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音のない離脱

くろが店に復帰して一週間。

初日の賑わいが落ち着いたころから、

微かに――空気が変わりはじめていた。


いつものように深紅のドレスをまとい、

きらびやかな香りを纏って席に立つくろ。

けれど、その所作はどこか硬かった。

視線は客の顔を追いながらも、

どこか“探っている”ような間がある。

「くろちゃん、今日はやけに優しいねぇ~?

いつものあの毒舌はどこ行ったの?」

常連の笑い交じりの問いかけに、

くろは微笑んで返す。

「たまには甘いのも、悪くないでしょう?」

けれど――

その“甘さ”に、以前のような魅力はなかった。


かつてのくろは、

男を挑発し、試し、心を揺さぶる“劇薬”だった。

「もっと楽しませてよ」

「そんなもん?がっかりだなぁ」

「私を退屈させないでよね」

その言葉が、男たちの心に“火”をつけた。

だが今のくろは、

燃やす言葉を自分で避けるようになっていた。

“あの子みたいな女”でいれば、好かれると思っていた。

でもそれは、くろじゃなかった。


ある夜、席についた常連が言った。

「……最近、くろちゃんの毒っ気、ちょっと抜けたよな。

前はもっとビリッときたのに。

いまの“優しいくろちゃん”、なんか……普通?」

その言葉は、グラスの氷の音よりも静かに――

くろの胸に突き刺さった。


ランキング表の前で、

くろはふと足を止めた。

「白石ゆか 指名数・第2位」

その数字は、くろのすぐ後ろに肉薄していた。

それが偶然じゃないと、

ここ最近のフロアの様子を見ていればわかった。

あの社長はもう、

くろではなくゆかを指名していた。

若い実業家も、金融マンも、

以前はくろを追いかけていた男たちが――

今は「癒されるから」と理由をつけて、

“ゆかの席”を求めていた。


「私、何が足りないの?」

鏡の前でメイクを直しながら、くろは呟いた。

リップは艶やか。

髪は完璧に巻かれている。

ドレスも美しい。

でも――

笑顔だけが、偽物みたいに感じられた。

その夜の接客中、くろの口からこんな言葉がこぼれた。

「ねぇ、私のことって、退屈?」

男は笑いながら答えた。

「退屈っていうか……なんか最近、

丸くなったよね?くろちゃん」

その笑顔は優しかった。

でも――

“女王”に向けられる笑顔じゃなかった。


閉店後のロッカールーム。

くろは、ひとり座っていた。

指先でネイルの端をいじりながら、

ゆっくりと息を吐く。

“白石ゆか”の名前が、

心の中で繰り返し響いていた。

あの“無垢”が評価される世界で、

自分の“毒”はもう、必要ないのだろうか。

“私は……この街で、終わるの?”

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