その婚約破棄承ります!~魔法誓約は絶対です~
がばがば設定ですが、優しい目で見てください。
「――エミリア・シルフィ・ミリオニクス!!お前のような醜悪な女と結婚だなんて冗談じゃない!今日、この時をもって婚約破棄とする!」
あー…アホ殿下がなんか、仰っているわ…。
ここは国立魔法高等学院の大広間である。
煌びやかに飾り付けられた会場、美しい花に、色とりどりの料理が並び、華やかに着飾った15歳前後の少年少女たちが、楽しく歓談している最中に突然響いた先程の言葉。
みな驚きのあまり歓談をやめ、言葉を発した者と言われた相手の様子をうかがっている。静寂がその場を包み込んだ。
言葉を発したのは、この国の第一皇子であり、私の婚約者であるカイラード・ケーリッヒ・サスフォル殿下だ。
私は大きな溜め息をつきたくなる気持ちをグッとこらえて噛み殺し微笑みを浮かべる。
「殿下…、お戯れが過ぎますわ。」
「戯れなどではない!お前はここにいる可憐でか弱いオフィーリアを虐めただろう!そんな心根の醜い女は国母に相応しくない!」
そう言うカイラード殿下の後ろにちょこんと身を隠すようにいるのは、ふわりと柔らかそうなウェーブを描くハニーブロンドの髪に、庇護欲を誘う細身で小柄な身体。その小柄な身体に似合わず主張する豊かな胸元。極めつけにうるうるとした美しいエメラルド色の瞳の少女である。
「えっと…あの……私…いままで言えなかったですけど、イジメ、怖かったですぅ…!」
「あぁ!なんと可哀想なオフィーリア…。こんなにか弱い令嬢を虐めるなど…。どんなに外見を美しく取り繕おうと、心根の醜さはどうしようもないな!」
はぁ……、なんてテンプレートなのかしら…。
それにしても意味わからないですわね。虐めなんて下らないことはしませんし、そもそもこのオフィーリア嬢に会うのは本日が初めてだと思うのですけれど……。
「私は虐めなどしておりません。それに…本日は、デビュタントに向けた学びのための催しであり、立派な紳士、淑女になるための場なのですよ。仮に婚約解消をしたいのであれば、このような場ではなく今からでも別「うるさい!!!お前はそうやってごちゃごちゃと誤魔化そうとするのだな!誤魔化したところで婚約破棄は取り消さないぞ!」
別室への誘導を試みたが喋っている途中でアホ殿下に遮られてしまった…。眉間にシワが寄りそうですが、淑女たるもの、我慢です。全く…頭が痛くなりますわね。
…アホ殿下がなぜこのような暴挙に出たかは心当たりがなくもない。
おそらく殿下は日本からの転生者で、ある乙女ゲームの断罪シーンを再現しようとしているのではないかと思う。
なぜそんなことがわかるかと言うと、私も転生者だからだ。私の前世は日本という国の生まれで、乙女ゲームやBL、少女漫画、異世界ものなど、いろんな漫画アニメ小説をこよなく愛すいわゆるオタクだった。
生まれ変わっていることを自覚したのは4歳の時で、生まれ変わる前によく読んでいた転生もののライトノベルのように熱が出たり怪我をしたりして思い出した訳ではなく、気付いたら知っていた、という感じだった。
アホ殿下も同じ転生者だと思う理由は、10歳になったばかりのあくる日に行われた、婚約式を執り行う前の顔合わせのお茶会で、私の顔をみて殿下が
『誰かに似てると思ってたけど、花舞いの悪役令嬢…だよな?今日の髪型だとまんまじゃん。小さいけど…。えー、俺英雄じゃん…きたこれ。ぐふ。』
と言っていたのを耳にしたのだ。
花舞いとは、前世の世界でアニメ化もされた乙女ゲーム『花の乙女の舞う頃に~約束の魔法~』のことだ。乙女ゲームだが、戦闘システムに力が入っていて女子だけではなくゲーム好きの男子にも人気があった。
ストーリーは、平民生まれのオフェリヤがある日、花の乙女と呼ばれた偉人と同じ稀有な魔法力をもつことが分かり魔法学園に入学し、学園生活を送るなかでこの国の第一皇子や側近達など攻略対象と親交を深める。心を通わせていくなか、皇子の婚約者であるエミリィやその取り巻きに苛烈な嫌がらせや、仕打ちをうける。中には殺人未遂もある。そんな仕打ちに耐えつつレベルあげイベントをこなしたり学園生活を送り紆余曲折ありつつ、実はエミリィは闇魔法使いでこの国を乗っ取ろうとしていることを突き止め、なんやかんやありつつも皇子と側近達と共にエミリィを打ち倒す、という流れである。
最初の区切りとなるのが魔法学園の卒業パーティーでの婚約破棄と戦闘だ。
攻略対象達とヒロインが、悪役令嬢がおこなってきた悪事や国の乗っ取り計画などを暴露し、皇子は悪役令嬢に婚約破棄と断罪を言い渡す。激昂して、力を暴走させた悪役令嬢を攻略対象達となんとかはね除ける。というシーンである。
この戦闘では悪役令嬢には逃げられるが、皇子と悪役令嬢の婚約は破棄となり悪役令嬢は国家反逆罪により指名手配される。そのあともイベントやら壮絶な戦いがあるのだが、関係ないので省略する。
なんやかんやあり、最終的にラスボスと化した悪役令嬢を倒したあと、オフェリヤは花の乙女の再来と言われ、くっついた攻略対象(メインは皇子)は国の救世主だと崇められいつまでも幸せに暮らすのだ。
アホ殿下はおそらくそれの婚約破棄シーンを再現したいのだろう。幼い頃に、ヒロインは俺のもの!英雄になったらハーレムつくるぜ!断罪パーティーだ!とかぶつぶつ言ってましたし。
私と婚約破棄する断罪パーティーをメインイベントだと思っているのかもしれない。
馬鹿馬鹿しい……。
たしかに、この世界は花舞いに酷似している部分がある。だが、それはあくまでも一部が似ているだけであって、人はシステムで動いているわけではないし、現実世界なのだ。
それに、あのゲームは乙女ゲームなのでハーレムはない。殿下の中で別の作品と認識がまぜこぜになっていて、区別もつけられていないのかしら…。
