居場所のかたち
「くろちゃん、ここ見てみない?」
滝沢が手に持っていたのは、
中古物件の情報誌だった。
そこには古びた一軒家の写真。
駅から少し離れた住宅街の端。
木造二階建ての、一階部分を改装すれば、ちょうどよい広さの店になる。
「……見た目、ちょっとボロくない?」
くろがそう呟くと、
滝沢は肩をすくめて笑った。
「古いけど、“温かい”って思ったんだよな。
ピカピカのテナントじゃなくてさ。
少し歪なほうが、“本音”って落ち着く気がするだろ?」
くろはその言葉に、少しだけ頷いた。
“完璧じゃない居場所”――
それは、どこか今の自分に似ていた。
物件の見学に行った日、
そこは予想以上に“くたびれていた”。
入り口の扉は軋み、
床の板は何か所か沈んでいた。
けれど、窓から入る光がやわらかく、
空間は、どこか不思議な安らぎを持っていた。
「……ここなら、声を張らなくてもいいかも」
つぶやいたくろの言葉に、
滝沢が微笑む。
「じゃあ、決まりだな」
それからの日々は、
予想以上に忙しかった。
家具屋、施工会社、備品の発注――
二人で調べ、考え、交渉し、時にはぶつかりもした。
「この椅子、安っぽくない?」
「でも座り心地は抜群だってレビューにあったぞ」
「レビュー信じすぎ。見た目って大事なんだから」
「じゃあ、見た目と座り心地両方あるやつ探そう」
不器用な共同作業は、
少しずつ、“ふたりだけの場所”を形作っていった。
ある日、くろが言った。
「店の名前……もう決めてる?」
滝沢は少しだけ照れたように言った。
「“halo”ってどうかな」
「はろ?」
「光の輪って意味。
でもそれだけじゃなくて、
“優しさの余韻”とか、“温かさの輪郭”って意味もあるんだって」
くろはしばらくその言葉を噛みしめ、
小さく頷いた。
「……いいと思う。
“私じゃなくても、居られる場所”って、そんな気がする」
内装が整い始めると、
次はロゴやメニュー作りに入った。
「くろちゃんの得意なスイーツ、入れたいな」
「……得意ってほどじゃないけど。昔はレアチーズケーキよく作った」
「じゃあ決まり。それ、看板メニューにしよう」
「そんな簡単に決めないでよ……」
でも、
その時のくろの頬には、ほんの少し赤みが差していた。
夜。
開店準備の合間、二人で床に寝転がって天井を見上げた。
「……なんかさ、
この場所が、誰かの“最後の逃げ場所”になればいいな」
くろの声は、囁くように静かだった。
「強くなれない人が、
もう笑えないかもしれないって思った人が――
最後に、“ここだけは、壊さなくていい”って思える場所に」
滝沢は何も言わずに、
ただその言葉を聞いていた。
そして、
静かに手を伸ばし、
くろの手をそっと、握った。
くろも、その手を、握り返した。
少しずつ。
ゆっくりと。
壊れていた心の破片が、繋がりはじめていた。




