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夜の街に咲いた白い花

くろが休みに入って3日後。

店の空気が、少しだけ変わった。

「L’Eclipse」に、新しいホステスが入店したのだ。

名前は白石ゆか。

22歳。夜の経験はゼロ。

大学を卒業してから一般企業に勤めていたが、

なぜか突然、銀座のクラブに飛び込んできた。

「おはようございます……あ、あの、今日から入った白石です……っ」

初日、緊張で声が震えていた。

スタッフが用意したドレスに袖を通しても、胸元を気にして何度もスカートを直す。

ヒールの歩き方も覚束ない。

化粧は控えめで、睫毛は素のまま。

明らかに“銀座の女”ではなかった。


当然、最初の接客はボロボロだった。

「失礼いたします……お、おしぼりです……」

手が震え、グラスを傾けかけ、

客の名前も覚えられず、話を遮ってしまう。

それでも、どこか――空気が違った。

夜に馴染まない、素肌のような透明感。

媚びない。

計算もしない。

ただひたむきに、失敗して、謝って、笑う。

最初に彼女の魅力に気づいたのは、

いつもはくろを指名していた中年の社長客だった。

「……変な言い方だけどさ、

なんか、夜っぽくないのが逆にいいんだよね。

緊張してるけど一生懸命でさ。

こういう子って、今どき珍しいよ」


2週目に入る頃には、

ゆかは“失敗しても愛嬌がある子”として認識され始めていた。

ボトルはまだ入らない。

でも、席にはつくようになった。

指名も少しずつ増えた。

そして――

くろがいないその間に、

ランキングが一つ、二つと上がっていった。

店内のスタッフが小声で話す。

「白石さん、ランキング入りしてたよ。びっくりじゃない?」

「うん。でも、あの子ってさ、ほんと空気が違うよね。

なんか“夜の街”じゃないみたいな」

「それが逆にウケてるのかも……最近、くろさんの指名だった客、

数人あの子につきはじめてるって聞いたよ」

あの店で、“無垢”が武器になることは稀だった。

けれどいま、その武器が効いていた。

それは、くろが築き上げた“完璧で強く、美しい夜の女”とは、

まるで正反対の価値観だった。

ある夜、店長・藤島はそっとゆかに声をかけた。

「……どう?慣れてきた?」

「はい……まだ全然ですけど、

お客様と話すの、怖くなくなってきました」

「……そっか。

夜の街って、怖いけど、きみみたいな子が時々、

……風通してくれるんだよね」

ゆかは困ったように笑った。

その笑顔がまた、誰かを癒していく。

その夜のランキングボード。

新人の名前が、確かに並んでいた。

“白石ゆか(体験入店扱い)/指名数 第6位”

くろが最後に出勤したときは、圧倒的な1位。

その差はまだ大きい。けれど――風向きは、変わりはじめていた。

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