なんにせよ、婚約破棄を告げられたところで、私の魔力は暴走しないし、責められるような悪事もしてないし闇魔法なんて使えない。今はゲームの断罪の舞台である卒業パーティーですらない。
私や、何人かの貴族はゲームの登場人物達と顔も名前もとてもよく似ているが、この世界のことを勉強し普通に生活していれば違う世界だと気付けるはずなのに、アホ殿下は私を倒し英雄になること、それとヒロインに固執しているように見える。そんなに嫌われるほど関わった記憶はないんですけれど…悪役は何をしても悪役だと、この世界は現実ではなく物語だと思ってるのかしら…。
いつかはゲームの世界でないことに気づくだろうと考えてましたし、私は仮にも皇子の婚約者ですから、婚約が決まってから今まで皇族の一員に相応しい者となるため自己研鑽に努めて、婚約者として殿下を陰から支え、高位貴族として令嬢たちの模範であらんとしてきましたが、どれもこれも無駄になりそうね…。
殿下はヒロインとかハーレム云々に関してここ数年はなにも言わなくなっていたので、ゲームの世界ではないと気づいたのだと、これからはなんとかうまくやっていけるかと思っていたのだけど…。
独り言を話さなくなっただけで、凝り固まった間違った認識は変えられなかったのね…。
まぁ、幼い頃から関わりがあるので多少の情はあれども、婚約してから何度か闇魔法使いは俺が倒す!俺は英雄!ハーレム作る!ヒロインとイチャイチャしてぇ!などと言っているのを目撃し、そのときにひどく歪んだ顔でニヤニヤと笑っていらしたのが気持ち悪くて、愛情は一切芽生えなかったので、婚約破棄になったとしても私の心は一ミリも傷まないので良いのですけれど。
それにしても、婚約破棄を大勢の前で伝えるなんて……。
この国で生まれ育ち教育を受けてきたまともな貴族ならば、このような行いは本当に信じられないない暴挙であり愚行だというのに。アホなだけじゃなく馬鹿な人だわ。
なぜなら、この国の貴族間の婚約は、ただの約束ごとではない魔法を用いた誓約だからだ。
外国からこの国へ嫁ぐ場合にも適用されるよう国交のある諸外国と取り決めもされている。
一方的に誓約を破れば罰則が下るし、例え対象が皇族だろうと魔法誓約は絶対であり、例外は起こらない。
この法はこの国に生まれ育った貴族であれば絶対に習う法なので、普通は罰が下るとわかっていることを堂々と行う人などいない。
平民の婚約には魔法誓約はないので、貴族間の魔法誓約を知らなくても仕方ないと思うが(平民であれば婚約を結ぶのは商会を営む家などの少数ですしね。)、アホ殿下ことカイラードは貴族ましてや皇族である。知らないはずはないのだけれど…。
それに、貴族たちの婚約は基本的には家同士の繋がりを求めたり、利益損得ありきで家として決めるものなので、たとえ当事者の私たちが望んでいたとしても婚約解消は子供同士で話しただけではどうにかなる話ではない。
婚約を結ぶ家によっては、家同士の問題だけでは済まず、外交問題にも繋がりかねない話のため、婚約解消をする場合は両家で話し合いが行われて慎重に進めるべき事項なのだ。
もちろん、貴族でも恋愛結婚が無いわけではないし、利益損得抜きで婚約する家もあるが、その場合でも神殿での婚約式で魔法誓約を結ぶことに変わりはないし、大勢の前で婚約破棄を叫ぶなんて、頭がおかしいと思われても仕方がないようなことである。
このような騒ぎをおこして、ご自身の…ひいては皇族全体の醜聞になるとは考えなかったのだろうか……。
いざとなれば…あれをするしかないかしら…
「…!……ぃ!…おい!!聞いているのか!!」
大きな声に、はっとし、意識を外側にむけるとアホ殿下が声を荒げて、私に呼び掛けていた。
どうやら考え込みすぎてたようだ。
「…申し訳ございません、少し呆けてしまっていたようですわ。」
話を聞いてなかったことを謝り微笑みかけアホ殿下に意識を向けると、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
…英雄(になりたい人)の笑みじゃありませんわね。
「ふん、婚約破棄を告げられたのがよっぽどショックなようだな。まぁ、いい…断罪の続きをしてやる!お前は可憐なオフィーリア嬢を虐めるだけじゃ飽きたらず、殺そうとしたな!」
殺そうとした、という言葉に、固唾を呑んで見守っていた生徒達がどよめき、私へ視線が集まる。
疑念の視線もあるが、気遣うような視線を感じるので、アホ殿下の言い分がおかしいと感じている生徒も多いのだろう。
なぜか、オフィーリア嬢も「えっ?」って小さく悲鳴をあげている。
「殿下…冗談が過ぎますわ。私はそんなことは断じてしておりません。それに、オフィーリア嬢とお会いしたのは本日が初めてですの。」
「シラを切るつもりか!!お前は公爵令嬢という立場を笠に着て、オフィーリアに友人を作らせないように下位貴族達に命令したのだろう!学舎にあったオフィーリアの教材や私物などを破損し困らせるだけではなく、俺がこの舞踏会のためにオフィーリアに贈ったドレスも破いたのだろう!!そのせいで、オフィーリアは学院の貸し衣装を着ることになったのだぞ!それだけじゃなく、オフィーリアに呪いをかけ殺そうとしただろう!!」
えぇ……?オフィーリア嬢にドレスを贈ったのも初耳ですし、他人を貶めるために命令なんて…そんな恥ずかしいこと私はしませんのに…。
それに…呪いなんて、この世界ではあまり聞かない言葉が出てきて痛む頭が更に痛む気がする。
この世界は魔法による制約や罰や攻撃はあるが、じわじわと相手を蝕んでいく呪いというものは存在しない。
「何度も申し上げますが、私はそのような行いは断じてしておりません。呪いなんてそんなお伽噺のような力も、私にはありませんの。
