かんでいた。
あの男の目に、自分がどう映るか――
気づいてないふりをしていたが、本当はずっと、知りたかった。
イベントが始まった。
拍手。
歓声。
数十万円単位で空くシャンパン。
グラスの音。
笑顔、祝福、指名の嵐――
誰もが、くろを称え、求めていた。
「やっぱり黒瀬くろは別格だよな!」
「今夜はボトル5本いくぞ!」
「お前が一番美しい!」
それらすべてに、くろは笑顔で応えた。
口角は上がっていた。
完璧な姿だった。
ナンバー1だった。
でも――
その胸の奥には、“着信拒否”された通知のないメッセージが沈んでいた。