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静かに、音もなく沈む日々

地方都市、駅から少し離れた

古びたワンルームのマンション。

そこが、くろの“新しい世界”だった。

新しい名前もない。

新しい生活もない。

あるのは、

ぼんやりと過ぎていくだけの、色のない日々。


朝に目覚めて、

カーテンも開けず、インスタントコーヒーを飲む。

テレビをつければ、

ワイドショーで流れてくる銀座特集。

そこに映るのは、

目を引く可憐な笑顔でマイクを向けられ、

堂々とインタビューを受ける白石ゆかだった。

「銀座No.1ホステス・白石ゆかさん。

その透明感とおっとりした人柄が人気で、

業界でも話題に――」

くろは無言で画面を見つめた。

怒りも、嫉妬も、

もう何も湧かなかった。

ただ――

“彼女は、あたしの代わりにそこに立ってる”

という事実だけが、

胸の奥に鈍く残った。

そんな日々が、数ヶ月続いた。

季節は春に向かい、

花粉が飛び交い、街の色が明るくなっていく中――

くろの世界だけは、

ずっと冬のままだった。


その日も、変わらぬ午後。

薄暗い部屋で横になっていたくろの部屋のインターフォンが鳴った。

「……宅配?」

起きる気にもなれず、放置する。

だが、5分後――

今度は、ドアが軽くノックされた。

「……くろちゃん、いるんだろ?」

聞き覚えのある声だった。

「……滝沢……?」

扉を開けると、

そこにはスーツを皺だらけにした滝沢が立っていた。

表情は、あきらめと疲労、

それでもどこか嬉しそうで――

「……やっと、見つけた」

くろは一歩、後ずさる。

「帰って。なんで……どうして、ここが……」

「店長に聞いた。出入りの荷物業者も手がかりになった。

……時間はかかったけど、

俺は、どうしてもお前に、会いたかった」

くろは、

無言のまま扉を閉めようとした。

だが滝沢がそれを止め、

一言、口にした。

「外に、出よう」

「……嫌よ」

「少しだけでいい。

飯でも、コーヒーでも――」

「わたしは、もう必要とされてない女なの。

銀座にも、誰にも、

あんたにだって」

「それでも――」

滝沢は、静かに言った。

「俺には、必要なんだよ。」


それでも、くろは引きこもった。

それから数日間、

滝沢は毎日、同じ時間にドアをノックした。

「お前が出てくるまで、俺はここにいるからな」

外に出ず、何も答えず、

それでも、耳はしっかりとその声を覚えていた。

5日目の夕暮れ。

窓の外からカラスが鳴いた時、

ノックと共に、滝沢の声が届いた。

「くろちゃん。

俺、お前のことが好きだ。

銀座にいた時からずっと。

強くて、綺麗で、怖くて、でも儚くて――

今のお前も、全部好きだよ」

静かだった部屋に、

くろの心音だけが響いた。

その夜、くろはひとり、

小さく呟いた。

「……わたしが、“誰にも必要とされてない女”じゃなかったとしたら――

どこに、戻れるの……?」

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