それに…、殿下はお忘れですか?伯爵、侯爵、公爵の爵位の家のものは、平民、騎士爵、男爵、子爵の家のものとは学舎は別なのです。オフィーリア嬢は、先程の話し言葉から推察しますと、平民なのではなくて?」
「それがなんだというのだ!」
一般的に平民の魔法力は貴族に比べて弱いので王立のこの学院へ入学することは少ない。平民がもつ魔力量でできる魔法については親からの説明や、神殿で魔法神官に聞くことで事足りるし、自力ではいるにはお金がかかるので平民には難しいからだ。
まれに魔法力が大きく、適切に学ばないと魔力暴走を起こしそうな平民や、稀少な聖魔法(怪我や病気の治癒にむいている)といわれる魔法力をもったものは管理のためにこの王立の学院へ入ることが義務付けられる。その場合にかかる資金は国から補助される。
また、急に貴族のなかに放り込まれるのだから、平民の場合はマナー講習などの別のカリキュラムが組まれるし、普段は高位貴族と遭遇しないように調整されている。
貴族同士の縁繋ぎのために、交流会が催されることや、学院の講義の一環で爵位関係なく全員参加の合同講義もあるにはあるが、交流会は平民は参加しないし、合同講義は実技演習などの講義がほとんどなので、講義に関わる以外の私語をお喋りをする機会はない。
カリキュラムの話や、学舎の話は高位貴族向けの学院への入学案内で説明されているはずだ。
「ですから、学舎が別なのです。合同の講義もありますけれど私がオフィーリア嬢と話す機会はありませんし、ほとんど会うことのないよく存じ上げない方へ一方的に危害を加えるなんてそんな無意味なこといたしませんわ。」
私がそう言うと、殿下はなぜか勝ち誇ったようにふふんとした顔で
「俺の寵愛がオフィーリアにあることが気に入らなかったんだろう!仮にも婚約者だからな。」
と言う。
私という婚約者がありながら、堂々と寵愛宣言ですか……。あちらの有責で婚約解消になり得ることを大々的に叫んでおられるだなんて思ってもいないのでしょうね。
そのまま
「俺の愛が自分にないことを妬んだんだな。身を引けば良いものを…虐めに走るなど…!お前への処罰を下そう。お前は魔の森へ追放に処す!供をつれることは許さん!衛兵こいつをつれていけ!」
と、一方的に私への罰を高らかに告げる。
魔の森という言葉に、ざわりと会場がゆれる。
魔の森とは、瘴気が濃く、魔物の発生が多いことから皇家の管轄領として管理されており、立ち入りが禁止されている森のことだ。
攻撃魔法をつかえたとしても、そこに一人追放とは…死ねと言っているのと同義である。
衛兵の方たちはどうしたらよいかわからずおろおろしている。
「衛兵!!なにしてる!こいつを魔の森につれていけ!」
「まぁ…。私はなにもしておりませんのに魔の森に追放だなんて、恐ろしいことを仰いますのね。」
「はっ。お前はオフィーリアの素晴らしい魔法力を恐れて闇魔法で呪いをかけ殺そうとしたんだ!そんなやつを処刑ではなく魔の森への追放で済ますのは温情だと思え!!」
はぁ……。
このアホ殿下には何を言っても通じない気がしてきましたわね。
話が通じない方をお相手するのも面倒ですし、皆さんの時間を奪っているのも申し訳ないので、そろそろこの茶番は終わらせて、婚約破棄は承りましょう。
この婚約は皇家たっての希望により結ばれたものですし、お父様は元々私の幸せと自由を願って、この婚約を結ぶことを最後まで反対されておりましたので、お喜びになりそうですわね。
「お言葉ですが、殿下。私は闇魔法というものは存じ上げません。魔の森への追放も承れませんわ。」
転生者である私は闇魔法と聞けば、アニメや小説でありがちの敵キャラがつかうおどろおどろしい魔法を思い浮かべたり、影や死を司る精霊的なものの魔法を想像できるけど、この世界には闇魔法は無い。ですので、話を聞いてる他の方々からすれば闇魔法とはどのような魔法なのか疑問に思っていることでしょうね。
確かにゲームの悪役令嬢は闇魔法属性でしたけど…。5年も一緒にいた婚約者の魔法属性すら覚えてないなんて、よっぽど私に関心がなかったのか、思い込みが激しすぎるのね。
「なにを言っている!おま「魔法の属性は、聖、火、風、水、土、そして無。この6つのみですわ。闇はございません。存在しない属性を持ち出して私と婚約破棄をしたいなら、婚約破棄は承りましょう。」
「話を遮るな!…て、え…?」
相手が話している最中に遮るなんて、淑女としては、はしたない恥ずべき行為ですが、よくわからない内容を延々と話し続けているアホ殿下相手には仕方ないと思いますわ。
婚約破棄を受けると聞いてアホ殿下はやっと、喋るのをやめて怪訝そうな表情を浮かべているが、私は話を続ける。
「その婚約破棄を承ると言ったのです。」
「はっ!やっと自分の罪を認める気になっt「いいえ。何度も申し上げますが、私は殿下が仰るような罪はおかしておりません。ですから、魔の森への追放というのは承れません。そもそも勅命を下せるのは皇帝陛下のみ。いくら殿下といえど、私に勅命を下す権限はありませんわ。」
得意気に話し出した殿下の言葉を遮ったため、殿下は怒りで顔がうっすら赤くなっているが、私は気にせずに続ける。
「私はあくまでも、婚約破棄のみ了承したのです。本来ならこの婚約は皇家と我が公爵家の約束事ですので、陛下や閣下に了承を得ないとダメですけれど、謂れのない罪を着せようとして、大勢の皆様の前での婚約破棄宣言ですもの。魔法誓約に則り今この場で破棄でよろしいでしょう。」
私の言葉とともに、殿下と私の身体が薄い光に包まれる。
「っ?!なんだ…?!」
光に包まれながら、殿下が狼狽えているのが目にはいったが、まさか魔法誓約の存在さえ忘れてるのかしら……?
「おいっ!なにをした!この皇国の第一皇子である俺に危害を加えるつもりか?!反逆罪だぞ!」
わぁわぁと喚いている殿下を見て、私は、静かに深い溜め息を吐き出す。
「…殿下…まさかとは思いますが、魔法誓約についてお忘れですか?婚約破棄により、魔法誓約の審議が発動したのです。」
「ま、魔法誓約…?そんなのあった気もするが…なんだ?」
困惑した顔を浮かべるアホ殿下。
自分に関わるはずの国の法すら覚えてない殿下にここまで馬鹿な人だったのかと愕然とするが、こんな大勢の前で婚約破棄を行うアホ馬鹿殿下なら魔法誓約を覚えてないのも仕方ないのかしら、と納得する。
「………殿下、我が国の貴族間の婚約には魔法誓約が課せられる法がございます。」
――――――…幾世紀か前、若い世代のみが入れる成人祝いの舞踏会にて、皇太子を含めた高位貴族が一方的に皇族の婚約者である無実の侯爵令嬢に対し、子爵家のある令嬢をいじめたという罪を糾弾し、処刑を宣告、舞踏会会場から無理やり連れ出し侯爵家の令嬢が入るべきではない非常に質素な貴族牢に着の身着のままで軟禁するという痛ましい事件が発生した。
その時、皇帝陛下は外交で国内におらず、皇太子が代理為政者であったこと、親世代が不参加の舞踏会であったこともあいまり、この暴挙を止められるものも、侯爵令嬢を庇うものも居なかった。
罪無き侯爵令嬢は、令息たちに囲まれ謂れのない罪で責め立てられたことに絶望と恐怖し…、責められた夜に閉じ込められた貴族牢にてご自身の手で儚くなられたのだが、ご令嬢が儚くなられた後、ご令嬢の侯爵家から猛烈な抗議、件の舞踏会に居合わせた貴族から嫌疑の声、公の場でか弱い令嬢を囲ったことへの批判もあり、外交から帰還した皇帝陛下が国を挙げて調査した結果、ご令嬢は冤罪であったことが発覚したのだった。
罪無き令嬢を自死にまで追い込んでしまった、婚約者である当時の皇太子は廃太子となり、北の離棟で一生を過ごすことになった。棟に入って1ヶ月で病死とされているため毒杯を賜ったのだと言われている。
断罪騒ぎに荷担した高位貴族は、本来諌める立場であるのに、その立場を放棄し自分より高位である令嬢を貶めた罪により、廃嫡され平民として一文無しで、隣国との小競り合いが続いていた辺境の地へと放逐され一生を終えた。いずれも長生きはできなかったであろう。
子爵令嬢は、巧妙にいじめを自演し令息達をたぶらかし高位貴族の令嬢を貶めたことで、国家を揺るがしたため国家反逆罪とされ、令嬢とその親兄弟が公開処刑となり1週間の晒し首となった。もちろん子爵家は没落となった。
自分の息子が犯してしまった愚かな過ちを繰り返さないために、当時の皇帝は優秀な魔法士を集め皇帝自らも研究に加わり魔法誓約を造り上げた。
貴族の婚約にはこの誓約を課すという法を制定し、そのほかにも弱きものを守るため、施政を執り行い晩年は賢皇として民から貴族から篤く支持されていた。
このときに造り上げられた魔法誓約は、嘘を見抜き、場合により罰を下したり行動制限を課す魔法である。個人だけではなく家にも影響を及ぼすことがある大規模魔法であり、現代では再構築は出来ないのではと言われるほどの細やかな魔法構築により造られている。
婚約関係にあるもの達が、互いを尊重しそのまま婚姻に至るか、双方の同意のもとに婚約解消をすればなにも起きない魔法であるが、一方の家が婚約関係にある家に不条理な行いをした場合や、婚約者を悪意をもって害そうとしたとき、婚約を継続するのが困難に陥るほど婚約者を蔑ろにしたとき、至要たる理由なく婚約破棄を行ったときなど……一方的に陥れようとすれば発動する。
ただ、これはあくまでも、なにもしていない相手を一方的に陥れようとしたときである。
例えば、私が本当にオフィーリア嬢を殺そうとしていたなど、婚約者の資質を問われるような行いをしており、婚約破棄に至る何かがあると判断されたのであれば魔法誓約の罰が下るのは保留となり、殿下と私は互いへの魔法の使用はできなくなり、皇都からでることもできなくなるなどの、魔法誓約による行動制限が課される。
それが課された場合は、貴族裁判などで公正に事態を把握し処置をとるようにと法で定められている。
もし、このように保留とならず魔法が発動した場合は、事前に取り決められた罰が下るのだ。
魔法誓約は婚約式として神殿の魔法神官が確認のもと執り行う定めとなっていること、また、双方が納得していない状態では発動しないので、どちらか一方が不利にならないようになっている。
この法が課されたことで、婚約は単なる約束事ではなく強固な契約となり不当に虐げられても声をあげられなかった者が救われ、家柄で不当な圧力をかけた不利な婚約などはなくなった。
なぜ誓約ができたのか、どういうものなのかを話し、ふぅと一息ついて、アホ殿下を見ると、なにやら顔色がすこし悪くなったように見える。
ようやく自分がやらかしてしまったことに気づき始めたようだ。
「いかがなされました?殿下、顔色が優れないようですが。」
そう声をかけると、ビクッとして目をうろうろさせ
「ば、罰とはなんだ…?!」
と裏返った声で怒鳴る。
自分が不利なことがわかっているからか大きな声で威嚇しようとしてるのかしら…。
「罰ですか?まず、魔法誓約に固定で決められている魔法制限ですわね。魔法誓約を破った者が相手を害そうとするのを防ぐため、一切の魔法を婚約者相手に使うことはできなくなります。また破った内容にもよりますが、今回の婚約破棄ですと、殿下は私を魔の森に追放と仰って、衛兵の方へ命令も下し実力行使されようとしておりましたので、そちらが私の生命の危機と判断されれば、今後、殿下が私の5メートル以内に来ると殿下の身体中に激痛が走ります。近くにいればいるほど痛くなるらしいですわ。」
「なっ…生命の危機など!処刑などではなく追放だぞ…!」
「1人で魔の森に追放など、最高位の魔法士でもなければ死刑宣告と同義ですわ。それと他の罰ですが…」
「ま、まだあるのか…!」
「魔法誓約固定の罰以外に、婚約する家同士で定めた罰が課されますわ。これは婚約が決まった際、皇家と我が家で取り決めたものになります。殿下もその場に居りましたし、取り決めたものはそれぞれ書面で保管しておりますが…これもお忘れですか?」
「っ…!うるさい!!!いいから、さっさと言え!!!」
「……。まず、私が一方的に魔法誓約を破った場合は、我が公爵家の領地の一部を皇家へ返還する取り決めとなり、これを1ヶ月以内に履行しないと私と両親は生活魔法を含めた一切の魔法が使えなくなります。また、皇妃教育の皇城内部に関わる内容は忘却魔法にて消去され、私個人は登城が禁止となります。」
生活魔法は自身の属性に関わらず、皆が使える魔法であり、その名の通り生活に根付いたものである。
これが使えないとなれば、普段の生活に多大な影響を及ぼすことになる。
また、登城禁止とは、皇城で開かれる舞踏会への出席ができず、実質社交界からの追放と同義である。皇族から社交界追放されたものを娶るものも、懇意にするものもいないだろう。つまり家の縁繋ぎもできず、厄介な存在となるのだ。令嬢としての存在意義はなくなり言ってしまえば人生の終わりである。
いずれも重い罰であるが、皇家と縁付く婚姻のため、そのような取り決めとなったのである。
「つぎに、殿下が魔法誓約を破った場合は、私の今後の婚姻に関して皇家は一切の口出しをしないことという取り決めになっております。また、殿下の私財から我が家への慰謝料の支払いが発生します。最後に……、今後、殿下は生活魔法を含めた一切の魔法が使えなくなりますわ。」
「なっ…!」
皇族が魔法を使えないとなど、皇位継承権の放棄と同義であるが、この婚約は皇家が望んだものであったので、万が一にでも一方的に婚約が破られた場合はそのようにするという誓約のもとにしぶしぶ婚約を受けたのだ。
そもそも婚約の魔法誓約を破ることなどあり得ないと思っていたので、このような条件でも陛下は問題ないと笑っていた。
まさかこんなことになるとは思ってなかったのでしょうね…。
「魔法を一切使えなくなるなど有り得ん!!ほ、保留だ!!!誓約が一方的に破られてなければ保留となるのだろう?!!実際に虐めはあったのだからっ…なぁ!オフィーリア!」
アホ殿下が焦ったように叫ぶ。
「は、はぃっ、私の教材や私物が壊されてたことは何度かあります…。あと、人が多い場所で突き飛ばされたこともあります…。でも、人が多くて誰がやったのかはわからなくて…その…」
オフィーリア嬢が怯えたように小さい声で言うと、殿下は私を見て興奮したように
「ほらみろ!虐めはあったのだ!俺は間違ってなどいない!!お前がやったのだろう!この魔法誓約は保留だ!!!」
と大きな声でこちらに言い放った。
私は、そんな殿下を見てにこりと笑いながら魔法誓約の審議が終わればわかると告げる。
「私は虐めはしておりません。魔法誓約の審議はもうすぐ終わるでしょうから、それで私に瑕疵があったかわかりますわ。瑕疵がなければ、魔法誓約が履行されます。」
殿下の顔色がますます青くなって、冷や汗をかきはじめた。もごもご何か言いながら、せわしなく視線をさ迷わせていたかと思ったら
「と、取り消す!!」
と叫んだ。
「…はい?」
取り消すって…なんでしょう?
「だから!取り消すと言っているんだ!婚約破棄はしない。お前が虐めを行っていたのは、寛大な心で許してやる!!だから魔法誓約も取り消しだ!!」
……あきれた。なんて物言いなのかしら。
自分が不利だとわかったから取り消すだなんて、それに虐められているのはオフィーリア嬢なのに、なんで殿下が許すのかしら…。私は虐めてないけれど虐めをしたのは私だと、なんとしても擦り付けたいのね。
「無理ですわ。」
「なぜだ!婚約破棄を取り消すと言っているんだ!俺の婚約者でいられるんだから喜ぶべきだろう!」
はぁ?こんなアホと婚約なんて婚姻後の苦労が目に見えてるじゃない。婚約者になんて絶対にもどりたくないわよ。
それに、悲劇を繰り返さないためにつくられたこの法は、一度発動したら取り消すことなどできない。
「無理ですわ。魔法誓約は絶対なので。」
それを聞いて絶望したようにふらふらと後ずさる殿下。
その時、殿下と私の身体を取り巻いていた光が一瞬強くなって消えた。
その瞬間
「あぁ゛あ゛!!いたい!!!い゛…っ!」
殿下の悲鳴が響いた。
「あぁ…殿下の瑕疵による魔法誓約が可決されましたのね。私の生命の危機であるとの判断も出たようですわね。5メートル以内にいらしたので魔法が発動したのだわ。申し訳ございません、今、離れますわね。」
笑いそうになるのを抑えながら痛みに悶える殿下を尻目に、ゆっくりと距離をおく。
「ぐぅッ!!い゛だ…!いたいいたいいたい!!はやく!は…はなれろ…!!…い゛…っ」
そして、私が5メートル離れ痛みから解放された殿下は肩で息をしながら膝をついて、血走った目でこちらを睨み付けている。
「そんなにこちらを睨まれましても困りますわ。魔法誓約は私がかけた魔法ではございませんし、発動したということは殿下に瑕疵があると明白になったと言うことですわ。」
そう伝えると、アホ殿下の顔がますます醜く歪んでいく。眼光だけでひとを殺せそうですわね。せっかく唯一の取り柄であるお顔が台無しですこと。
そう思っていると、殿下がふと下を向きぶつぶつ呟き始めた。
「ちがう…。ちがう。こんなはずじゃない…俺は花舞いの英雄だ。こんなところで負けるはずがない」
「なぜ、なぜ、なぜ、断罪を早めたのが原因か…?!…そもそも魔法誓約なんで知らない…俺はヒロインと結ばれるんだ。」
「悪女を処刑すれば…、そうだ…おれは皇子だぞ……今世こそ勝ち組なんだ…負けるはずがない…」
「おれは、だって、勝ち組で、そうだ…へんだ。あいつが魔法を使ったにちがいない…おかしい。そうだ、そうだ…」
学院の生徒たちは殿下が呟いている内容までは聞こえてないようだが、殿下のあまりの不気味さにドン引きしている。
殿下の後ろに居るオフィーリア嬢なんて、何を言ってるかわからない殿下のあまりの怖さに半泣きで後ずさってるじゃない。
そして、ぶつぶつ呟いていた殿下の呟きが止まる…。
しーんとなった空間で、学院の生徒も私も殿下に注視しているとバッと顔をあげ、先程よりさらに血走らせた目で私を睨み付け怒鳴りはじめる。
「そうだ、おかしい、おかしい、おかしい!!!俺が正しいはずなのだ!俺が英雄で、おまえは悪役だ…!俺にこんなことしてただですむと思うなよ!これはおまえが魔法でやったんだろ!処刑だ!処刑する!そうだ!悪役の…悪女のおまえを処刑すれば、俺はこんな理不尽な魔法からは解放されるんだ!おれは皇子だぞ…!英雄になるんだ!オマエが…」
あぁ……もうだめね。現実を受け入れることもできず、妄想の世界で生きるつもりなのかしら。
殿下のあまりの煩さと醜さに私は、顔をしかめながら日本語で制止をかける。
『うるさいわよ、黙って。』
すると、喚いていた殿下がピタリと止まる。
聞いたことのない言語に学院の生徒たちは不思議そうな顔をしつつ、私たちの動向をみているが、私は気にせず日本語で続ける。
『さっきからわぁわぁみっともなく喚いて馬鹿じゃないのかしら。そもそも、ここは花舞いの世界じゃないわよ。どうして気づかないの?似てるところはあるけど、国の名前も私の名前も、ヒロインの名前も、あんた自身の名前もゲームとは違うじゃない。』
「…花舞いの世界じゃない……?」
『そうよ。それに仮に花舞いの世界だったとしても、ここはゲームなんかじゃないし私にも、ここにいる皆にも感情があるわ。システムで選択肢を選んでるんじゃないの。今を生きてるのに、そんなことにも気づかないなんて……。それにいままで何を学んできたのよ。あんたが今日行ったことはただの浮気の暴露ね。それだけでもヤバイのに、私に冤罪をかけようとしたことで誓約発動して…もう皇族として終わりよ。』
「そんな…だって…」
『だってもなにもないわよ。ちゃんと今世を生きてたら気付いたはずなの。私が気付いたように。あんたは自分の見たい世界で閉じ籠ってなにも見ようとしなかったんでしょ。将来は英雄だなんだってはしゃいでたけど、それに見合う努力はしたわけ?してないでしょ。私は努力したわよ。この世界のこと勉強したし、皇族であるあんたの婚約者になったから、皇族になるために色んなことを学んだ。なにもしてないくせにああだったこうだったって喚かないでよ。』
私が言いたいことを言って、殿下を見つめると、殿下はぐっと唇を噛み、ちいさく「ゲームじゃない…そんな……それじゃ、……俺は……どうすれば…」といって静かに項垂れて喋らなくなってしまった。
やっと現実を受け止めたらしい。
殿下が落ち着き、やっとこの騒動を終えることができるが…こんな大衆の前での婚約破棄騒動はここにいる生徒たちが家に報告したら大騒動になるだろう。
なんせ、殿下は魔法を使えなくなってしまった。
この国の皇族として、皇位を継ぐことが絶望的になったのだ。立太子はしてなかったとは言え、第一皇子であるカイラードを後援してた家はこの醜聞によりだいぶ立場が危ぶまれるだろう。
はぁ。めんどくさい。
穏便に済ますにはやっぱあれしかないかしらね。でもなぁ…。
そんなことを考えていたところにバタンッと扉が開く。
入ってきたのは皇帝の弟であらせられる、ジルコニア・セレスト・マクナハル閣下だ。皇位継承権は放棄し、公爵として皇帝を支えている人だ。
皇弟閣下は項垂れているカイラードに目をやり溜め息をつくと、私に近づき小声で話しかけてきた。
「エミリア・シルフィ・ミリオニクス公爵令嬢…、カイラードが失礼なことをしたようだな。私が謝ってすむような問題ではないが、すまない。
さらに申し訳ないが、あれを……記憶を封じる魔法を私と君とあの馬鹿と馬鹿の連れを除くここにいる全員に掛けてくれないか。皇帝からの許可は貰っている。」
皇弟閣下が私に言った記憶を封じる魔法とは、私のみが使えるユニーク魔法だ。
人物の特定の記憶、時間帯を私が指定しこの魔法をかけると、指定された記憶は意識の底に沈み、何があったのか思い出せなくなる。完全に消すことはできないのだが、その記憶について考えることも無くなり、思い出せないことを、まぁいいかと思うようになるというものである。
皇族が扱える魔法に似たような忘却魔法というものがあるが、そちらは広範囲への使用や時間帯での指定、複数の事柄へ掛けることはできない魔法となる。
私のユニーク魔法は、皇族の忘却魔法より範囲を広く全体に掛けることができるため、悪用されないよう皇族と私の両親しか知らない。普段は使うことを禁じられており皇帝陛下の許可がなければ使えない魔法だ。
いざとなったら使うしかないかもしれないと考えていたが、まさか事前に皇帝から許可をとってくるとは…こうなることがわかっていたかのようだわ。
「事情はあとで説明する。この人数にかけるとなると魔力の消費も大きいだろうが…」
「…わかりましたわ。それでは……"グラジオラス"」
私は呪文を唱え、会場を包むように魔力を広げる。
アホ殿下が発した婚約破棄の言葉から今のこの時まですべてを忘れるようにと指定したので、ここで起きたことを思い出すことは無いだろう。
ついでに、カイラードに対して一時的に意識を埋める効果もいれたので、項垂れていることに疑問を持つこともないだろう。
魔法の余韻で静かだった会場内が、小さくざわつき始める。
「あれ、いまなにを…?」「どうしてたんだっけ?」呟きがおきる中、閣下がパンパンと手を鳴らし注目を集める。
「皆のもの、音楽を止めてしまいすまない。私は皇帝から君たちへの言葉を伝えに来たのだ。"このプレデビュタントが終われば、近いうちにデビュタントのためのパーティーが皇城にて開かれる。デビュタントを終えれば、君たちも立派な紳士淑女だ。これから我が国へ貢献してくれることを信じている。今日は予習だが楽しむがよい。"との仰せだ。」
皇弟閣下の言葉に、わぁっと歓声が上がり音楽が鳴り始める。皆が楽しそうに歓談し始めたのを見て、皇弟閣下は私とカイラードとヒロインを連れて会場を出た。
皇族所有の紋章が描かれた馬車が2つ用意されており、それに乗り皇城へ向かうとのことであった。
カイラードとヒロイン、私と皇弟閣下がそれぞれの馬車に乗る。
走り出した馬車のなかで、閣下に説明を求める。
「なぜ、マクナハル公爵様がいらしたのですか?なにか起こると思われていたのですか?」
「…皇帝からの言葉を伝えに行くことは決まっていたのだ。ただ、一昨日、皇城へ行ったときに、カイラードが学院パーティーがどうの、破棄がどうの、罪状がどうのとぶつぶつ言っているのを見かけてな。何を言っているのか問い詰めようとカイラードへ近付こうとした時、急に頭痛に見舞われたのだ。そうして、思い出した。君とあの馬鹿と同じく私は転生者だったと」
最後の言葉に私は、驚いて閣下を見つめる。
「ぐらぐらする頭のなかでいろんな記憶を思い出したのだが、その中に花舞いというゲームに関しての記憶もあった。実は……あのゲームは私がシナリオを書いたものなんだ。」
「えっ?!!」
転生者なだけじゃなくシナリオ製作者?!!!
驚いた私に苦笑いをして、皇弟閣下は話を続ける。
「そして、この世界が、というか…あの馬鹿と君が花舞いの登場人物に名前も顔もよく似ていることに気づいた。だが、この国で婚約破棄をする馬鹿など居ないから違う世界だとすぐわかったのだが、そうこう考えている内にカイラードは居なくなってしまってな。
カイラードがなにをぶつぶつ言っていたのかを確認することはできなかったが、ヒロインに似ている子がいるなら、そして、もしもあのゲームの世界だと勘違いしていたら破棄というのは婚約破棄のことではないかと思って………まぁ、卒業パーティーの時期ではないし、ないと思いたかったのだが…。
それで、昨日我が家の情報網から、学院内の状況を調べてみたんだ。そしたらヒロインによく似たオフィーリアという子のことをカイラードが寵愛していると下級貴族の中で噂になっていることと、彼女がいじめにあっていることがわかってね。今日のプレデビュタントで、婚約破棄の断罪劇をやらかすつもりかも知れないって思ったんだ。
だから、兄さん…皇帝陛下にお願いし、君の魔法の許可を貰った。婚約破棄をする確証も無かったし、ゲームのことを伝える訳にもいかないから、大衆の前で婚約破棄をするらしいなんて理由で許可して貰った訳じゃないけど。」
「そうですわよね…。婚約破棄なんて、この国ではあり得ないことですものね…。では、どうやってお願いしたのです…?」
「カイラードがオフィーリア嬢を寵愛しているという噂があることと、今日のプレデビュタントで彼女をエスコートするつもりかもしれないこと、平民の彼女を側に置きたいがために公爵令嬢である君を貶めようとするかもしれないと伝えた。そんなことになれば君に恥をかかせることになる。万が一そんなことになったら、その場にいたものの記憶を封じるように許可をくれって言ったんだ。もちろんそんなことにならないようにカイラードに釘を刺すのが一番だったんだけど、生憎私の公務が詰まってて昨日は会うことができなかったしね。」
「まぁ…そうだったのですね。」
「うん、で…今日のパーティーの前に釘を刺すつもりでいたんだけど、またもや公務に邪魔をされてね…結局、私が会場についたのはカイラードが婚約破棄を叫んだ時だ。
まさか本当に婚約破棄するとは思わなくて頭を抱えそうになったんだけど、君が毅然と言い返すのを聞いて暫く様子を見ることにしたんだ。」
「すぐに入ってきてくださったら良かったのに…。」
私がそう言うと、皇弟閣下は申し訳なさそうに眉を下げて笑う。
「すまない、カイラードが君に危害を加えようとしたり、君が狼狽えるようならすぐに止めに入るつもりだったんだけど、余りにも冷静に返すものだから。……それに、あれだけ大勢の前での婚約破棄宣言だからね、あそこで止めたところで君には魔法を使って貰うことになってただろうし、キリのいいところで入ろうと思ったんだ。」
キリのいいところって…。
もっと早く助けて頂ければ、まるで悪役令嬢が救われる系物語のヒロインのようでしたのに!
…まぁ、閣下とは年齢も離れてますし、物語のように恋に落ちることはなかったのでしょうけど…。
「それで、魔法誓約が発動してカイラードが静かになったからそろそろ入ろうかと思ったら急に叫びだして…、そしたら君が日本語で話し始めるんだもの。びっくりしたよ。何十年ぶりに聞いたから一瞬、呆けてしまったよ。」
「なるほど、それで殿下が再度静かになったタイミングで入っていらしたんですね…。」
「そういうこと。」
そんなこんなを話している内に皇城について、私は、皇帝陛下のもとへ案内された。
皇弟閣下が、カイラード殿下がパーティー会場で起こした騒動を伝えると、皇帝陛下はカイラード殿下に対してそれはもう怒り狂っていた。その場に呼び出し私に謝罪をさせようとしたが、魔法誓約の発動によりすでに罰を受けている状態なので、私に謝罪は不要であることを伝えた。
「殿下は重い罰を受けておりますので、これ以上の謝罪は受け取れませんわ。魔法誓約は絶対なので。」と笑顔で告げると皇帝は気が抜けたように笑い、後の処理は任せて家に帰って休むようにいってくれた。
それからは早かった。2日後にはカイラード殿下の皇位継承権の剥奪が発表された。
カイラード殿下の愚行は忘れられているので、表向きの理由として、"カイラードが倒れ診察により重い心臓の疾患が見つかった。療養のため、皇国の端のほうの領地の皇族所有の別邸にいくことから公務をこなせないこと、完治の見込みがないことから継承権は剥奪する"となった。
また、私には魔法誓約の取り決めとは別に皇帝からの慰謝料という名の国宝が下賜された。
理由はカイラード殿下の病気療養のため皇族都合で婚約解消となったので私に瑕疵は一切無いという表明のためである。
そうして今回の騒動は終わった。
あ、オフィーリアは、転生者ではなかった。「てんせいしゃ…?なにかの役職ですか?」とぽかんとしていた姿は可愛かった。
皇弟閣下が調べたところによると、彼女の可愛らしさと、カイラード殿下に目を掛けられたことに嫉妬した本来彼女にマナーを教えるはずだった年若い講師と何人かの下級貴族の令嬢が共謀し、教科書を破いたり、彼女に話しかけないよう悪い噂を流したり、皇子から渡されたドレスを破るなどの苛めを行っていたらしい。
慣れない学院生活に四苦八苦しているのに、マナーも教えて貰うことができず、噂によって孤立して悩んでるところに、苛めは私が仕組んだのだと皇子が言うものだから、皇子が言うならそうなのだと信じてしまったそうな。
彼女は、皇子に恋をしていたわけではなかったようで普通のいいこだった。私にイジメたなんて言ってごめんなさいと、しょんぼりしていた。
今回の騒動による彼女へのお咎めは特になかったが、記憶を封じる魔法は掛けさせて貰った。
ちなみに、彼女を苛めてた講師と下級貴族は学院を去った。
まぁ、下らない嫉妬で苛めを行い、皇族が用意したものを破損させるような方たちはね……。
これで本当におしまい。
私はいつもの日常に戻ったのだった。
終わらせ方が難しいですね。
誰とも結ばれない想定で書いていたけど
もしかしたら皇弟との恋が始まることもあった
…かもしれない。(たぶんない)